第4話 シアとお出かけ
「‥‥‥ぐすっ」
「‥‥‥」(なでなで)
「‥‥‥す~は~」
「‥‥‥?」
「‥‥‥ぐへへ、天斗の香り~」
「オイこら」
「あ痛っ!」
頭を押さえてのたうち回るシアにジト目を送る。
まったく、落ち込んで泣いてると思ったらどさくさに紛れて人の匂いを嗅ぎやがって。
「えへへっ、安心したらつい。でもいいじゃないですか、減るもんじゃありませんし! もっとクンカクンカさせてください!」
「そういうことするなら、さっきの言葉を前言撤回するぞ」
「ええっ!? そんな薄情なぁ~! 冗談です! 冗談ですから追い出さないでぇ!」
「あぁもう! 分かった! 分かったから、また抱き着こうとするな!」
うぇ~ん! と、それはもう子供みたいに泣きじゃくりながら両手を広げてくっついてくるシアを慌てて抑え込む。
さっきのガチで凹んでネガティブなのより、こっちの方がめんどくさいぞ。
それから数分の間、まるでラグビーのタックルを受けるような攻防を繰り広げて。
「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥とりあえず、あの洗濯機を何とかしないとな」
呼吸を絶え絶えにしながらも、なんとか抱き着き吸血鬼からの魔の手を逃れた俺はこの惨状の後始末を付けることにした。まずは爆風で散らかったのか洗面所の周りを綺麗にする。
次に、ご近所さんと管理人さんの事務所に行って爆発したことをそれらしい事の顛末で誤魔化して迷惑をかけたことを謝罪。
後はこの洗濯機だけど、黒焦げになって原型もとどめてないから廃品回収の業者を呼んで引き取ってもらって買い換えることは決定だな。
「ということでシア。明日は買い物な、ちょうど講義もいれてない日だし」
「はい! どこでもお供します! ところで、このロープはいつ解いてくれるのでしょう?」
「今夜は罰としてそのまま」
「ええっ!?」
ちなみに、俺が後片付けをしてる間のシアは俺に簀巻きにされたまま床に転がしておきました。だってタックルハグしてくるんだもん。
■■
そして次の日。
「天斗起きてー! 朝ですよー! 天斗ー!」
「‥‥‥あ~、もう少し」
「起きてくださいよ! 今日は私とお買い物に行く日ですよー!」
「そーだけど、今何時だよ」
シアのはつらつとした声が耳元でうるさすぎて眠れないため、のそのそと俺は起き上がる。
「五時ですよ!」
「早いな!」
道理でまだまだ眠たいわけだ。いつもより二時間も早起きだぞ。
「だって早く行きたいじゃないですか! それに天斗とお出かけするのが楽しみで早起きしちゃって!」
「こんな時間に行っても店は開いてないぞ」
てか、楽しみで早起きて遠足前の小学生か。
「とにかく、こんな朝早く起きてても仕方ないから、俺は二度寝するからな」
「えぇ~」
俺はシアにそう告げて、のそのそと布団の中に潜り込む。
そのまま目を瞑って夢の中へ‥‥‥。
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——
はい、無理でした。
「お、おぉ! なんかすごい建物ですね」
俺の目の前には大型家電量販店を見上げてポカーンとしてるシアの姿。
現在時刻は午前九時前で、まだお店は開いていない。
結局あの後、ベットの横で目覚まし時計のごとく「起きてー! 起きてー!」と言われ続けられるため眠れるわけがなく、こうして開店前にも関わらずシアに連れられてやってきてしまった。
「こんなのを、この世界の人間は魔法を使うことなく建ててしまえるんですねぇ。脆弱な人間のくせにやりますねぇ」
感心しているのか、それとも貶してるのかよくわからないことを言っているシアは、さっきからあっちへキョロキョロこっちへキョロキョロそわそわと落ち着かない様子。
というか、朝からずっとこんな感じだ。
「あ! 天斗! 九時になりましたよ! さっそく行きましょう!」
「落ち着けシア、そんなに引っ張るな」
「これが落ち着いていられるってんですか! だって天斗とお出かけですよ! こっちに来てこんなに遠くに来たのは初めてです!」
そういえばシアがこっちに来てから近くのコンビニに行くことは多々あったけど、電車に乗ってまで遠くに来たのは初めてだったか。
それなら、さっきから上京してきたお上りさんヨロシクにビルを見上げたりしてるのはしょうがないか。なんだか昔の自分を見てるみたいで恥ずかしいけど。
ハイテンションなシアに引っ張られて開店した家電量販店へと入る。
自動ドアを抜けてすぐのとこにはケータイショップの店舗があって、スマホケースや液晶フィルム、イヤホンなどのスマホ関連の商品がずらーっと並んでいた。
「ほえー、外見もすごかったですけど、中もすごいですねー。色々なものがたくさん置いてあります」
「まぁ、ここらへんじゃ一番大きなところだしな。‥‥‥えーっと、家電は上か。シア、こっちだぞ」
「あ、はーい!」
ヘッドフォンを持って首を傾げていたシアを呼んでエスカレーターに乗る。
シアにとっては本当に視界に映るすべての物が珍しいんだろう。
近づいたら勝手に動き出したエスカレーターにびくりとしたり。
「これ、私たちは何もしてませんけど、どんな魔法で動いてるんです? 全く魔力を感じないんですが」
「いや、これは魔法じゃないよ」
「え、ということは奴隷を使って? 重労働ですねぇ」
「奴隷も使ってないよ。電気で動いてるの」
とまぁ、的外れなことが多いけれど色んなことを聞いて来たり。
なんだか新鮮な気分になる。
「ほら、ちゃんと前見てないとこけるぞ」
「私をそんなドジっ子吸血鬼みたいに言うのはやめてくださ——きゃっ!?」
「おっと。ほら、言わんこっちゃない」
エスカレーターの終わりが近くなってきて注意すれば、まんま俺が言ったことが起こった。
先にエスカレーターを降りた後、足元の注意がおろそかになっていたシアが段差に躓いてよろけるのを半ば予想してた俺は咄嗟に振り返ってシアを支える。
実に見事なフラグ回収。
「ち、ちち違いますからね! これは天斗に抱き着きたくなっちゃってわざとやったんですからね!」
流石に言ったそばからだったから今のは恥ずかしいんだろうな。シアは紅潮させた顔で目をぐるぐるさせていた。
「それは流石に言い訳が過ぎるだろう」
「い、言い訳じゃないですよ! ほらっ、ぎゅーーっ‼」
「——っ!? おい! こんなところで抱き着いてくるな!」
隙あらば抱き着いて来ようとするシアを慌てて引き離す。
家ならばともかく‥‥‥いや、家でも困るけど、こんなところで堂々とやられるのは普通に恥ずかしい。
開店直前だから他の客は少ないけど、それでもいないことはないんだぞ。
「さぁ! 昨日の夜は縛られて補充できなかった天斗成分も補給できましたし、早く洗濯機を見に行きましょう!」
シアの中ではさっきのドジは無かったことになったんだろう。
右手を掲げて「おー!」と言って、シアは意気揚々とずんずん進んでいった。
「あ、シア、洗濯機はまだ上だぞ」
「もう! そういうことは早く言ってくださいよ!」
二階から三階へと続くエスカレーターに俺が乗ると、シアも慌てて後を追ってくる。
‥‥‥ふと、思ったんだけど。
さっきの、昨日の夜は縛られて補給できなかったってシアの発言‥‥‥もしかして、普段は寝てる俺に何かしてるのだろうか‥‥‥?
(これからは毎日縛ろうかなぁ‥‥‥)
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