第3話 シアとミミック事件


 あの時、どうして『ここにいていいよ』なんて大胆な言葉が言えたのか。


 たまたまその日に会った他人を、しかも同性ならともかく異性を泊めるなど普通なら抵抗があるはずなのだ。


 けれど俺は長らく一人暮らしをしていたから、その楽しさと気楽さをとても体感していて、それと同時に一人である寂しさも知っていて。その寂しさは結構応える。


 この世界の人間である俺でもそう思ったんだから、別の世界から来たであろうシアが、それもこの世界にはいない吸血鬼である彼女が感じる寂しさはきっとそれ以上だろう。


 なにより、あの時の無理してるようなシアの姿を見て。


「‥‥‥ほっておけないって思ったんだよなぁ」


 ポツリと呟きながら俺は家路を歩く。


 現在時刻は午後十四時三十分で、今日の講義は午前中だけだったから講義が終わってからどこにも寄らずにすぐに帰ることにした。だって留守番させたシアが心配だし。


「にしても、つい最近まで夏だったとは思えないくらい冷えて来たなぁ」


 ついこの間までは、じめじめと鬱陶しい湿気と蒸し暑さに悶えていたのに、気づけば時折肌寒さを感じることも増えてきた。季節の移り変わりを感じる今日このころです。


 そんなことを思いながら、段々と陽が傾き始めた空を見上げながら俺の家のマンションが近くなってきたその時。


「ん?」


 どこからかドカンッ! と、大きな音が聞こえてきたと思ったら、視界の端にモクモクと黒い煙が見えた。


「なんだ? 火事かね? 結構ちか、い‥‥‥な——っ!」


 その場所を見た瞬間、俺は全力で駆けだした。


 だって、煙が出てるそのマンションのリビングの場所。


「何で俺ん家がドカンてしてるのぉぉぉーーーっ‼」



 ■■



 玄関を開けてまず感じたのは、鼻につく焦げ臭い匂いだった。


 直前まで信じたくなかったけど、あの爆発が起きたのは明らかに紛れもない俺の城である。


 空気の流れで煙が外に出て行くと、徐々にだが視界が開けてきた。


「ゴホッゴホッ! シア! 大丈夫か!」


 慌てて家に入って同居人の名前を呼ぶけれど返事はない。どうやらリビングにはいないようだ。


 いったいどこに行ったのかと、別の部屋を探して見れば、シアは洗面所兼脱衣所にいた。何故か片手を前に突き出したポーズをとっていて、鋭く目前を睨んでいる。


「シアっ!」


「天斗!? 気を付けてください! この家にミミックがいます!」


「は? ミミック?」


 声をかければ、シアがそんなことを言ってくる。


 この現状でも意味不明なのに俺はさらに困惑するしかない。


 ミミックってあれだよな? ゲームとかによく出てくるやつ。普段は宝箱とかに擬態していて、プレイヤーがやってきたら襲い掛かってくる性根の腐ったようなトラップモンスター。


 そんなヤツが我が家に?


「そうです! 一応、私の魔法を打ち込んで破壊したはずですが、天斗が帰ってきてしまったなら念には念を入れて‥‥‥」


「ちょっ! ストップ、ストォォォップッ! 早まるな!」


 さらに何かしようとし始めたシアを俺は慌てて止める。また爆発みたいのをさせられたらたまらん!


「そうですね。もうピクリとも動きませんし、退治できたのでしょう」


 そう言うシアの視線の先は未だに油断なく洗面所の隣に向いていて。


 俺も追って見てみれば、そこには見るも無残に破壊された洗濯機だったものが。


 一体どうしてこうなったのか……訳が分からん。


 訳は分からないが、まず間違いなくミミックではないことは分かる。だって洗濯機だもん。ミミックって宝箱じゃん? ポケモンのロトムじゃあるまいし‥‥‥。


「‥‥‥」


「ふぅ~、まさかこんなところにミミックがいるとは。命拾いしましたね、天斗」


「‥‥‥」


「だけどもう安心してください! 私が退治しましたから!」


 腰に手を当てて、自慢げに胸を張るシア。いかにも褒めて欲しいと言わんばかり。ワンコだったら尻尾ブンブンだ。


 そんなシアに向かって俺は床に指を差して。


「シア、そこに座んなさい」


「はいっ! なんだか騎士になったみたいです〜」


「そうじゃなくて正座」


「?? はい?」


 最初、片膝をついてまるで王から騎士へ褒賞として剣を授けられるように膝まずこうとしたシアだけど、俺が訂正すると小首を傾げながら言われた通りに正座をした。


 その顔はぽかんとしていて、かけられると思った言葉じゃないことに困惑してるよう。


 本気で褒められると思っていたらしい。


「とりあえず、慌てて帰ってきたから何が起きたのか分からないから事情を説明して欲しい」


「あ、そうですね! 実は天斗の家にミミックがいて、それに気がついた私がファイアーボールの魔法で退治したんです」


「えっと、シアが言うミミックっていうのは洗濯機のことだよな? なんで洗濯機がミミックだと?」


「見てしまったんです! あのミミックがガタンガタンと激しく動くところを! 私が洗面所出ていこうとした瞬間に襲いかかろうとしたんでしょうけど、甘いですね!」


「ガタンガタンねぇ……」


「あ、信じてませんね! 危ないですよ? ミミックたちはそうやって油断してるところを狙ってくるんですから!」


 シアは大真面目にそう言ってくるけど、俺は大体の事情を察した。


 なんせ一人暮らしも今年で五年目。もうベテランと言われても差し支えない。心当たりは十分にある。


「シア、まずこの世界にはミミックなんていないよ」


「いえ! そんなわけないです! 私はこの目で見ました!」


「じゃあさ、とりあえず昨日教えた洗濯の仕方の手順を追ってみて」


「はい? えっと、まずはポケットの中に何も入ってないか透視魔法で確認しました」


「と、透視魔法……まぁいいや、それで?」


「洗濯物を色物と分けて、お風呂の残り湯を入れ替えます」


「うんうん、節約は大事だね。次は?」


「洗濯物を入れて――」


「はいそこ!」


 俺は原因であろう部分を指摘すると、シアは分からないというふうに頭をひねる。


「うーん、なにか間違ってましたか?」


「洗濯物、全部一気に入れたでしょ」


「あっ……」


 やっぱりシアはそのことをど忘れしていたようで、しまったというふうに口を開ける。昨日ちゃんと説明したことを思い出したようだ。


 どういうことかと言えば、我が家では洗濯は毎日やらずにある程度洗濯物が溜まってからまとめてやっていたため、一人暮らしでも一回の洗濯でそれなりの量の洗濯物がある。


 だからいっぺんに洗濯機に入れてしまえば、量が多すぎて回らなくなり、それを洗濯機は無理やり回そうとするためにガッタンガッタンと大きく揺れることになる。


 んで、シアはそれをミミックだと勘違いして咄嗟に攻撃してしまったと。


 この事件の顛末はそういうことみたいだ。


「す、すみません‥‥‥私が勘違いしてしまったために」


 シアは自分が早とちりしてしまったことで失敗したことに落ち込んでるのか、うつむいてシュンとしてしまう。


「まぁ、誰にでも間違いはあるし、次から気を付けてくれればいいよ」


 シアに家事を任せたのは今日が初めてだ。何回言っても覚えられないのは問題だけど、初めて洗濯機を回したら誰だって失敗する。


 ましてや別の世界からやってきたシアは洗濯機を使うことに慣れてないだろうし。それがいきなり激しくバタバタし始めたら焦りもするだろう。


「それに、俺も色々なことを一気に押し付けちゃったから」


「いえ、それは私が任せてくださいって大見えを張ったからで‥‥‥もっとできると思ってたんです」


 あ~‥‥‥なんだかこれは相当落ち込んでるな。そんなに気にしなくてもいいのにいったいどうしたんだろう?


 すると、ずっと俯いていたシアが、おずおずと顔を上げる。そのルビーのような赤い瞳がじんわりと滲んでいて。


「あの、私‥‥‥まだここにいてもいいですか‥‥‥?」


 あぁ~、なるほど。シアは自分がドジを踏んでしまったからここから追い出されると思ってるのか。


 まったく、そんな心配しなくていいのに。


 俺はなるべく優しい声を意識して、まるで捨てられた子犬のように見つめてくるシアに伝える。


「ここにいていいよ」


 今度は、この前よりも自然に言えた気がする。


「でもっ‥‥‥私、全然お役に立ててないしっ‥‥‥」


「そんなことないよ。今日は朝ごはんとか作ってくれたし。それにシアはこの家を守ろうとしてくれたんだろ? 悪気が無い事は分かってるから追い出したりしないよ。だからシアはここにいていい」


「うぅっ‥‥‥あまとぉ~っ!」


「おっと」


 感極まったのか、シアがギュッと腰に抱き着いてくる。


 ちょっとびっくりしたけど、雰囲気のおかげか今朝ほど緊張はしない。なんなら頭を軽く撫でてあげることができるくらいだ。


 そのままぐりぐりと顔をお腹に押し付けてくるシアは涙声で。


「わかり、ました! 私は、天斗の為に毎朝コーンスープを作ります!」


 ‥‥‥それはアレか? 毎朝お味噌汁を作ってください! みたいなプロポーズ的な。


「‥‥‥う~ん、それは重いな」


 苦笑いをしながら俺はぽつりとつぶやいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る