第2話 天斗とシアの出会い その二



 少女を落さないようにしながら、腕を使わずに玄関をこじ開ける。


 鍵とか取り出すのに苦労したけど、気合でどうにかした。


 そのまま自分のベッドに少女を寝かせて改めて表情を覗いてみるけれど、相変わらず荒い呼吸を吐きながら苦しそうにしていて、医療の心得何て持ってない俺は早くどうにかしなければと焦る。


「にしてもどうしたら‥‥‥おい! 大丈夫か!」


 声をかけてみるけれど聞こえていないのか、それとも返事ができないほど憔悴しきってるのか、少女から返事はない。


 とにかくまずは、このお腹にぶっ刺さってる剣をどうにかするべきだろう。


「‥‥‥ッ」


 明るいところで改めて見てみれば、包丁が刺さったとかそんな生易しいものじゃないことが改めて分かる。


 剣の刃渡りは長く、いわゆる大剣とかバスターソードとか呼ばれるようなやつだろう。柄の部分には華美な装飾が付いていて、どことなく神秘的な雰囲気を感じる。


 そんな剣の刀身が半ばまで少女の腹に突き刺さっていて、明らかに貫通しているはずだ。


「これ、抜いてもいいのか‥‥‥?」


 戸惑いながらなんとなく剣に触れてみた瞬間だった。


「——なっ!?」


 その剣が激しく光り輝いて、あまりの眩しさに目を閉じてしまう。


 やがて瞼越しに光が収まったのを感じて再び目を開ければ。


「無くなった‥‥‥?」


 少女の腹にでかでかと突き刺さっていた剣の存在がどこにも見当たらなくなっていた。


「いったいどこに‥‥‥?」


「‥‥‥——ぁ」


「——っ!? 目を覚ました!」


 すると、声をかけても今まで反応が無かった少女が小さく漏れ出たような声を落したのが聞こえて、俺は我に返る。


 慌ててかけよれば、少女はうっすらと目を開けていて茫然としたようにどこかを見つめていた。


「大丈夫か!?」


 声をかけながら顔を覗き込めば、赤い瞳が俺を捉える。


「お、前は‥‥‥人間‥‥‥? ——ぐっ!」


「あ、おい! 無理するなよ、さっきまで剣がぶっ刺さってたんだから」


 俺を見た瞬間、咄嗟に起き上がろうとした少女だが、激痛が走ったのか力が抜けたようにまた倒れてしまう。


「剣? そうか‥‥‥私は、聖剣で突き刺されて‥‥‥」


「え? 聖剣?」


「ふっ‥‥‥惨めだな。最後に、相見える者が、人間とは」


 少女の顔に浮かぶのは、死の目際に感じる絶望とか悔恨とか諦念のようなものに見えなかった。


 なんというか、やっと終わったとかホッとしたとか、まるで死を受け入れるような感じがして。


「さぁ、ひと思いに、やってくれ」


「そんなことするか!」


「‥‥‥なに? 私に、止めを刺すのでは、ないのか‥‥‥?」


「逆だ逆! 俺は君を助けるために連れて来たんだ」


 俺の言ったことに少女はポカンと戸惑いの表情を浮かべる。


「どうしたらいい!? どうしたら君を助けられる!? 何か方法はないのか!?」


 俺は自分でもパニックになっていた。さっきから少女の傷口から流れる血が止まらない。


 考えてみれば当たり前だ。あんなデカい剣が刺さってたんだから、それを抜いてしまえば血があふれ出るに決まってる。


 このままでは本当に、この少女を死なせてしまうのではないか‥‥‥?


 そう思うと、とても冷静ではいられなかった。


「‥‥‥血だ」


「え?」


 そんな俺を見かねたのか、少女は一言。


「お前の血を、飲ませてくれ」


 血を飲ませていったい何になる!? 常識的に考えればそんなことを思うのだろうが、俺はほんの少しも逡巡することはなく。


「分かった!」


「お前、本当に——んぁっ!?」


 親指の皮膚を思いきり嚙み切って、少女の口に咥えさせる。


 生暖かく柔らかい舌が絡みついてきて、俺の血を舐めとっていく。


 少女は驚きに紅い眼を見開きつつも、ごくんと喉を鳴らして俺の血を嚥下した。


 すると、変化は直ぐに起きる。


「——んっ‥‥‥ちゅっ」


 一飲みするたびに、数えきれない程あった裂傷が塞がっていき、まるで時間が再生したように傷一つない綺麗な肌に変わっていく。


 さっきまで脂汗が滲んで青白かった顔色も生気を取り戻していく。


 そして、大剣が突き刺さって腹にでかでかと空いていた穴も、徐々に元通りに。


「んくっ——ぷはっ!」


 少女が俺の指から口を離して一言。


「‥‥‥おい、しい」


「そっか、それならよかった。もう大丈夫なのかな?」


「えっと、はい。助かりました‥‥‥でも、どうして‥‥‥?」


「そんなの——あれ?」


 少女は無事に助かった。そのことを思い知って安心したその時だった。


 足の力が突然抜けて、ふらりと倒れそうになる。


「貴方っ!?」


 咄嗟にベッドの方に倒れたから、少女が受け止めてくれたおかげで頭を打つことは無かったけど。


 身体からあふれ出る我慢できない眠気と疲労に意識が持っていかれそうになる。


 ‥‥‥いきなり、どうして?


「ちょっと! 大丈夫ですか!? もしかして血を吸いすぎてしまって‥‥‥?」


 あぁ、そういえば今の俺は八徹した後だったっけ。


 衝撃的なことが起こったせいですっかり忘れていたや。


 まるでダンベルに引っ張られているくらい重たい瞼をゆっくり閉じる。


「あっ! ま、待って! 死なないでぇぇえええっ!!」


 最後に見えたのは、綺麗なブロンドヘアとルビーのような紅い瞳を輝かせた美しい女の子があたふたしてる姿だった。



 ■■



「‥‥‥ん」


 次に目を覚ました時、俺はベッドの上いた。


「昨日のは、夢‥‥‥?」


 魔法陣が浮かんだり、かと思ったら重傷の女の子が落ちて来たり、それを必死に助けようとしたり。


 にしてもかなり現実的なような気がしたのだけど。


 ゆっくり体を起こして窓の外を見てみると、既に夕日が沈もうとしているところだ。どうやら丸一日眠っていたらしい。


「くぁ~‥‥‥起きよ」


 大あくびを一つ落としてベッドを出る。


 まだ眠気は残ってるけど、昨日よりは全然ましだし、今はお腹空いた。


 ぼんやりとした意識のまま、頭をかきながら寝室を出ると。


「やっと起きて来たか」


 リビングには金髪の女の子がいた。ソファに座って足を組んでいる。


 それは昨日会った傷だらけの少女で。ボロボロだった服はいつの間にか直したのか赤と金のラインが入った黒い軍服のような恰好をしていて、温度を感じさせないもののキリッとして凛した表情をしている。


 昨日の今にも事切れそうな弱々しい感じはせず、その美しい姿に俺はその場で固まるほど見惚れてしまった。


「‥‥‥やっぱり、夢じゃなかったんだ」


「何を言っている?」


 ポツリとこぼしたつぶやきが聞こえたのか、少女は怪訝な顔をしたものの、スッと立ち上がった。


「まぁいい。昨夜は世話になった。まさか人間に助けられるとは思わなかったが、感謝する。‥‥‥では」


 少女はそう言うと、スタスタと歩いて俺の前を通り過ぎていく。向かう先は玄関。


 その間、俺は色々と考えていた。


 彼女はいったい何者なのか? 魔法陣から出てきたように見えたけど、いったいどこからやって来たのか? どうして傷だらけで、あんな重傷を負っていたのか? 血を飲んで治ったのは何故か?


 そんな疑問が浮かんでは消えて、浮かんでは消えて。


 気が付いたら、玄関の扉に手をかける少女の腕を掴んでいた。


 いきなりのことに驚かせてしまったのか、少女は身体をびくりとさせて振り返る。


「…‥なんだ?」


「これからどうするの? 行くアテは?」


「‥‥‥」


「誰か、知り合いとか友達とかいるのか?」


「‥‥‥」


 答えは聞かなくても分かった。


 この広い世界で自分の居場所はないのだと。何十億人の人間がいるのに独りぼっちなのだと。


 少女の背中が、雰囲気が、俯いて見えない表情が、震えが伝わってくる手がそう物語っている。


「なら、ここにいていいよ」


「‥‥‥え?」


 俺がそう告げると、少女は顔を上げてぽかんとした。


「部屋は余ってるし」


「いや、でも‥‥‥私は」


「それに、身体もまだ万全じゃないんだろう? せめて治るまではここにいなよ」


 きっと彼女は訳ありなんだろう。あんなに大きな傷を負うくらいだ。


 でも、そんなのは知ったこっちゃない。


 少女は迷うように俯かせたけど、次に顔を上げた時には決心がついたようで。


「よろしく‥‥‥お願いします」


 ペコリと小さく頭を下げた。


 一瞬だけ目尻に見えた小さな雫は見なかったことにしよう。


「こちらこそ。俺は月城天斗、天斗でいいよ」


「アレクシア=シュトラーセです」


「よろしく、アレクシア」


「——はいっ!」


 初めて見た彼女の笑顔はとても輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る