第1話 天斗とシアの出会い



 俺の名前は天斗。本名は月城天斗つきしろあまと


 歳は二十歳で今年からお酒が飲めるようになった。


 好きなことはアニメ、マンガ、ゲーム。


 小中学時代は実家の地方で生活していて、高校入学を期に地方を出て都内の高校に入学するために一人暮らしを決意。


 それから一人暮らしにはちょっと広めの3LDKのマンションで悠々自適な月日を過ごし、無事に高校を卒業して大学にも入学でき、友達もほどほど、唯一できてないのは恋人という特に筆頭すべきこともない無難な学生時代を謳歌する‥‥‥いや、一つだけ特異なことがあったや。


 あれは高校を入学して間もなくの時。部活には入るつもりは無かった俺は放課後に持て余していた時間を使ってweb小説を書いて投稿していたりしていた。


 別に溢れ出す創作意欲パトスが止まらないぜっ☆ とか言うわけじゃなくて、投稿してる人のを読んでたら書いてみるのに興味を持ったというか。


 趣味的感覚で時間がある時にちょくちょく投稿なんかをしていたら、たまたまそれが編集者さんの目にとまり、気が付いたら作家デビューなんかしていて。


 もともと気晴らしで始めたweb小説投稿だったからそこまで本気じゃなかったために遅筆な俺は、それから毎日のように担当編集から原稿を急かされる日々が始まった。


 それはもうデビューをしてから今日まで何度も何度も尻を蹴られ、原稿はまだかぁ~原稿を上げろぉ~と呪いのように囁かれ、それでも遅れることだってたくさんあった。


 それでも何とかやってこれたのは、十分な報酬と根気強く待ってくれる担当編集、気の合う仲間であり俺の担当絵師でもある友達、そして俺の徹夜体質の身体があったからだろう。


 俺の身体は徹夜するのに向いているようで、原稿を書くときは一徹二鉄は当たり前、酷いときに十日以上寝ずにキーボードを打ち続けていたこともあったっけ。


 まぁ、だからといって疲労を感じないわけではなく、全てが終わった後は電池が切れるようにぶっ倒れるんだけど。


 そして俺がシアと出会ったのは数日前。夏休みの終盤に入ったある夜のことだ。


 その日の俺は久しぶりに原稿がかなり遅れて、八徹していた時だった。



 ■■



「そ、送信‥‥‥」


 しょぼしょぼする目ん玉を必死に見開いて、震える手でマウスを左クリック。


 ここでパソコンがクラッシュするようものなら、俺は奇声を発してバーサーカーのごとく暴れまわることだろう。現在時刻は夜中の三時、近所迷惑この上ない。


 数分後、ピコンッ! と、音と共に一通のメールが届く。


『確認しました。お疲れ様です、ゆっくり眠ってください』


 それは今の俺にとって何よりも救いの言葉。どうやらバーサーカーにはならなくて済みそうだ。


「お、終わったぁ~~~‥‥‥」


 長い長い息を吐きだせば、ここ数日に蓄積した疲労と眠気が一気に伸し掛かってくる。


 デジタル時計の日付を見れば、最後に確認した日にちから実に八日。久しぶりの連日徹夜。


 寝てしまいたい。このままベッドにダイブして気のすむまで眠ってしまいたい。そうしよう!


 半ば無意識的に立ち上がって、そのままフラフラとベッドに向かって歩いたんだけど、ふと。


「‥‥‥のど乾いたな」


 立ち上がってほんの少し目が覚めたからだろうか? 急に凄くのどが渇いて身体が水分を欲してることに気づいた。


 実際、原稿が最終直面に迫った時からほとんど水分を取ってなかったし、さもありなんって感じだけど。


 とりあえず、のどが渇いたなら飲み物を飲めばいい。ベッドは逃げん。


 ということでキッチンに向かって冷蔵庫を開けたのだけど‥‥‥。


「ない‥‥‥」


 飲み物、全ロスだった。


 やらかした‥‥‥八徹なんて久しぶりだったから事前準備をしておくのをすっかり忘れていた。地元と違ってここの水道水なんて飲めたものじゃないし‥‥‥。


「‥‥‥仕方ない、コンビニ行こ」


 俺は疲労困憊の身体にムチをうち、財布を持って近所のコンビニに向かうことにした。


 そしてコンビニで身体温まるはちみつレモンを買って、両手でポカポカしながらよし帰ろうとしたその時。


 空中が突如として光り輝いたかと思ったら、紫色の魔法陣が現れて。


 これはまさか‥‥‥目つきの悪い男(徹夜明け)、コンビニの帰り道、なんかファンタジーっぽい超常現象‥‥‥クワッ! 異世界転移っ!?


 と、思ったのだけど、もちろん黒い手が伸びてくるわけもなく、その魔法陣からは出てきたのは一人の少女らしき影で、そのままコンビニの隣にある公園の茂みに落ちていく。


 ならばラピュタかっ! 飛行石かっ!?


 とも思ったんだけど、その後の地面の落ち方はフワッとしたものじゃなくて、ぐしゃっと‥‥‥明らかに人間の身体からしてはいけない音だった。


「‥‥‥えっと、今のは」


 気が付けば、空に浮かんでいた魔法陣はいつの間にか消えていて。


 もしかしたら、徹夜明けのせいで俺の目と脳がおかしくなったのかとも思ったのだけど、気になった俺はその場所に向かうことにした。


 そしてそこには。


「——っ!? これは‥‥‥」


 くすんだ金色の髪に、生気を失ったような青白いを通り越して真っ白な肌。ボロボロの衣服からは数えきれない裂傷が走っていて大量の血がにじんでいる。


 そして極めつきは、お腹を深々と突き刺している純白の剣だろう。明らかに致命傷だ。


 しかし、それでもよく見れば少女の胸は小さいけれどもまだ動いている。息をしている。


「おい! 大丈夫か!」


 そのことに気づいた俺は、慌てて少女に近寄って声をかけた。


 彼女は返事をしないけれど、近づいてよく見えるようになった表情は苦悶に満ちている。


「ちょっと待ってろ! 今すぐ救急車を呼んで——」


 言いながらスマホを取り出し、番号を打とうとして、戸惑う。


 このまま救急車を呼んでもいいのか? だって今この少女はどこから現れた? 明らかに普通じゃないだろう。


 可能性があるのは異世界とか? 魔法陣から出て来たし。もしそうだったら、後々面倒になる。第一発見者である俺も、そして何よりこの少女自身が。


 俺がラノベ作家としてファンタジー小説を書いていたからだろうか。


 普通なら取るべく常識的な行動が本当にこの場の最適解なのかわからなくなってしまった。


 ‥‥‥どうしよう、どうしたらいい? この明らかに異常な事態、いったいどうしたら‥‥‥。


 ただでさえ寝不足である頭を必死に回転させて考えていた時。


「——カハッ!」


 血まみれの少女が苦しそうに血を吐いて、とにかくこのままじゃいけないと思った。


 どうしたらいいのかはまだわからないけど、この固い地面に寝かせたままはよくないだろう。もしも誰かに見られたりしたらさらにややこしくなるのは容易に想像できる。


「‥‥‥少し我慢してくれ」


 俺は少女にそう声をかけてから膝裏と背中に腕を回し、なるべく傷が動かないように抱き上げる。


 学生時代からパソコンの前が定位置だった俺の筋力なんてたかが知れてるけど、そんな俺でも少女の身体はびっくりするくらい軽くて。


 そのことがなおさら彼女の命が尽きかけている証拠に思えてしまう。


 言い知れない焦りを感じながら、俺は少女を自分の家に連れて行くことにした。

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