第10話 シアとこの世界




 ◇◇シアside◇◇



 私に心配そうな表情を向けつつもトイレに向かって歩いていく天斗を敬礼をしながら見送ります。


 本当は天斗の傍を片時も離れたくないけれど、お荷物を任されたからにはそれにしっかりと答えなければ!


 だからそんな不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ! このお荷物はたとへ極致魔法を撃たれようとも全力で守って見せますので、安心して行ってきてください!


 私は天斗の姿が見えなくなるまでしっかりと念を送ります。天斗は魔法を使えないようですけど、きっと私のやる気は伝わったに違いありません。


 それにしても、今日は一日天斗と出かけられて、たくさんお買い物もできて本当に楽しかったです。


 この世界の人間が作ったものは興味深いものが多いですし、食べ物も大雑把な味ながら不思議とクセになりそうなくらい美味しかったです。


 色々なお店を回って、たくさんの服を見て、天斗と意見を言い合いながら一つずつ選んでいく。その一つ一つが楽しくて、大切な想い出になりました。


 何より、今着ている服を着た時に可愛いって言ってくれて凄く嬉しかった。


 いつも軍服を着ていて、戦いに明け暮れていた元の世界では絶対に体験できないだろう一日だったことでしょう。


「‥‥‥えへへっ」


 っと、いけないいけない! 今日のことを振りかえると、思わず頬が緩んじゃいます。


 天斗が戻って来るまでにシャキッとして、お荷物をちゃんと見張ってないと。


 そうやってグッと握りこぶしを作って気を引き締めているときでした。


 ふと、こっちに向かって三人の人間が近づいてくる気配を察知します。


 この気配‥‥‥天斗と買い物をしているときからずっと、私のことをまるでスライムの粘液のようなねっとりとした視線を向けてきていた奴らですね。


 正直、今すぐにでも魔法で消し炭にしたくなるくらいの不快感を感じます。


 でも、今日出かける前に天斗といくつか約束を交わしていて、その中に人前で魔法を使わないということとなるべく人間に危害を加えないというものがありました。


 だからここは我慢して無視しましょう。


 そう決意して、さっさと通り過ぎるのを待っていたのだけど、三人組は私の前で立ち止まり不遜にもこの私に話しかけてきました。


「よぉ、お姉さん美人だねぇ」


「もしかして暇してる? してるっしょ!」


「マジラッキーじゃん! 俺たちと遊ぼうぜ!」


 三人とも染めたことが分かるくすんだ髪色に趣味の悪そうなピアスや指輪をしています。ありていに言って実に不愉快で気分が悪いです。


 さり気なく離れようとしても、明らかに逃がさないようにと包囲するみたいに囲んできますし、いっそのこと吹き飛ばしてやりましょうか。


 って、いやいや! さっき我慢するって決意したばかりじゃない。


「はぁ‥‥‥人間共、さっさと失せなさい」


「「「——っ!?」」」


 そう言って、殺意を込めて男たちを睨みつけます。


 これでさっさとどこかに行ってくれればいいのですけど‥‥‥。


 しかしどうやら、少し驚いたものの人間共は単なる強がりと受け取ったらしいです。


「いいねぇ、強気な女は嫌いじゃねぇぜ」


「ふゅー! ますます楽しみになって来た!」


「それじゃあ俺たちこの辺で良いところ知ってるからさ! さっそく行こうぜ!」


 人間共の一人、帽子を被った軽薄そうな男が私の腕を掴もうと手を伸ばしてきます。


 私はそれを少々強めにはたき返した。


 少々強めと言っても、かなり手加減をしていますけどね。私が本気ではたきでもしたら、今頃あの右腕は骨折程度では済まなくなっているでしょう。


 私はそうすることに全く抵抗なんてありませんが、天斗との約束がありますから。


 男たちは私が抵抗したことに気分を害したのかヘラヘラした態度を一変させ、一番ガタイのいい男が凄むように一歩、私に近づいてきます。


「おい、痛い目を見たくなかったら黙って俺たちについて来いよぉ? あぁ?」


「‥‥‥私は今、人を待っていますのでお断りします」


「あ、それってさっきまで一緒にいたヤツっしょ? えー、あんなパッとしない陰キャオタクみたいなヤツなんかよりさ、俺たちの方が絶対いい——ぶへっ!?」


 三人の中でアクセサリーを一番多く着けてる男が何かを言い終わる前に約束や決意などを忘れ、私は考えるよりも先に手が出ていました。


 陰キャ、というものがどういう意味なのかはわかりませんが、その言葉や態度が明らかに天斗を貶めるニュアンスであったことが明らかでしたし。


 そんなことはこの私が許さない。天斗のことを悪く言う奴は万死に値する。


「燃やし尽くせ、紅炎の——」


「てめぇ、さっきからお高くとまってんじゃねぇぞ!」


 吹き飛ばした男に手をかざし、消し炭にしてやろうとした瞬間、一番ガタイのいい男が殴りかかってきました。


 きっと喧嘩慣れしているのでしょう。迷いのない拳は真っすぐに私の顔面に向かって飛んできます。


 しかし、所詮人間などこの程度。ちょっと喧嘩に慣れているくらいのパンチなど、吸血鬼である私には止まってるようにしか見えません。


 男の拳が迫って来る前に一歩踏み込む。そのまま狙いが外れてがら空きとなった男の鳩尾に正拳突きをねじ込みました。


「——っ!?」


 今度は手加減など考えていません。そのためガタイ男の身体から骨が砕ける音が響き、悲鳴すら上げれずに最初に吹き飛ばしたアクセサリー男の近くまで転がっていきます。


「わ、悪かった! 実はあんたを狙おうって言ったのはあいつらなんだ! 謝るから、俺は許し——かはっ!?」


「黙れ」


 最後、あの三人の中で一番強そうなのが負けて怖気づいたのか、腰を抜かしながら命乞いをしてきた帽子男もついでに吹き飛ばします。


 そんな安っぽい言葉など聞きたくないです。


「ちょうどいいですね。まとまってくれるなら一発で消せます」


 私は再び男たちに手をかざして、魔力を魔法に変えるために練っていく。


 実にあっけない。やはり人間などこの程度。弱いくせに身の程をわきまえていない。吸血鬼に血を献上することしか価値が無いというのに口だけは達者。愚かで劣った劣等種。


 それは向こうの世界でもこっちの世界でも変わらないようですね。


 それでも私にとって天斗は特別。天斗だけは‥‥‥。


「‥‥‥天斗」


 天斗のことを考えたからでしょうか。男たちに向かって魔法を撃とうとしていた私は、ふと我に返る。


 さっきまでうるさいくらいに音が絶えなかったのに、いつの間にか呼吸する音さえ聞こえないくらい周りが静かになっていました。


 何十、何百もの視線が私に注がれているのが分かります。向けられる感情は恐怖、怯え、警戒。


 老若男女関係なくここにいるすべての人間が、私を見ている。


「は、ぁ‥‥‥」


 その瞬間、私はどうしようもなく異物なんだと察しました。


 この場に私の味方など誰一人もいなくて、独りぼっちであると。


 いや、そんなことは分かっていたことです。ただ、こっちに来てからずっと天斗がいてくれたから忘れてしまっていた。


 ——怖い。——寂しい。——辛い。


 ここにいる人間たちなど、私なら一瞬で殺すことなど容易なのに、そんな感情が押し寄せて押しつぶされそうになります。


 まるで迷子になったように、心細さを感じていたその時。


「——シアっ‼」


 今、何よりも聞きたくて、大好きな声が聞こえてきました。



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