やるせなき脱力神番外編 春風

伊達サクット

番外編 春風

「おい起きろ!」


 激しく玄関の戸を叩く音。


 ロシーボはその音に起こされ、パジャマ姿のまま慌てて玄関を開けた。


 そこに立っていたのはこのアパート『限界亭』の大家、タケチハンペーターであった。


「タ、タケチハンペーターさん……」


 ロシーボが狼狽しながら頭を下げる。


「挨拶もなしか!」


 タケチハンペーターが怒りの声を上げる。ロシーボは今挨拶をしたつもりだったが、相手はそう受け取らなかった。


「スイマセン、おはようございます」


「当たり前だ! ワシが最強だ!」


 怒鳴るタケチハンペーター。


「ウルセーコノヤロー! 新しいNIPPONの夜明けぜよ!」


 ロシーボの隣の103号室の住人であるザガモ゛ドリ゛ョ゛ーマ゛が怒りの形相で飛び出してきた。


「住人の分際で誰に向かって口を利くか!」


 タケチハンペーターはザガモ゛ドリ゛ョ゛ーマ゛に対し即座にドロップキックを放った。


「ほたえな!」


 宙に浮きあがり地面に叩きつけられるザガモ゛ドリ゛ョ゛ーマ゛。彼は白目をむいて痙攣し、小便を失禁した。


「あわわわ……」


 うろたえるロシーボ。


「屋根のところにズズメバチの巣ができてるぞ。さっさと駆除しろ! 来い!」


 タケチハンペーターが怒り心頭の様子でロシーボに同行を促す。


 ズズメバチとは昆虫系の小型のモンスターである。強烈な毒を持っており刺されたら死ぬ可能性が高い極めて危険なモンスターだ。


 どうも最近ズズメバチが多いと思い、ロシーボはなるべく窓を開けないようにしていたのだが、まさかこのアパートに巣があったとは。


「いや、そういうことは正式にワルキュリア・カンパニーに依頼してほしい」


 ロシーボが怪訝な顔を作って言う。


「黙れクソガキ! 家賃を十倍にするぞ!」


「ナムサン!」


 タケチハンペーターの脅しを受け、ロシーボはやむを得ずついていった。


 確かに、アパートの屋根の下に大きな丸いズズメバチの巣があり、ブンブンと羽音を立てながら大勢飛び回っている。刺されたらひとたまりもない。


「俺はこれから町内会の寄合に行く。帰ってくるまで始末しておけよ!」


 タケチハンペーターは頭から湯気を出しながらその場を去っていった。一先ず胸を撫で下ろすロシーボ。


 ロシーボは入念に準備をした。


 まずズズメバチの強力な針を跳ね返す、戦闘任務でも使う特殊素材の防護服を着こんだ。そして、顔をすっぽりと覆うヘルメットを被り、バイザーを下げる。


 肌が露出する箇所が一切なくなる完全武装だ。


 更にロシーボは彼が発明した科学アイテムの一つである『ダイソン・バキューマー』を持ち出した。


 このダイソン・バキューマーの凄まじい吸引力でズズメバチを吸いこみ、逃がして周囲に被害を及ぼさないようにするためだ。


 準備を終え、再びズズメバチの巣の下にやってきたロシーボ。


 するとそこには、組織の同僚・シュロンが立っていた。


「あれ、どうしたの?」


 ロシーボが問う。


 するとシュロンはその問いに答えることなく、ズズメバチの巣に向かって、スッと軽く手をかざした。


 すると一瞬にして、巣とそれを守るかのように飛び回っていたズズメバチ達はカチンコチンに凍結したのだ。


「うわ!」


 驚くロシーボ。一瞬でズズメバチは全滅した。


 シュロンが指を曲げると、凍った巣が紫色の光を放つ魔力に包まれ、シュロンの元へ引き寄せられる。


「呪術の材料に、丁度必要だったの。邪魔したわね」


「あ、ああ……」


 ポカンとして答えるロシーボ。シュロンは巣を浮かせたままウィーナの屋敷の方角へ去っていった。


 そこに大家であるタケチハンペーターが戻ってきた。


「おお、やったか。それじゃ家賃は二倍で許してやろう」


「はぁ……」


 二倍にはなるのか。ロシーボは心の中でそう思いながら、月末に転居した。



<終わり!>


 

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