第21話 総ては君の為にⅤ


 午後一七時五◯分。詠真と鈴奈は第一◯区駅から姿を現した。

 覚悟はできている。総てを取り戻す戦いへ、覚悟は、もう済ませてきた。

 二人は警戒しながら歩を進め、その表情にいつかのような余裕はない。

 設置された中継カメラに挙動が見られないということは起動していない。おそらく先に着いているであろう主犯によってロックされていると見るべきだ。

 それも好都合。邪魔は入らないし、無駄死にも回避できる。

 午後一八時。中央広場に着いた二人は、その瞳を鋭いものに変化させた。

 そこには、既に三人の先客が待ち構えていた。

 車椅子に縛り付けられたガウン姿の少女は首輪を付けられており、瞳からは光が失われ、何かを呟き続けている。風に吹かれたガウンの右袖には、あるはずの腕が欠如していた。

 その右隣には、何を食えばそこまで大きくなるのかと疑問に思ってしまう程まるまると太った研究者風の壮年の男が、腹を覆いきれていない白衣が更にピチピチになるのも厭わず太い腕を組んでニヤついた顔を浮かべている。

 そして車椅子少女の左隣、そこには全身を覆う黒いマントを纏った青い髪のこれまた壮年の男が、マントを翻しながら両腕を大きく広げて誰よりも早く口を開いた。


「ようこそ、木葉詠真! どうやら警察などという無能集団は連れていない様子! 忠告を信用してもらえて光栄の至りです! その代わりなのか知りませんが、淑女を同伴とは男として感服致しますなぁ!」

「黙れ。……英奈を傷付けたのはお前か」


 青髪の男の頬を一陣の風が触れ、薄く赤い血線が滲む。だがその程度気にも止めないその男は車椅子に縛られる少女──木葉英奈の頭をそっと撫で、


「えぇ、いかにも」


 悪びれる様子もなくそう断言した。

 それだけで十分だった。


「殺すッ……!」


 詠真の怒りが頂点に振り切るには、たったそれだけで。

 しかし、それを鈴奈が腕を伸ばして制止する。


「ストップ木葉クン。英奈ちゃんの首をよく見なさい。あの首輪、何か仕掛けが施されていても不思議じゃないわ。もっと冷静に、それでいてその怒りを失わないで」

「ッ……あぁ」


 鈴奈の判断に青髪の男は惜しみない拍手を響かせる。


「良いご判断だ、麗しき淑女殿。彼女の首輪にはスイッチ一つで毒が注入される仕掛けがありましてね。クヒヒ、ではさっそくお話と行きましょうか」

「話の前に正体ぐらい明かしたらどうだ……」


 詠真は制止する鈴奈の腕に身体をぶつけながら一歩を踏み出し、遠い過去の記憶に刻まれた忌々しき出来事を想起しながら、青髪の男を──その黒いマントを睨み付けた。


「お前は何なんだ……お前達は何なんだ!」

「何なんだ、とは?」

「俺の両親は一◯年前……お前と同じ黒いマントの二人組に殺されたッ! お前もそいつらと同じモノを纏うってんなら、お前が……超能力者を殺しまくってる『現象』の正体なんじゃねぇのかよッ!」

「その通りだが?」


 答えは酷くあっさりとしたニュアンスで返された。


「島の中でぬくぬく暮らしていると知る機会がないでしょうから、まずは僕が何者なのかというお話から始めましょうか」


 青髪の男は貴族にでもなったつもりなのか格式の高いお辞儀をして名乗る。


「僕の名前はサフィラス・マドギール。君達の扱う超能力とは根本からして別種となる異能の使い手──その名を『魔法使い』という存在でございます」

「魔、法……使いだと……」

「はい。とは言え何が異なるのかと問われれば、素人目には判別がつきませんでしょうから此度の案件から例に出させてもらますと、僕が木葉英奈の引き渡し場所として使用した『マンション柳』なる建物。そこで僕を目撃した人物は一人もいない。それは『魔法』によって直近の記憶を消し飛ばしたからにございますね。同じように、木葉英奈の情報を手に入れる際も記憶削除を行使させて頂きました」


 確かにあのマンションの住民は誰も不審者を目撃していないし、磯島の研究所に勤める研究員も重要なことを何も覚えていなかった。だがそんなもの精神干渉系超能力でも起こせる異常に過ぎない──という詠真の思考を先読みしたのか、


「更に各種カメラのハッキング。あれは僕の魔法によって行ったモノでしてね。専門ではないので簡単なことしか出来ませんでしたが、それでも科学などでは到底解明できなかったでしょう。駒に使った犯罪グループのリーダーが良いスケープゴートとなってくれましたし。いい具合に濡れ衣を被って捜査を妨げるにはある程度記憶を保持させておいた方がいいと思ったのですが、所詮は屑でしたね。あ、因みに現在この場のカメラは総て僕の魔法でロックしていますよ。邪魔は面倒なので。殺すのも体力使いますしね、クヒヒ」


 サフィラスの口から語られたのは酷く馬鹿げた話だった。

 記憶を消すこと自体は一部の精神干渉系超能力者にも可能だろう。だが、同様の超能力を用いても、科学で解明できないレベルの特殊なハッキングは不可能だ。逆もまた然り。

 サフィラスの言葉が真実ならば、この男は二つ以上の全く異なる超能力を宿しているか、戯言ではなく本当に『魔法使い』という存在だと認めざるを得なくなる。

 特に詠真は、総てが戯言だと片付けられない理由があった。両親を殺した黒マント集団が『超能力とは別の力ではないのか』と疑っていたからだ。今の今までは半信半疑な違和感に過ぎなかったが、『現象』の原因が魔法使いならば納得がいってしまう。

 なら殺戮の理由とは。別種だから? それだけで一世紀も一方的な殺戮が続くのか?

 それを問い質すのが、詠真は怖かった。だが聞かずにも居られなかった。


「な、なら……超能力者を殺す理由は何なんだ!? お前達魔法使いとやらに、超能力者は何かをしたって言うのか!?」

「いいえ何も。単純に危険だからでございます」

「な、に……」

「世界の本当の姿を存じない君には分かりかねると思いますが、超能力者は『我々の勢力バランス』を覆しかねない存在なのですよ。だから殺しています」

「なんだよそれ……」


 まるで国家に仇成す反乱分子を駆逐するかのように、魔法使いは何の罪もない戦う意思すら持たない超能力者を虐殺している。真実を口にしたサフィラスは後悔や躊躇、反省に至るまでの負の感情を一切として見せなかった。


「何だよと言われましても。本当は他にも理由がございますが、それは君には関係のないお話なのでね。とりあえず、魔法使いについて理解してもらえましたかな?」

「ふざけんな、まだ何も分かっちゃいねえよ……だが」


 ……今大事なことはそんなことではないはずだ。

 詠真は抜け殻のようになってしまった英奈を見て、鈴奈に声をかける。


「もういいだろ舞川。通せ」

「待って。私からも聞きたいことがある。いいかしら、サフィラス・マドギールだっけ」


 サフィラスは微塵も興味がない顔を浮かべながら、


「では一つだけ許しましょう」

「木葉クンを欲する理由は何?」

「そんなことですか。何方にせよ話そうと思っていたことですしいいでしょう。極めて端的に言って、木葉英奈から効率よく超能力データを抽出するには、兄という存在が必要なのではと考えたのですよ。ほら、聞いてください彼女の声を」


 サフィラスは口元に人指しを当てて沈黙を促すと、静寂の空間に英奈が呟き続けていた言葉が僅かな響きを持って詠真と鈴奈の耳に届き始めた。


「……ちゃ……にい…………おにい……ちゃん……」


 挑発にしては心底趣味の悪い。二人の顔から一切の感情が消える。反してサフィラスは嬉々とした表情を浮かべ、語る声のトーンが跳ね上がった。


「どうです!? 彼女は薬によって夢を見続けている六日間、延々とこの言葉だけを発し続けているのです! 傑作でしょう!? ゆえに僕は、彼女のお兄様である木葉詠真、君が欲しいのですよ! どうですか? こちらに来れば兄妹ずっと一緒ですよ? 魔法使いや世界の本当の姿だってお話してあげましょう! さあ、この手を取りなさい!」


 手を差し伸べるサフィラスの誘惑に、鈴奈は制していた腕を下ろした。

 応じるかどうかを木葉詠真本人に委ねる為に。

 答えなど、彼には選ぶ時間すら、必要ない。常に一択なのだから。


「悪いな魔法使いとやら。俺はそっちに行かねェし、英奈を渡す気もない。お前はここで、この俺に、妹に手を出した償いと両親を殺した償いの、その罪の両方を清算すんだよ」

「それはそれは。やはり屈服させるしかありませんか」


 サフィラスが額を押さえてやれやれと首を振る。

 詠真の背中から四つの竜巻が噴き出し、風斬りの咆哮が砂埃を巻き上げる。


「舞川は英奈を頼む。俺はあの魔法使いに──復讐してくる」


 その言葉を残して彼の身体は前方に打ち出された。

 サフィラスはそれを真正面から受け止めに入るが、竜巻を伴う詠真諸共に数百メートル先へ吹き飛ぶ。その先は一瞬にして苛烈な戦場と化していた。


 ☆ ☆ ☆ 


「さて、向こうは始まったみたいだけど、貴方は戦わないのかしら?」


 先の戦場から視線を外し、英奈の元に残った太った男に意識を向ける鈴奈。

 太った男をニヤケ顔を崩さないまま、白衣のポケットの中で手を動かしていた。


「いいや、私は超能力者でも魔法使いでもないのでね」

「戦えない貴方を残したということは、首輪のスイッチを持ってるってことかしら」

「そうですとも。もし私に攻撃を加えようものなら、即座にスイッチを押してこの娘に致死性の毒が注入されますから。どうですか? 私を殺してこの娘も殺せますかな?」

「……はぁ、無理ね。なら私も向こうに加勢しようかしら」

「なりませぬなりませぬ。そうすれば今すぐにもスイッチを押しましょう」


 そんなに軽々しく押す気がないくせにと鈴奈は心の中で吐き捨てつつ、癖と自覚している髪を手で払う動作で髪に付いた砂埃を払いのける。


「疑問なんだけど、どうして貴方は魔法使いと手を組んでいるの?」

「チッ、随分と順応が早い娘だ。だが待っているのも暇だ、その程度は教えてやろう」


 少女に対してかしこまるのも嫌気が指したのか男は口調を本来のものに戻し、


「私はね、この島で揺るがない地位が欲しいのだよ。所長など通過点だ。ゆくゆくは、島の全研究所を束ねるリーダーとなりたい。そうすればもっと自由な研究が行えるからな」

「例えば?」

「重力爆弾を知っているか?」


 重力爆弾と言えば、まさにこの一◯区で五年前に暴走した代物のことだ。それは鈴奈も話に聞いており、知っているかと問われれば知っていると答えられる。


「ここで暴走したやつだったかしら」

「その通りだ。私は重力爆弾開発の発案者でね。少し別の区へ外していた隙にドカンときたもんだ。当時の私は嘆いたよ。暴走事件が原因で開発は完全凍結され、私の自由は奪われた。そんな時だ、あの魔法使いが私の前に現れたんだ。なんでもあの男は〈使徒〉と呼ばれる魔法使いから手柄を横取りしたいとかでな、利害の一致を見た私はあの男と契約を交わすことにした」

「それが英奈ちゃんの超能力ってわけ」

「契約時点では明確ではなかったがな。調べていく中で取り分けあの男は『空間転移』に興味を示していた。無論、私もだ。あの力は重力爆弾完成に大きな進歩を──」

「あー、もういいもういい。興味ないわ。自叙伝でも書けば」


 鈴奈は粗雑に話を遮ると、服に付いた砂を払っていく。

 二回りも下の子供に馬鹿にされた太った男は額に青筋を浮かばせ声を荒げた。


「貴様……躾がなっていないようだな。親の顔が見てみたいものだ」

「お望みなら後程」

「ふん、妙なところで素直な小娘だ」


 鼻を鳴らして「べつに」と答えた鈴奈は興味を失った表情で再度髪の砂埃を払う。


「お喋りは飽きたの。黙って向こうの決着を待ちましょう」

「ふん、貴様は魔法使いの力を知らんからそんな軽口が叩けるのだ。今に見ておれ、序列七位などあの男の敵ではない」


 その言葉を聞き流しながら、英奈と太った男から意識を離さずに、鈴奈は詠真とサフィラスの戦闘を遠目に眺め始めた。

 ……どう頑張りを見せてくれるのかしら、木葉クン?

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