第19話 総ては君の為にⅢ

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 詠真と鈴奈が登校すると、学園中が嘘のように静まり返った。

 交流試合の映像公開中止と柊学園が誇る序列取得者二名の敗戦、既に広まっているであろう木葉詠真の実妹の誘拐事件、その後の二名の連日欠席に、風の噂で耳にしていても可笑しくない犯罪グループ壊滅の功績者と舞川鈴奈の入院と包帯姿。

 どう声をかけていいのか分からない。畏怖の対象。たった数日で、ただの序列取得者ではなくなってしまった二人は苦笑を浮かべることしか出来ず、なんとも言えない表情のまま二年三組の教室へ入室した。クラスメイトの中には、なんとか声をかけようとしたものも居たが、無理をさせるのも悪いと二人は軽く笑い返してあしらっておくことにした。

 何方にせよ、今はまだ心から笑えない。話せば話すほど無理をさせるだけだ。

 時刻は八時二◯分。あと一◯分でホームルームが始まる。その間は外を眺めて過ごすかと窓の方へ顔を傾けた詠真の視界に、外の風景ではなく生徒会長雨宮滴の顔がドアップで映り込んだのだからため息を吐かざるを得なかった。


「……空気読めないんですか、生徒会長」

「心配して顔を見に来ただけなのですが、その言い草は酷いですよ?」

「なら舞川の方も見てやってください」

「お見舞いで見飽きました。ですが……そうですね、では舞川さんも」

「いらないわよ。教室に帰りなさい先輩」

「先輩に対する口の聞き方とは思えませんが、減らず口は叩けるようで安心しました」


 それは褒め言葉なのかどうか判断に困るセリフだったが、鈴奈はそれほど気に障った用が無い為、この二人はこれで通じているのだろう。

 滴は本当にそれだけで三年の教室に戻っていき、直後に詠真の端末へ去ったばかりの滴からメッセージが届いた。


『二人からなんだが同じ匂いがしました。お風呂上りかな? お二人さんは登校前にお風呂に入ってきたのかな? 一緒にかな? 総てが解決した後で、その辺はゆっくりとお話を聞かせてもらいますからね! まったく、心配してたのに残念です! ……妹さん、早く見つかるといいですね。及ばずながら、事件の早期解決を祈らせて頂きます』


 これには本気で苦笑しか出なかった。しかし心配してくれていることには感謝しつつ、端末の画面を消して外を眺める。

 ……どこにいるんだ、英奈。

 考えることはそればかり。

 気付けばホームルームを知らせる鐘が鳴り響いていた。

 生徒が各々の席に着き、半ば開いた扉を足で開いて教室へ入ってきた男の担任教師は両手に中型のクーラーボックスを抱えていた。担任はそれを教卓の上に置きながら、


「っと。木葉、このクーラーボックスなんだが、いまさっき教室の外で事務員の人に渡されたんだが、どうやらお前宛ての荷物らしいぞー」

「俺宛て、ですか?」

「なんでも、今年も序列七位キープを記念して政府から送られたらしい。うし、ちょっと待てよ先生が中身確認すっから」

「待って! 記念品なら俺が最初に見るべきですよね?」

「まあ、そうだな。んじゃ隣で見てるからお前が開けろ」


 詠真が立ち上がると同時に鈴奈も席を立った。二人は顔を見合わせ、互いが同じ気持ちを抱いていることを確認し、詠真は教卓の前へ向かった。

 ……何か、嫌な予感がする。

 それは本能的なものだったか、いくらなんでもタイミングが良すぎるのだ。

 誘拐犯からのメッセージだという可能性を捨てきれない。

 だが、行き詰った捜査に犯人自ら手掛かりになるかもしれないモノを送りつけてくれるのなら、むしろ好都合と言ってもいい。

 そう思って蓋に手をかけた詠真の背筋を言い知れぬ悪寒が駆け抜けた。

 爆発物? いや、そんなものじゃない。そんなチンケなものじゃない。

 詠真の心臓が鼓動を早めていく。手が震える。その震える手が蓋を持ち上げ、僅かに空いた隙間から、鉄のような生臭さが鼻の奥を突き刺した。

 そして、一気に蓋を跳ね上げた。


 中には、──小さな血塗れの片腕が一本、入れられていた。


「──────」

「う、うわあああああ!? なんだこれ!? 本物なのか!?」


 担任がクーラーボックスの中身に触れて、瞬時にそれが本物であると確信した。

 他の生徒に見られる前に蓋を閉じ、担任はクーラーボックスを抱える。


「ほ、ホームルームは中断だ!! 今から緊急職員会議を開いてくる! お前たちは絶対教室から出るな! クソッッタレ! なんだこの嫌がらせは! 嫌がらせってレベルを超えてやがる! クソッ!」


 叫びながら担任は教室を出ようした。だが余りの衝撃と怒りと困惑から心を取り乱してしまっていた担任は足を引っかけてしまい、クーラーボックスが落下。落下の衝撃で蓋が開いたその箱から生徒全員が見える位置に、血塗れの片腕が転がり落ちてしまったのだ。

 刹那、二年三組の教室に悲鳴と絶叫が爆音の如く轟いた。

 教室の後ろへ退避する者、外へ逃げ出す者、その場にへたり込んで言葉を失う者、顔を覆って泣き出す者、まさにこの教室は阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 その中で無表情を貫く者が二人。

 詠真は転がり落ちた片腕の側に、赤い便箋を見つけた。手に取って見るが、血に塗れて赤く変色した便箋には文字が一つも書かれていなかった。

 ──否である。突如白い文字が浮かび上がってきたのだ。

 血に浮か白文字は、文を綴っていく。



『Dearお兄ちゃん

 お兄ちゃんが助けてくれないから、英奈の片腕切断されちゃった。

血が止まらないよ 寒いよ お兄ちゃん、私どうなっちゃうの?

 お兄ちゃんが助けてくれないと、私もっと酷いことされちゃうよ 怖いよ

 苦しいよ 痛いよ 死んじゃうよ もう、こんなの死んだ方がマシだよ

 助けて お兄ちゃん、助けて 助けてよ 死にたくないよ

 お兄ちゃん、お兄ちゃん お兄ちゃん』



 そこから更に『お兄ちゃん』という文字が歪んだ字で浮かび上がる。彼女は利き手は切断された上、激痛から上手く字を書けなかったのだろうか。

 苦しみが滲み出す文面に詠真の精神は崩壊の兆しを見せる。頭を掻き毟り、手紙を握りしめたい衝動に駆られる。唇を強く噛み、流れた血が手紙の新たな赤を滴らせた。

 もう読んでられない。耐えられない。

 目を背けようとした時、十数回目の『お兄ちゃん』を最後に手紙の全文が入れ替わった。



『妹様のお気持ちになってお書きいたしましたが、如何お感じなさいましたか。

 是非ともご感想をたまわりたく、お願い申し上げます。

 愚書とあわせてお送りいたしました腕は、正真正銘の妹様の右腕でございます。

 お惑いになりませんよう、妹様の持ち物を勝手ながら添えさせていただきました。お兄様におかれましても縁の品と存じております、何とぞ狂言とはお思いなさいませんよう。

 それではコノハエイマ様、突然ですが、折り入ってご招待したい儀がございます。

 明日の夕刻十八時。記載いたしましたところまで、たいへん失礼ながら、御足労願えませんでしょうか。妹様とご一緒にお待ちしております。

 少々こちらの事情が変わりまして、是非ともお兄様においで願いたいのです。

 くれぐれも、余人にご他言をなさいませんよう。申すまでもございませんが、どなたかにご助力をお求めになることはお勧めいたしません。

 何としてもご助力をお求めになるのであれば、しいてお止めいたしませんが、誰もかれも、みな命の保証は出来かねますことを、失礼ながら申し上げておきます。

 それでは、拙い筆を何とぞご容赦ください』



 詠真が読み終えるのを見計らっていたかのように白文字の文は掻き消え、代わりに表示されたのは一◯区の中央広場を示す地図だった。それすらもすぐに掻き消え、便箋は何も書かれていない血濡れの紙切れと化す。

 それをぐしゃりと握りしめた詠真は、送られた片腕を手に取った。

 これだけならまだ誰の腕かは分からない。

 しかし。

 腕の手、その中指には──千切れた『ふぇんりるさん』ストラップが固く縛り付けられていた。これは英奈の端末に付けられていたモノで間違いない。選びプレゼントした鈴奈が言葉を失っていることからも、それは証明されていた。


「……けるな…………」


 鈴奈の超能力により英奈の片腕は氷結され、一時的な冷凍保存状態になる。

 詠真はそれを両手に抱え、学園中を震わせる程の力で、怒りを咆哮として解き放った。


「ふッざけんじゃねえぞォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

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