第18話 総ては君の為にⅡ
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ようやく泣き止むことが叶った詠真は時計を確認する。午前六時。英奈からのメッセージカードを『ふぇんりるさん』ぬいぐるみに戻すと、学園の制服を持って下に降りる。
今出来ることは、不本意だが学校に行くことしかない。警察の捜査が進展するまで、それまでは来たる時に備えて沈黙を貫く。また迷惑をかけることになるかもしれないが、その時はその時で下される処分に甘んじるしかないだろう。
ともかく。まずは風呂だ。こんな身体じゃ学校になど行けない。
「自分の能力で風呂入るのか……」
そんな複雑な思いを抱いていると、階段角から、厳密には玄関方向から思わぬ人物が姿を現した。至る所に包帯を巻いた痛々しい姿の少女、舞川鈴奈だった。
「ま、舞川!?」
「あら、数日ぶりね木葉クン
「数日ぶりね、じゃねえよ。何平然と入ってきてんだ……」
鈴奈は肩にかかるツインテールを手で払いながら、
「鍵開いてたの」
「堂々とするな」
「えへ」
頬に手を当て少し首を傾げてウィンクを飛ばす程度には、どうやら痛々しい姿とは裏腹に元気な様子の鈴奈。心配して損したとまではいかないが、どこか気の抜けた数日ぶりの再会に詠真はため息を吐いた。
「まあ、元気ならいいや。制服ってことは退院早々登校すんのか?」
「他に出来ることないしね。木葉クンも、なんでしょ」
「悔しいけどな。ちょっと待っててくれ。風呂入る」
「くっさ。木葉クンくっさ。ずっとお風呂入ってないの?」
「う、うるさいなぁ……ほらどけ、臭い付けるぞ」
相当嫌だったのか二歩横に避けて道を開ける鈴奈だったが、脱衣所に入ろうとした詠真はこれまた思わぬ台詞を耳にした。
「手伝ってあげよっか、洗うの」
「は、はあ!? 怪我して頭も可笑しくなったのかお前!?」
「は~ん、恥ずかしいんだ? 男の子ね、木葉クンも」
「お、お前ぁ……ッチ、あぁいいだろう! 発言には責任持てよクソビッチ」
「聞き捨てならない台詞が聞こえたんだけど? えぇいいわよ、皮が捲れるくらい入念に洗ってあげるから」
「出来れば皮膚って言葉を選べよ……」
そんな唐突な流れで、第二次木葉家風呂故障事件が勃発したのである。
☆ ☆ ☆
「私は美しいモノは好きだけど、醜いモノは嫌いなの。私の友達で居たいなら常に清潔を保つことよ。分かった?」
「分かったのでもっと優しく背中を擦ってください……」
バスチェアに座る詠真は大事なところをタオルを被せて隠し、頭上にシャワーとなる水球を浮遊させて、背中を擦る鈴奈を鏡越しに眺めていた。
濡れてもいいように包帯を取って、裸の上にタオルを巻いている。英奈の服が着れれば良かったのだが、下着からして彼女とはサイズが合わなかったのだ。
だがそのような扇情的な姿より、彼女の身体に残る裂傷跡が目につく。包帯を巻いていた部分は傷が深かった箇所のようで、ミミズ腫れにこそなっていないが彼女の白い肌の美しさを損なうには十分すぎる傷跡だ。顔にも薄く残る傷跡はファンデーションで隠していたのか、水蒸気のせいで化粧が落ちてきて痛々しい姿を見せ始めていた。
「その傷跡、残るのか?」
「これ? 通院で消せるらしいけど、消えない箇所もあるって言われたわ」
「……ほんと、ありがとう。ごめん」
「お見舞いの一つも来なかったくせに、ほんとよね」
「うっ……ほんとごめんん!?」
バチンと背中を叩かれた詠真は危うく鏡に顔をぶつけそうになる。
「だから背中は優しく……」
「謝る暇があったら前を自分で洗う。洗って欲しいならそう言いなさい」
「自分で洗います……」
これも彼女なりの優しさなのだろう。そう受け止めて、思わず綻びかけた顔を隠しながら詠真は身体を擦っていく。程なくして全身の汚れを洗剤と共に洗い流し、詠真が湯船に浸かろうと振り返った時だった。
「なんでお前が先に浸かってんの……」
長い髪をタオルでまとめ上げた鈴奈が一番風呂を頂いていた。
「臭いが付いた」
「……はあ、じゃ俺先にあがるから」
「入れば?」
「冗談も三度までにしないと俺怒るぞ」
「怒ってもいいから入りなさいよ。蒸気で目の疲れ取らないと腫れたままよ」
鏡を見るとそれは見事に腫れぼったい目がそこにあった。
そうは言っても木葉家の風呂は大浴場ではない。しかし鈴奈と言えば、奥に詰めて一人分のスペースを確保して、目が早く入れと言外に告げている。
マジでクソビッチかコイツは。そんな思考がもれだしたのか鈴奈の目が細められ、これ以上機嫌を損なわないよう彼女の言葉に従うことにした。
どう入ろうか迷っていると、
「恥ずかしいなら私に背を向けて入れば?」
「はいはいそうさせてもらいますね。ちょっと目閉じてろバカ」
内心ドキドキしつつ湯船に身体を沈めていく。これではどっちが乙女なのか分からない
とは言え数日ぶりの湯はとても気持ちいいものだった。疲れ切った身体が芯まで温まっていく。これが自分で生成した湯なのだから満足感が普通とは桁違いに感じられる。
「気持ちいいわね」
「そうだなぁ。将来は銭湯でも経営しようかな」
「それは素晴らしい考えね。英奈ちゃんは最高の看板娘じゃない」
「アイツ番台に立たせたら銭湯界の天下取れる。間違いなく」
「その為にも、取り戻さないとね」
「あぁ、もちろん…………なんだけど、何やってるのお前」
詠真は背中に柔らかい弾力を感じた。とても慎ましやかなものだが、それが鈴奈の何であるかは確かめるまでもなく分かる。彼女は詠真の背中に身体を寄せ、腕を前に回して抱きしめるような態勢を取っていた。右耳に鈴奈の吐息を感じ、このままではダメなのぼせ方をすると判断し解こうとしたが、それは直前で彼女の言葉に遮られた。
「英奈ちゃん、ちゃんとご飯食べてるのかな……」
「……分からない。英奈を攫った以上、目的は超能力だ。おそらくだが、まともな扱いを受けているとは思えない。だから尚のこと心配なんだ」
「私ね、これでもすごく怒っているのよ。せっかく出来た初めての友達なのに、これからたくさん遊ぼうって約束したのに……」
鈴奈は詠真の肩に顔をうずめる。既に身体が濡れているため彼女が泣いているのかどうかは分からなかったが、その声は少し震えていたような気がした。
「初めての友達、だったんだな」
「そうよ。で、木葉クンが二番目。貴方達兄妹は私の大切な友達なの。その友達を二人ともに辛い思いをさせるなんて、犯人が許せない……」
「だから、あんな無茶な力の使い方を……バカだな舞川は」
「失礼ね。これでも頭と演技には自信あるのよ?」
「演技? ポーカーフェイスが上手いだけだろ」
「もう、ほんと失礼しちゃ……」
詠真は身体の前に回された鈴奈の手を優しく握り、
「次は俺じゃなく英奈と一緒に風呂入ってやってくれ。きっと喜ぶから」
「その時も木葉クンがシャワー役?」
「バカ、さすがに風呂直すわ。今日はちょっとした気まぐれだ。明日には忘れろ」
「あら、連れないのね」
「確かに演技は上手いよお前。でも、いつか舞川が俺に言ったように……一緒に風呂入りたきゃ、お前が俺に恋させてみろ。話はそれからだ」
「言うようになったわね」
「そりゃどうも」
鼻で笑って、詠真は鈴奈の腕を退かした。タオルを彼女の顔に投げつけて、
「俺が着替えるまであがってくんなよ。包帯巻くのくらいは手伝うから」
若干前かがみになりながら(本人曰く生理現象に過ぎない)浴室を後にした。
鈴奈は顔に張り付いたタオルを剥がし、天井を見つめて小声で呟いた。
「本心が混じってるだけに、演技とは言えないのかしらね」
「あー? なんか言ったかー?」
「言ってないわよ。のぼせるから早く着替えてよね」
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