第9話 交流試合Ⅱ
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天宮島四基・第一◯区旧居住区。通称廃棄区画。かつては戸建や背の低いマンションが並ぶ混在住宅地として多くの人が住んでいた比較的閑静な住宅地で、全体的に家賃が安く設定された物件が多く、低収入者やいわゆる生活保護受給者が割合を占めていた。
だが今から五年前。一◯区に唯一あった研究所が何らかのトラブルを起こし、周辺の建物を巻き込む爆発事故が発生したのだ。それは区画面積の三割に及ぶクレーターを生むと同時に研究所に保管されていた危険な化学物質により区画全体が汚染。死傷者は数百名にまで上り、助かった者の殆どが体内汚染で後遺症を患う凄惨な大事故となった。
その後三年かけて区画の汚染は完全に浄化されたものの、居住区として再機能させるには一度総てを取り壊す必要があることに加え、完全に浄化してはいるが長期間の居住で人体に危険が生じないとも保証できない。そのことから一◯区は廃棄区画とされ、基本的に一般の立ち入りは禁じられることとなった。
現在では各所に中継カメラとスピーカーを設置し、学生の交流試合などに使用することで土地の有効活用としている。多くの死者を出した場所で不謹慎だという声もあるが、人工島である天宮島には土地に限りがある為、捨て置くだけより何かに使えるなら使うべきだという政府の方針が変わる様子はない。今後もないだろうと言われている。
取り決めではないが、使用する学生達は必ず一分間の黙祷を忘れない。
詠真と鈴奈も一◯区に着くと黙祷を行ってから、指定された中央広場へ向かった。
現地に居るのは試合を行う学生のみ。他の審判や客などの関係者は別所で待機し、無数の中継カメラで学生の行動を随時モニターしているのだ。
詠真は視界の端々に見える中継カメラを横目で一瞥する。
競技場の試合と違って監視にも近い圧を感じ、雰囲気から何までが異様と言えば異様。
それに飲まれず普段通りのパフォーマンスを発揮できるかどうかも評価対象と言われているが、具体的な項目は客それぞれで異なる為、絶対という訳でもない。
「なあ舞川」
「何かしら?」
「試合終わったらウチで飯でも食っていくか?」
「勝利の祝杯?」
「いや、単に英奈が喜ぶだろうから」
「だと思った。まあ考えておくわ」
指定場所への道中、二人からは緊張のきの字も感じられない。きっと中継カメラに内蔵された高集音マイクで会話を聞いている滴は自慢げに微笑んでいることだろう。
「さっきの弁当美味かったろ? どう、自分の料理と比べて」
「コメントは控えさせてもうわ」
「素直じゃないねぇ」
「素直だからこその答えだったのだけれど」
他愛ない会話を続けていた二人は、前方に広場を見た。おそらくは大きめの公園だったのだろうその場所は、半壊もしくは全壊した遊具の残骸が散乱し、もはやかつての面影を失った瓦礫置き場と化していた。
周囲も同じような景色が広がっている。崩壊した戸建、窓ガラスが一枚も残っていないマンションは黒焦げになって半壊していた。地面に転がっているのは無残にも抉られた建物の瓦礫やガラス片、炭化を免れた木々にひしゃげた自転車や自動車など、中には幼児が乗る三輪車や片方しかない靴なども見受けられる。
生々しい事故の傷跡。まるで自然災害に襲われた廃墟のようだ。
そして空気が重たい。長居をしたいとは到底思えなかった。
「ようやく来たのね、憎き『白の柊』! 遅刻よ遅刻!」
「せ、先輩、いきなり失礼ですよ……」
「うるさい!」
感傷に浸っていた二人の耳に届いた二つの声は、広場の中央に立つ生徒のものだった。
詠真らと同じく男女のペア。身に纏う赤い制服は『
威勢の良い茶髪の女子生徒が口にした『白の柊』とは、三大高校の一つである柊学園が白い制服だという理由で呼ばれるようになった別称だ。彼女が憎んでいるのはおそらく、赤という珍しい色の制服なのに『赤の朱染』と呼ばれないことに対する八つ当たりだろう。
詠真と鈴奈は顔を見合わせて「面倒くさいのがいるけどどうしよう」と目で会話し、出された結論は「面倒だし流そう」となった。
詠真は一歩踏み出し、周囲の状況から最善の第一手を考えながら、
「遅刻した時間を取り戻すためにさっそく始めますか、朱染学院さん」
「朱染学院さんじゃないわよ! あたしの名前は……」
「名前は?」
「……教えない。柊なんかには教えないわよ!」
威勢のいい女生徒は腕を組んで見下ろすように柊の二人を睨み付けた。
……め、めんどくせェ。
出会って一分もしない内に辟易した詠真は彼女の隣で困ったように眉を落とす男子生徒と目が合った。それだけで彼の苦労が嫌というほど伝わってくる。
「あんたも名乗るんじゃないわよ後輩! いい? わかった!?」
「わ、わかりましたから先輩……」
「ならよし! じゃあ始めましょうか!」
酷くわがままでマイペースな女生徒は中継カメラへ準備完了の合図を送る。
同時にため息を吐いた詠真と鈴奈も準備完了をカメラへ示す。
数あるスピーカーの幾つかからジジッというノイズが鳴り、女性の声が響いた。
『両校、準備完了したようなので、今回審判を担当します柊学園生徒会長雨宮滴が試合開始のゴングをゴーンと高らかに鳴らさせて頂きたいと思います。その前にルールの再確認を。今回はお客様のご要望によりタッグバトル形式となります。制限時間は二時間。ペア両名の戦闘不能、あるいは制限時間経過後に残っている人数が少ないペアが敗北となります。又、ペアのどちらかがギブアップ宣言を行った時点で片方の意思に限らず敗北となりますのでご注意ください。お客様には四名の持つ超能力の可能性を提示する為、全力で構いませんが、貴方達の今後の為にも怪我程度で済ませておくことを推奨します。建物への被害は考慮する必要はございません。以上でルール確認を終わります。──では』
ゴングを鳴らす前に、詠真と鈴奈にはやるべきことがある。
気乗りしないなとぼやきつつ、詠真から名乗りをあげた。
「柊学園二年、序列七位〈四精霊王〉木葉詠真だ。交流試合に俺ら序列持ちが出るのは異例だが、手加減無しで勝ちに行くから」
「柊学園二年、序列一五位〈天上の氷花〉舞川鈴奈。七位様に同じく」
じゃ行くかと詠真が身構えた時、ちょって待ちなさいよ! と金切り声が耳を突いた。
「余裕ぶってんじゃないわよ! 私は朱染学院三年、序列七六位! 政府から授かった異名は〈
ビシィッ! と柊の二人を指さして異名を名乗った女生徒。
あ、そちらにも序列取得者居たんだ。二人は心の中でそう思っただけだったが、どうやら名前を名乗らぬ彼女──睨眼は被害妄想が激しい少女のようだった。
「今順位で笑ったな!? くっそ~! いいわよ! こっちの序列取得者は私だけだけど学院の代表として柊の首を持ち帰ってやるんだから!」
「せ、先輩それは失礼すぎ」
「うるっさ~い! 柊の審判、はやくゴング鳴らせ!」
場は睨眼のテンションに支配されてしまい、スピーカーからクスクス笑う滴の声がもれていた。それに対して彼女が何かを言う前に、滴は『では!』と声をあげる。
『柊学園VS朱染学院、試合開始してください!』
試合の火蓋が落とされた。
詠真は講じていた第一手を放つため、風と地を発動。瞳が緑と茶に染まる。
だが、彼の
合図の直後、朱染の男子生徒が睨眼の肩に手を乗せると同時に、両名の姿が文字通り消えてしまったのだ。少なくとも肉眼では一切として視認できない。
詠真と鈴奈は即座に理解する。二人の何方か、おそらく男子生徒の超能力が触れたモノを透明化する力で間違いないだろうと。女子が透明化の能力ならば、彼女の異名がもう少し『透明化を思わせる』言葉になっているはずだからだ。
だが考えるのは後に回す。
詠真と鈴奈はアイコンタクトを交わして左右それぞれの方向に走り出した。
詠真は周囲を警戒しながら通信機のスイッチを入れる。
「透明化、だよな」
『間違いなく。でも怖いのは女の方ね』
「ああ。あの面倒くさい女、自分の力を存分に発揮する為に透明化を連れてきたな」
『プライド高そうだし、狡くても勝ちたいようね』
「まあそれが間違いだとは思わないけどさ」
風の補助で軽々と大きな瓦礫の山を乗り越えた詠真は足を止めずに周囲を観察する。
透明化によって先攻のアドバンテージは向こうにある。いつどこから攻撃が飛んでくるか分からない以上、停止居すれば格好の的になってしまう。常に動き続けて相手を撒き、どこかに身を隠して作戦を立て直すべきと判断したのだ。
だが撒いたと思っても油断できない。敵は目の前に立っているかもしれないのだ。
見えない恐怖。滴が事前情報を与えなかったのはこれが理由なのだろう。
透明化と言えど事前に分かっていればいくらでも対策は出来るし、何よりもう片方の力が分かっていれば見えなくてもある程度の対処は可能である。
「ほんとに人が悪いなぁ、会長は」
『そうね。まず思い付いた攻略法は、確実に客を落胆させること間違いなしだし』
「透明化直後、前方へ能力をぶっ放す……だろ? ダメだよな、やっぱ。一発で終わらせたら交流試合の意味が無くなってしまう。当然それを分かってる会長様は、別の攻略法で勝てって言いたいんだろうさ。朱染の為にもな」
交流試合は『超能力の長所と短所を公開する』ことが主目的。つまり、朱染学院の二人の超能力の長所を発揮させた状態で攻略してやることで、彼女らの超能力の短所を客に披露することが出来る。それにより朱染学院は交流試合の主目的を完璧に達成し、なおかつ柊学園が勝利する理想のシナリオを実現できるという訳だ。
もしそれをあの睨眼が知れば確実に憤りを露わにするだろう。彼女はそういう性格をしているのは先刻の態度から明瞭であり、彼女はきっとこう言うはずだ。
馬鹿にしやがって、と。
詠真は生徒会長の『人の
外装はボロボロ、だが中はまだマシと言える損傷状況だ。それでもそこら中に亀裂が走りまくっているのを見ると、崩壊しないか不安になってくる。
扉が外れている部屋がいくつかあったが、どうにも中へ入るのが躊躇われた詠真は柵となる壁の内側にしゃがみ込んで身を隠すことにした。
「舞川、そっちはどうだ?」
『建物の影に隠れてる。そっちは?』
「同じだな」
互いに姿の見えぬ敵に位置を捕捉されないよう小声で話し、とりあえず静の構えで状況の変化を待つことにした。
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第八区某所。マスク姿の大柄な男は耳に付けた通信機からの連絡に応答した。
「こちら指定位置にて待機中です」
『周囲に人影は?』
「ありません。誰にも目撃されていないと思います」
通信相手の男は「思います」という不確定な物言いに舌打ちをしたが、ここで説教したところで時間の無駄だと判断し話を進める。
『こちらは中継カメラをハッキングし試合開始を確認した。作戦行動を開始する』
「了解しました」
マスクの男が見据えるのはとある二階建て一軒家。作戦は、現在その家に一人で居ると思われる人物を誘拐すること。その人物が帰宅し、同居人が留守なことも確認済み。重大な役割を任されたマスクの男は、汗ばむ手をぐっと握りしめた。
「では行動開始します」
男は家の右側面に移動すると、指紋を残さないよう手袋を装着した手を壁に伸ばした。すると男の手は壁をすり抜け、そのまま身体を壁の向こうに滑り込ませる。
この男が持つ超能力は物質透過の力で、不法侵入にはこれ以上ない能力と言える。任された理由はこの能力ゆえだ。
男が出た場所は浴室。扉をすり抜けて脱衣所へ、更に廊下に出る。人は居ない。二階への階段とリビングへの道があり、まずはリビングへ向かった。だが目標の姿は無い。となれば二階かトイレか。先にトイレの扉に頭を入れて覗くが無人。
「そこか」
男は二階へ。二階には二つ部屋が並んでおり、耳を澄ますと奥側の部屋から目標と思わしき人物の声が聞こえてきた。
「つい喋り込んで帰るの遅くなっちゃった。困らせないように早く行こっと!」
情報通り少女の声だ。男は部屋の前に立つと、躊躇せず扉をすり抜けた。
中には、着替え途中だったのか下着姿の中学生くらいの少女が居た。
扉に背を向けていた少女の背後に近付き、ぬるりと手を伸ばす。
「! お兄ちゃ──」
「こんにちわ」
「だ……れ……」
咄嗟に振り向いた少女は知らない男の姿を見て身体を硬直させ、足元から這い上がる恐怖に全身を細かく震わせていた。
男は少女のあられもない姿と恐怖し震えていることに対して背徳感を覚えたが、なんとか抑えて通信機の向こうへ報告する。
「目標と接触。捕縛します」
「え……」
「大人しくしているんだな」
「いッ……ぁ……っ……!」
男は太い腕で少女の首を鷲掴み、片方の手で口を塞ぎにかかる。
だがそれを邪魔するように突如厚い本が男の手に落下。その厚さと驚きから一瞬だけ動きが止まり、その隙に少女が激しくもがきだした。
男が力づく押さえ込もうとした時、暴れる少女の足が男の下半身の急所を蹴り上げる。
か弱い少女の力であれ急所への衝撃は強く、悶絶する男は額に青筋を滲ませた。
「クソガキがッ!」
首を掴む手に一層強い力を込め、乱暴に本棚へ投げ飛ばす。大きな衝撃音と共に少女は崩れ落ち、頭の上から本が降り注いだ。首を掴まれていたことと背中への強烈な衝撃で完全に息の仕方を忘れている少女の首を掴んで持ち上げた男は、相手が既に気を失いかけていることも気に留めず、剥き出しの腹へ渾身の力を込めた拳を一発叩き込んだ。
「っっっは────っ──……」
「犯されねェだけマシと思えクソガキ」
少女は白目を剥いて意識を失っており、それを床に放り捨てた男はウエストポーチからガムテープと紐、そして注射器を取り出した。口をガムテープで塞ぎ、手足を紐で縛り、慣れない手付きで腕の血管へ注射器に満たされた液体を注ぎ込む。
男は倒れる少女を軽く踏みつけながら、
「目標を沈黙、拘束しました」
『よくやった。既に家の隣に車を着けている、早々に運び出して合流地点に急げ』
「了解。これより目標を──木葉英奈を合流地点まで輸送します」
男は少女を担ぎ上げようとすると、後ろ腰で縛った手に本人の物だろう端末に付けられたストラップの紐が絡まっていることに気が付いた。
「端末は、どうしますか?」
『置いておけ。持ってきても困るだけだ』
「了解です」
紐の絡まりを解くのを面倒に思った男は端末を力任せに引っ張った。それでストラップの紐が千切れ端末は離れたが、ストラップ自体は少女の指に絡まったまま残っている。
「チッ……いいか」
だがストラップ程度どうでいいと判断した男は端末を布団に投げ捨て、行きと同様に浴室から外へ。外には仲間が運転する黒い車が止まっており、男が捕縛した目標と共に乗り込むと車は静かなエンジン音で合流地点に向けて発進した。
連れ去られた少女の部屋で、端末は不在の主人へ着信を知らせ続けていた。
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