第6話 四大元素Ⅴ


    6


 気付けば、空が茜色に染まる夕刻を迎えていた。

 約四時間近くも『ミルキーウェイ』で過ごした三人はそれなりの量になった荷物を抱え、一三区中央駅へゆったりと歩を進めている。

 各々行きとはまた違った表情なのは、疲れているだけが理由ではないだろう。

 何か意味のある一日だった。そういうことである。

 今回のデートの本来の目的は、明日の放課後に行われるタッグバトル形式の交流試合で少しで円滑なコンビネーションを発揮する為、試合の前に詠真と鈴奈の二人がしっかり交流して仲を深めるというもの。当初は生徒会長の勝手でしかなかったが、いつの間にか普通に楽しんでいたところを見ると、目的は達成されたとみて間違いないだろう。

 それも飛び入り参加の英奈あってのこと。二人は口に出さないが感謝していた。

 夕日を背に受けながら、詠真と鈴奈に挟まれて歩く英奈。その光景を見て『親子』を連想する者は決して少なくはないだろう。

 詠真自身、その一人だった。

 夕日。赤く染まる空。それは嫌でも『過去』を思い出させる。

 あの惨劇を、詠真は鮮明に記憶している。忘れたことなど一度もない。

 英奈は両親が『殺された』ことは聞かされたが、あの時起こった光景は意識を失っていて殆ど目撃していない。だが、赤く染まった視界と水の冷たさは覚えているらしい。

 兄妹が父母を奪われてから、もう一◯年。

 詠真は、この空を見るたびに思うのだ。

 俺は海のようにデカい男になれているのか、と。

 許せる心を持ち、境界を見極める判断力を持て。大きくなって分かったあの時の父の言葉を胸に詠真は一◯年を過ごしてきた。少しはデカくなれたかな。そう尋ねても、答えてくれる父は一◯年前に殺された。

 ──両親は『現象』に巻き込まれ『殺されたのだ』。

 黒いマントの集団。超能力を使って、超能力者を殺す者達。それが『現象』の真実。

 紛うことなき殺人──殺戮だったのだ。

 ……でもあれは、本当に超能力なんだろうか。

 超能力者が生まれ始めた頃と同時期に発生したと言われる『現象』。それは一世紀もの間絶えず起こり続けているのに、天宮島内部では『現象』は確認されていない。

 もし超能力者が超能力者を殺しているのなら、島の中で『現象』が起こっても不思議じゃない。何方も『超能力者』なのだから、島に入り込むのは容易なはずなのだ。

 だがそれがない。そこに詠真は酷く不自然さを感じている。

 あの黒マントが超能力者じゃないのなら? 超能力とは全く別の超常的な現象を自在に起こす『異能』があるとしたら? そう仮定すれば、あの超能力を逸した『怪物』の正体にも説明はつくだろう。だが『異能』などホイホイ存在するものじゃない。

 そう思って、詠真は中学校へ上がった頃から現在までずっと調べ続けているのだが、何一つとして目ぼしい情報を得ることが出来ずにいた。

 ならば、あれは超能力者だ。おそらく天宮島とは相容れない派閥があるのだろう。

 それで解決。……そうしたいのに、出来ない。

 ──詠真は『許せないのだ』。両親を殺したあの黒マントの男のことを。

 沸き起こってくる黒い感情が詠真の心を蝕んでいく。

 方法など、手掛かりすらない。それでも──『復讐』したいと本能が叫ぶのだ。


「……お兄ちゃん」


 変化を感じ取った英奈が兄の手をきゅっと握る。

 それだけで、たったそれだけで詠真の中から黒い感情は引いていく。


「大丈夫だ、ありがとな」

「うん。英奈が居るからね。ずっと側にいるからね」


 兄妹を繋ぐ愛は、とても固く、とても脆い。

 互いに支え合い、縋り合って、二人は生きているのだ。

 そこに舞川鈴奈が入り込める余地がなければその気もない。

 なにより、その資格さえありはしない。


「ごめん舞川、気にしないでくれ。忘れろ」

「寝てたわ。何の事かしら?」

「歩きながら寝るなんて鈴奈ちゃんすごい……」


 それぞれは胸に秘めるモノを奥へ仕舞い、今は今の時間に意識を傾ける。

 それから他愛ない話をしていると中央駅が視界に入り、漂う解散の空気に英奈の瞳が哀しげに夕焼けを反射した。

 まだ帰りたくない。そんな願いを神様が聞き届けたのか、英奈は視界の端にとある店の店頭に並ぶとある商品を見つけた。


「あ、あれはっ!」

「ん? どうした英奈」

「ふ、『ふぇんりるさん』だよお兄ちゃん!」

「……?」


 なんだそれと詠真が首を傾げていると英奈はその店へ駆け出し、二人は顔を見合わせて苦笑をもらしながら後を追った。


「可愛いなぁ~」


 店頭で英奈が眺めていたのは、マスコットのグッズだった。


「ふぇ、なんだっけ?」

「『ふぇんりるさん』! 今、天宮島で人気沸騰中のマスコットなんだよ! このなんとも言えない顔がすっごく癒されるの~!」


 詠真は店頭に並べられた『ふぇんりるさん』のぬいぐるみを手に取ってみる。

『ふぇんりるさん』は仕事の残業終わりなのかとても疲れた顔を浮かべる白いモフモフの狼というデザインで、確かになんとも言えない顔をしていた。棚に付けられたポップには、『社畜お疲れさまです!』と書かれている。疲れた顔が癒し効果を生むとは、なんて酷い皮肉なのだろうと詠真は悲しい思いに駆られてしまう。

 その隣で。瞳を宝石のように輝かせて『ふぇんりるさん』を見つめる鈴奈の姿があった。

 詠真は手に取ったぬいぐるみを鈴奈の前にずいっと差し出す。すると鈴奈は今日一日の印象を覆すような子供っぽい反応を見せた。


「~~~~~~~っぅぅ!」


 むぎゅっと効果音が聞こえそうな勢いで『ふぇんりるさん』を胸に抱く鈴奈。

 どうやら、一目惚れしたようだ。


「……舞川、それ買ってやろうか?」

「ほんと!? 欲しい!」

「お、おう……」


 詠真は冗談で言ったつもりが本気にされてしまい、心から喜んでる女の子を裏切るわけにもいかずプレゼントせざるを得なくなった。

 当然、妹からは不服! といった目で睨まれてしまう。


「心配すんなって、英奈も好きなん選べ」

「やった!」

「あ、待って!」


 言ったのは瞳を輝かせる鈴奈だった。


「どうせなら皆でプレゼントし合わない?」

「というと?」

「私は貴方からもらうから、私は英奈ちゃんにプレゼントするわ、で、英奈ちゃんはお兄さんにプレゼントする。どうかしら?」


 詠真は英奈に視線を投げると、彼女の目が「それいいアイデアです!」と言っていた。

 そんなこんなで各々『ふぇんりるさん』グッズを購入し、相手にプレゼントする。

 詠真は三◯センチほどのぬいぐるみを鈴奈へ。鈴奈は抱き枕にもなる一メートル級のぬいぐるみと携帯端末用のストラップを英奈へ。英奈は『いつもお疲れさま。ありがとう』というメッセージカードを持った掌サイズのぬいぐるみを詠真へ。


「英奈……なんてええ子なんや……俺こそいつもありがとうなぁ……!」

「わあ、泣かないでお兄ちゃん! よしよし、泣き止んで」

「うぅ……ぐすっ」

「~~~~~~~っぅぅ!」


 ぬいぐるみを抱きしめる美少女と妹に頭を撫でながらあやされる兄。この内に二人が天宮島きっての『序列取得者』なのだから現実というのは分からない。

 詠真が落ち着いたところで、三人は中央駅前までやってきた。


「今日は思いのほか楽しかったわ」

「生徒会長の思いつきも偶には良い方向に転がるんだな」

「ふふ、そうかもしれないわね」


 鈴奈は英奈へ視線を移し、制服の胸ポケットから端末を取り出した。


「今日は終わりだけど、また遊びましょうね英奈ちゃん。はい、私の連絡先」

「はい! 良かったらお兄ちゃんとも遊んであげてください!」

「そうね、考えておくわ」


 英奈と連絡先を送受信し、自分の荷物を抱えた鈴奈に詠真が切符を差し出す。


「あら、気が利くのね」

「学生寮だろ? 学園前駅で良かったよな?」

「えぇ、よく知ってるわね」 

「クラスメイトだからな」

「友達ではなくて?」

「なら友達で。もういいから早く帰れ」


 詠真は半眼で睨みながら手追い払うように手をしっしっと振った。

 それを妹に咎められる姿を見て鈴奈は笑いを零し、


「照れちゃって、可愛いものね」

「うるさい」

「ふふ、じゃまた明日ね」

「おう」

「鈴奈ちゃんまたね!」

「うん、いつでも連絡してね英奈ちゃん」


 木葉兄妹とは別のホームへ歩いていった。

 途中でふと足を止めた鈴奈は振り返り、首を傾げる詠真に言い忘れていた言葉を送った。


「ぬいぐるみ、大切にするわね。ありがとう、木葉クン」

「いいからはよ帰れ」

「そうするわ」


 軽く手を振って歩き出した鈴奈は振り返ることなく構内へと消えていった。


「じゃ英奈たちも行こっか。……お兄ちゃん?」


 鈴奈が消えていった階段を『ふぇんりるさん』みたいななんとも言えない顔で見つめていた詠真は、やがて深いため息と共に階段から視線を外して動き出す。

 プレゼントされたデカいぬいぐるみを他の人の邪魔にならないよう抱える英奈は、兄にさっき何を考えてたの? と尋ねると、返ってきたのは何てことない答えだった。


「うん? あぁ、いや……舞川に名前で呼ばれたのは初めてだなぁと思ってさ。ずっと貴方とか、今日ならお兄さんとかだったし」

「ふふ、嬉しいんだ?」

「まあ、今日のデートに意味があったってことだからな」

「もう、誤魔化しちゃって」

「何を?」

「何でもありません! ほら電車来たよ! 走ってお兄ちゃん!」

「な、ちょ、無茶言うなって! お兄ちゃんの持ってる荷物多いんだからな!」


 この後、詠真は盛大に転んで乗り遅れた。

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