第3話 四大元素Ⅱ

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 五つの浮島で構成される天宮島は、大きく分けて五つのエリア、そこから更に細かく分けると全十七の区に分けられている。

 浮島を『ベース』と呼び、それが五つ。中でも三基サードベースは住民の七割が暮らす居住区と学生区が大半を占めており、木葉兄妹が居を構えているのは第八区。詠真が通う高校は第四区に位置し、第三区の中学校に通う英奈を第三区如月中学校前駅まで送ってから九駅前の第四区柊学園前駅に戻るのが彼の登校スタイルとなっている。

 それは今日とて変わらず、いつもと違うのは時間に余裕がないことぐらい。学園前駅を降りた詠真は多少急ぐことを意識しつつ、制服のポケットから端末を取り出した。

 メッセージの着信が二件、内一件は別れたばかりの妹からだった。


『中学最後の一年頑張る! 馴染めるか心配です。お兄ちゃんも頑張って!』


 微笑ましい応援に顔を綻ばせながら、詠真はもう一通のメッセージを開く。

 差出人は学園の──第四区立柊学園の生徒会長だった。


『おはようございます木葉君。突然で申し訳ないのですが、今日の放課後、生徒会室まで来てもらってもよろしいでしょうか? 個人的なお話……だったらよかったのですが、残念なことに生徒会長としてのお話です。本当に残念です』


 一部内容は無視するとして、詠真は生徒会長に了解の一言を送信すると、英奈へ最愛の妹に対する熱い思いの丈を綴り始めた。


『世界一大好きな英奈へ。大丈夫だぞ、英奈なら馴染める! 誰でもないお兄ちゃんが保証してやる。だってこんなにも可愛くて健気で可憐で愛くるしい最高な女の子、人気が出ない訳がない! 男共が近寄るのはお兄ちゃん的に許せませんけど! それでも英奈の円滑な学校生活の為なら止む得ない。もし何か困ったことがあればすぐに言いなさい! 学園飛び出して駆け付けるからな! 特に告白なんてされたら即刻報告! お兄ちゃんその男とタイマンで話しますからね! 英奈のことを何も分かってないカスなら申し訳ないが丁重にぶっ飛ばします。いや、でもそうすると英奈の円滑な学校生活が危ないか、困ったな。なら告白されるより前にその兆しがあれば報告して! お兄ちゃんが裏で処理します。やっぱり目が届かないところにいるとお兄ちゃん心配になっちゃうぞ。そういや来年になればお兄ちゃんと同じ学園に入学したいって言ってたし、今年留年すれば一年も長く英奈と一緒に居れるでは? むしろ二回留年したら同じ学年になれるのでは!? よし! 頑張って留年する! 心配するな、お兄ちゃんのレベルになれば留年しても社会的影響はない! 妹と同じ学年とか、それからの学園生活超楽しいな! っと、長くなった。早く行かないと遅刻しそうなので続きは家で。愛してるぞ英奈』

「送信っと」


 返信を送って少し、端末がピロンと音を鳴らす。英奈からの返信だ。


『わるふざけ怒るよ! ばか』

「ばかってお前……可愛い……」


 ごめんなさいと一言謝罪して、詠真は小走りで学園へ向かった。


☆ ☆ ☆


 第四区立柊学園。生徒在籍数五◯◯人を有する普通科の高等学校で偏差値は六◯前後。同区の高校ではトップの進学率を誇っており、天宮島全体で見ても三大高校の一つに数えられる名実ともにエリート校だ。

 だがこの島において、学校や個人の評価を左右するのは勉学だけではない。

 超能力をいかに上手く扱えるか──その評価項目を『能力制御率』という。

 超能力者の国ならではのカリキュラムで、学生たちは日々超能力の鍛錬に励んでいる。

 主な目的は戦う事などではなく、超能力の不意な暴走を防ぐためというのが目的で、能力制御に長けている者ほど、社会的信用が高い。それもそうだろう、感情の起伏で力が暴走し周囲を巻き込む危険性が高いと嫌でも警戒される。爆発物のような扱いが近い。

 ゆえに、勉学と能力制御率の両方で高い評価を受ける学校は社会的信用も高くなり、進学と就職どちらにしても高いアドバンテージとなるのだ。

 柊学園は全高校の中で総合成績第三位。在籍する生徒は総じて、社会的信用を得られて当然の高い制御率を持っており、詠真もその一人である。

そして今日、新学年初授業こそ、能力制御率測定の実技授業なのだ。


「さて、と」


 場所は柊学園特設競技場。校舎の裏手に建設されたすり鉢状の空間で、他校で言うところの運動場に相当する施設だ。半径二◯◯メートルにもなるグランドは人工芝に覆われ、周囲に二層のスタンドが設けられている。天宮島で最も大きなスタジアムでもある。

 詠真はスタンドの一席に腰掛け、実技授業開始の時を待っていた。

 能力制御率は基本的に最大一◯◯パーセントのパーセンテージで表され、学校での成績はそれを大きく五つのランクに分けて評価するランクシステムが採用されている。

 ランクは下からE、D、C、B、Aとなり、各ランクの詳細は、Eが一~一◯パーセント、Dが一一~二◯パーセント、Cが二二~四◯パーセント、Bが四一~七◯パーセント、最高のAランクは七一~一◯◯パーセントとなっているのだが、この通り、同じランク内であろうと大きな上下差が存在することが分かる。

 そこで登場するのが序列──正式名称を『天宮てんぐう序列』というシステムだ。

 天宮序列とは、島に籍を置く総ての超能力者を対象した、ランクではなくパーセンテージ評価によって『順位』を表すもので、中でも一際優秀な上位一◯◯名には『序列』を一種の資格として使用できる権利が与えられるのだ。

 現在の序列一◯◯位は能力制御率七五パーセント。つまり序列を名乗れる上位一◯◯名に名を連ねるにはランク評価で最高のA が必須であり、Aランクの者でも必ず序列資格を取得できる保証はない。七五、現在はそこが序列資格取得最低ラインということになる。

 柊学園が三大高校である所以、その一つが序列取得者を多く輩出しているという点だ。

 現在、柊学園には四人の序列取得者が在籍している。

 その一人が彼、木葉詠真である。


「お、始まるな」


 詠真はグランドを注視する。

 二年三組の能力制御率実技テストが開始されたのだ。

 一番手は活発で運動系の部活に所属する少女。スピーカーから聞こえる教師の声に彼女は二本の指を立てる。これが意味するのは自分とターゲットの距離。

 つまり二○メートルを指定したということ。


「やっちゃうよー!」


 ぐっと意気込む。彼女の二○メートル先の地面が開き、縦二メートル横一メートルの使い捨てターゲットが幾つも展開された。個々の力によっと実技テストのやり方は異なるが、彼女のような『放出型』の場合であれば、指定した距離のターゲットに対して正確に能力を届かせることが出来るかどうかをテストされる。

 因みに競技場に集まっているのは全員『放出型』である。

 ジジッとノイズが鳴り、スピーカーから開始の合図が響いた。


『準備が完了次第、テストを開始してください』


 合図と同時に彼女は両掌をターゲットに向けて翳した。額に汗がにじむほどの集中。

 念じるように脳内でイメージする──地面から突き出す石柱のイメージを。

 次の瞬間、ガンガン! と二回、芝生から細い石柱が突き出した。

 超能力名『土石造形テラ・クリエイト』。その力によって生み出された石柱は表面が粗くパラパラと崩れかけていた。それでもターゲットを貫いたが石柱は崩壊。更に無傷のターゲットが半数を占めている状態だ。評価はBが妥当だろう。


「僕の番ですね」


 次いで現れたのは眼鏡をかけた理系的な雰囲気の少年だ。

 彼は前者と同じ二○メートルを指定すると、右手で銃の形を取り、銃口となる人差し指をターゲットへ向ける。指先から射出されたのは、高速で発射された水の弾丸だった。

 超能力名『水海操作ウォーター・ワーク』。無から水を生み出し、操る力。

 的確な射撃でターゲットは貫かれ、叩き出した命中率七◯パーセント。水はそこそこ透き通っていて鮮やかな色だ。評価はB相当だが、Aまでもう少しと言ったところか。

 眼鏡を押し上げ少しの達成感に酔う彼とすれ違うように、二年生ながらバスケ部でエースを任される生粋のスポーツ少年が位置につき、手を空へ突き出した。


「熱いシュートを決めてやるぜ!」


 と、漫画みたいな台詞を吐いた彼もニ◯メートルを指定し、右掌に集中。

 数秒後、掌にバスケットボール大の火球が現れた。

 超能力名『火炎現出ファイア・アピール』。文字通り自在に火を起こす力だ。

 彼はドッチボールをするように腕を振り被り、火球を投げた。

 本来ならバスケットボールののシュートフォームから投げたかったのだが、それでは距離が出ない為に断念せざるを得なかったのだ。投擲された摂氏二◯◯度程度の火球はターゲットに直撃。更に五つ追加で投擲されたが、その内二つは掠める形で終わり、露骨に肩を落とした。本人も理解しているだろう、評価はCで決まりだ。


「あんたは本当のボールさえ扱えればそれでいいのよ」


 言ってバスケ部エースの肩を叩いたのは、三組の頼れる委員長だ。委員長は一つに束ねた三つ編みを揺らしながら、大きく三本の指を立てて見せた。

 三○メートルへの挑戦。自然と歓声が上がる。委員長はじっとり汗ばむ掌を握りしめ、軍隊に号令をかけるが如く腕を鋭く振り下ろした。

 委員長の横髪を僅かに掠めて、一陣の鎌鼬がターゲットを総て首の位置で切り裂く。

 彼女の超能力『風嵐到来ウィンドアライバル』は、風を思い通りに操る力。操作を誤れば自身を傷つけ兼ねない危険な超能力だが、掠めたのは僅かな髪のみ。ターゲットも全破壊し、距離も上々と言った所だ。文句なしで評価はランクA。なのだが、序列資格取得にはまだ少し届かないだろう。


「よし、行くか」


 詠真が立ち上がり、同時にアナウンスが彼の名前を呼ぶ。

 たったそれだけで、競技場の空気が一変した。スタンドには既にテストを終えた一組と二組、後に控えている四組と五組も見学している。その誰もが彼の姿に注目し、テスト開始を今か今かと待ちわびていた。


『……では開始してください』


 詠真は大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。

 立てた指は──両手で七本。つまり七◯メートルである。

 指定距離にターゲットが展開。扇状に広がるそれは八◯メートルまで余分に展開され、横にも左右一◯メートルをターゲットが埋め尽くしている。


「すぅぅ……行くぞ。まずは『地』から」


 詠真は掌を体の前に翳す。先に在るターゲットに向け、全神経を集中させる。

 まず生じた変化は側から見ても分かり易いもの──詠真の瞳が黒から茶色へ変色したのだ。同時にターゲットの周囲の芝生から三角柱型の石柱が突き出す。その太さは前者が見せた石柱の実に六倍にもなり、表面は加工されたように綺麗で繊細。次々とターゲットを貫いても石柱は崩壊しないどころか傷一つ付かない耐久力を有していた。

 破壊されたターゲットは二◯。出現した石柱もまた二◯。ミスは一つとして許さない。


「次は、『水』だな」


 ──瞳は茶色から潤う青へ変色。

 詠真の全身を纏わり付くように水流が発生。透明度が高い水は逆巻き、射出された水弾がターゲットの中心を貫通。更にマシンガンの如く無数の水弾が乱れ撃たれ、ハチの巣になった標的を見る形もなくなっていた。


「次々行くぞ、『火』ッ!」


 瞳が変色、青から熱き赤へ。

 新たなターゲットへ向けて翳された掌から炎が放射された。鉄すら溶かす摂氏一七◯◯度を誇るその炎は芝生を一切として燃やさず、更に途中で枝分かれし、十数のターゲットのみを一つ残らず燃やし尽くした。


「最後に……『風』で終わりだ」


 瞳の色は鮮やかな緑へ。

 詠真の両脇を疾風が駆け抜けた。それはターゲットを両断する鎌鼬。髪も芝生すら寸分たりとも掠ることなく、見事にターゲットのみを切断せしめた。

 そしておまけのつもりか、詠真の体は風の補助を受けてふわりと浮かび上がる。背中から伸びるのは、まるで翼のような四つの小竜巻。その翼が羽撃くように蠢き、発生した斬風が切断したターゲット総てを粉々の散り散りに吹き飛ばした。


「ふう」


 一息を吐く詠真は、確かな手応えに喜びを感じる。

 これで『何があっても』大丈夫だろう。きっと何からも守ることが出来るはずだ。

 彼の思考を塗り潰すように、競技場に拍手喝采が沸き起こった。

 詠真はこそばゆさに苦笑をもらしつつ、担当教師の元へ暫定の評価を尋ねに向かった。


「生徒名・木葉詠真。超能力名『四大元素フォース・エレメンツ』。暫定の評価は、文句無しのA! 流石だな。詳細な評価は数日後な」


 詠真は心の中で小さくガッツポーズ。

 彼の超能力『四大元素』は、端的に言えば無から『地水火風』を生み出す能力だ。

 火だけや水だけを生み出す超能力者は数居れど、詠真と全く同じ超能力を持つ者は現在この島には居ない唯一の超能力である。

 次に控える生徒とハイタッチをして入れ替わった詠真はスタンドに戻って腰を下ろす。


「手応えは抜群だったけど、序列上昇は無理そうだな……」

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