第二話 不意の再会
2-1 小鳥の仮宿
マスターは背が百八十を超えており、深いしわが顔に刻まれているため初対面の時は少し威圧感を覚える。一応本人も気にしているのか、バーのマスターらしからぬベージュのエプロンを首から下げているのだが、少し暗めに設定されている店内の照明のせいか、威圧感は拭えていない。
しかし、それはほんの一瞬だけの話。打ち解けてしまえば誰よりも話をしやすい人へと変わり、深海のような懐に一度でも触れてしまえばたちまちマスターのファンになるのだ。
ちなみに、中老を迎えるかどうかといったマスターの名前を、ぼくは聞いたことがなかった。大学のサークルの先輩に連れて来て貰ったときも、先輩はマスターをマスターとしか呼んでおらず、ぼくも自然とマスターと呼ぶことになった。
そんなマスターの居る仮宿に、社会人二年目になったぼくは足しげく通っている。
「最近、よくお会いしますね」
「いきなり嫌味を言わないで下さいよ、マスター」
来店直後のきつい冗談にぼくは面食らった。しかし、それも数ある挨拶のうちの一つなので気にせずマスターの前のカウンターに座り、ネクタイを緩める。緩める過程でぼくはちらっと、作業をするマスターの左手を見た。
マスターの左手の薬指には何十年も付けて続けていたためであろう、指輪の跡がある。跡があるだけでそこの指輪がない理由は聞いていない。
何も知らないから心地が良い。適度な距離があるから、店主と客という間柄でも冗談を言い合える。
「売り上げはいかがでした?」
「ぼちぼちですわ。それこそ、マスターの方は」
「ぼちぼちですね」
と口元に深い
近所の畑で良質なミントが取れるのだとかで、夏の看板メニューであるモヒートを、ぼくはこの季節必ず注文している。そのため、もう何も言わずにモヒートが出てくる。所謂、「いつもの」。というやつだが、もはや常連になるとそのフレーズは必要ない。
ぼくは出されたばかりのモヒートを一口含んだ。
ライムとミントの爽やかさと炭酸のぱちっという刺激が、京都特有の肌に
「ふはあー」
溢れる炭酸と共に出ていくぼくの疲れ。この一杯のためにぼくは今日一日の仕事をしてきたと言っても過言ではなかった。
「やっぱりマスターの作ってくれるお酒は最高だわ」
ぼくはそう言って空いたコップをマスターに差し出すと、マスターは口元を緩ませながらコップを受け取りモヒートのお代わりを出した。
「お褒めに与れるのは嬉しい限りですが、余り酒を飲むスピードを上げては困りますよ」
「大丈夫。分かっていますよ」
何て言っているくせに、夜が深まれば深まるほど酒は進むばかり。
そして酒が進めば進むほど、人は心の底にあるものをさらけ出す。
自分はメガネ越しに揺り篭のような視線を何とかマスターの顔に合わせながら、マスターに疑問をぶつけた。
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