拾参

 俺は弁護士に起こされて、目を覚ました。

 何が起こったのか、すぐに思い出せない。感想と言えば、頭がぼーっとする。ただそれだけだった。 

 ――そういえば、玲奈は⁉ 

 法廷を見渡しても、彼女の姿は確認できなかった。

 ――全部、夢だったのか? 

「……ええっと、何が起こったかはわかりませんが、判決文の続きを……あれ⁉ いったい何の判決を……?」

 悪霊の支配から解放された後遺症だろうか? 記憶の混乱した裁判官が、うろたえだした。書記官も記録の内容と自分の記憶が一致しないようで、頭を掻きむしっている。

 弁護士が目を丸くして、俺に「君、確か無実なんだよね? 冤罪なんだよね?」と、手のひらを返したような質問をぶつける。検察側も、証拠書類が偽造されていることに気づいたらしく、どう収拾をつけようか血相を変えて、談合していた。

 傍聴席も混乱している。鶴屋は放心状態で「ナンマンダブ・ナンマンダブ」と連呼している。それを小泉が正気に戻そうと「先輩っ‼ しっかりしてくださいっ!」と言いながらさすっている。

 刑事の別所は、心霊体験の影響で混乱し奇声を発している他の傍聴者らを介抱していた。別所の後ろに座っていた男の姿は確認できない。きっと怖気づいて、途中、法廷から逃げ出したのだろう。

 法廷のあまりにカオスな状態に、ついに裁判官がしびれを切らした。

「静粛に‼ 一時休廷とします。詳細については後ほど告知しますが、日を改めて審議のやり直しを――」

 それは俺にとって、勝利宣言に等しいものだった。

 悪霊は消え去り、みんな正気に戻ったのだ。証拠不十分と、検察側の証拠品偽造工作の発覚で、無罪になるのは確実だった。

 すべては玲奈のおかげだ。きっと彼女が悪霊を祓ってくれたのだ。そして最後まで彼女を信じるように俺をたしなめてくれた、名前も知らないきれいな女のヒトに感謝しなければいけない。

 俺は満面の笑みを浮かべてみせた。涙腺は枯渇しており、涙は一滴も出なかったが、心の中では、うれし涙が溢れていた。


 ――供養しよう。


 玲奈のお墓に、彼女が好きだった、駅前に売っているシュークリームを供えてやろう。お酒も少しだけなら……いいだろう。

 そして二人きりの時間を思う存分楽しもう。ここ数か月の間に俺が経験した奇妙な出来事を、披露してやろう。

 例えあっちの世界でも、彼女には、浮場玲奈には、ずっと笑顔でいてほしいから……。

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