九
ついに、判決の日がやって来た。
それは俺にとって、宣告の日だった。裁判は弁論終結まで数週間という、あり得ないスピードで進行した。この異様さに、違和感を抱く正常な人間は、残念ながらほとんどいないようだ。
結局あれ以来、河内山さんとは連絡を取れなかった。もちろん俺はその間、ただ流れに身を任せていたわけではない。看守に取り寄せてもらったありがたいお経を、朝起きてからと寝る前に一日二回、必ず唱えた。それでも悪霊は俺の周りから離れようとはしなかった。
幻聴の方は日に日に悪化し、今では「一緒ニオイデェ~」や「諦メテ地獄ニ墜チマショウヨォ~」酷い時には「アノ玲奈トカイウ阿婆擦レノコトナンカ忘レテ、私ト一緒ニナリマショウヨォ~」などと聞こえるときもある。
――これがモテる男の辛さなのか……。
今まで玲奈一筋で来た俺が、まさかこれほど悪霊にモテるとは……皮肉なもんだ。
そういえば河内山さんがいつかの病室で「お前は霊魂を引き寄せやすい体質だ!」って言っていた気がする……。こんな百害あって一利なしの体質に生まれなければよかった。単身事故を起こすまでは鈍感だったから気付かなかっただけで、俺はどれだけ周りに迷惑をかけて生きてきたのだろう?
新聞には『くたばれ!』とか『国民からは死刑を望む声』などの過激な文言が並び、裁判では検事や裁判官が、俺の存在自体を否定することもしばしばだ。
俺は心を病む一歩手前だった。だがその悲運も今日で終わる。判決が下され、身に覚えのない罪から解放されるのだ。例え冤罪であったとしても、俺はにこやかに刑を受け入れる用意が整っている……。
――俺はいったい何を考えているんだ‼
冤罪は冤罪ではないか! 俺がおかしいんじゃない。どう考えても周りがおかしい‼ 新聞にしても裁判にしても、明らかに倫理感と道徳心が欠如している! みんなおかしくなっている……。
これもあの悪霊の仕業に違いない。俺はとんでもなく厄介でたちの悪い、しかも強大な霊力を持った奴を、敵に回してしまったようだ。
一通り絶望していると、法廷に到着した。
傍聴席には前列に鶴屋と小泉、そして別所という、俺を取り調べた中年の刑事が座っていた。その後ろの席にも見覚えのある男が座っていたが、誰だか思い出せなかった。河内山さんの姿はやはり確認できなかった。
検察側の求刑はもちろん死刑だった。
俺の罪(冤罪)に対して、通常ならありえない刑罰だが、法廷にいる操り人形たちは、誰も不思議がらない。裁判官もコクコクと首を縦に振りながら求刑文を熱心に聞いている。
――もうおしまいだ。
「……玲奈、俺、頑張ったけど、もうダメみたいだ」
思ったことが声に出てしまった。小さな声であったが、書記官が冷たい目で俺をにらみつけている。裁判官には「被告人、勝手に発言しないこと!」と注意された。その言葉に感情は、ほとんどこもっていなかった。
『集一!』
「⁉」
今、一瞬、玲奈の声が聞こえた気がした。玲奈も裁判を見守りに来てくれたのかもしれない。それならこんなところで負けるわけにはいかない!
――約束を破るわけにはいかない‼
俺はありったけの空元気を絞って、裁判に臨んだ。もちろん笑顔で……。
「被告人! 何を笑っているのです‼」
「すいません。俺、約束しちゃったんで‼」
裁判官との間に火花が散った。俺は悪霊に支配された法廷で、最後まで戦い抜くことを誓った。
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