七
俺は拘置所内で新聞を読むのが日課になっていた。
戦況は相変わらず俺の圧倒的不利。二人殺せば死刑確実の日本社会で、司法史上初と思われる、心中未遂により死刑、という判決が下されるのも『もはや秒読みか?』という文句が紙面に踊っていた。
――冗談じゃない‼
河内山さんのメッセージ、希望の光の存在を知ってから、俺は冷静になることができた。そして気付いたことがある。裁判官と裁判員の全員、そして検事、弁護士までもが、あの日見た黒い靄の塊に、取り憑かれているようだ。
河内山さんは最初からあの悪霊が見えていたのだ。だから除霊しようと法廷に結界を張ろうとしていたのだ。こんな事実、わかったところで誰も相手にしてくれない。あれから数か月がたったが、新聞紙上に河内山さんからのメッセージと思われる文章は発見できていない。
――まさか、俺を見捨ててしまったのか?
河内山さんを疑うには十分な根拠があった。俺宛へのメッセージが掲載された次の日、新聞の一面で、マンション火災のニュースが報道された。
『大学生心中未遂事件の被害者宅から出火・鬼火を見たとの目撃情報も? 被害者の怨念か? 身元不明の男性、全身火傷で意識不明の重体、警察は火災との関連も含め捜査中』
――いったいどうしたというのだ⁉
訳が分からない。俺がいないところで何が起こっているのだ? これもあの悪霊の仕業だとすれば、身元不明の男性とは河内山さんのことだろう。俺は出来高払いで河内山さんと契約した。経済力豊かとも言えない俺の報酬を目当てに、これ以上命を懸けてくれはしないだろう。どうやら本当に絶望すべき時が来たようだ。
そんなことを思いながら新聞のページをめくっていると、とある記事が目に留まった。それは周に一度のペースで連載されている、超常現象などを取り上げるコーナーで「週刊オカルト調査団」という記事であった。
『恐怖‼ 病院に現れる振り袖姿の女の幽霊⁉ 死後も恋人を探し続ける哀しき純愛……』
河内山さんに出合ってから、俺はこのコーナーを欠かさずチェックしている。今日のテーマは病院で出ると噂の、振袖を着た女の幽霊についてだった。俺と玲奈を襲ったのは女の霊だと河内山さんは言っていた。その河内山さんからの音信が途絶えた俺は、少しでも悪あがきをしようと、幽霊について書かれた記事に飛びついたのである。
記事によると、とある病院で数か月前から、振袖を着た女の幽霊を見たとの目撃情報が後を絶たないというのだ。俺は事故を起こして以来、軽い霊媒体質になっている。この病院に行けば幽霊を見ることができるかもしれない。あわよくば会話できるかもしれない。
幽霊と会話ができたとすれば、俺は間違いなく、悪霊除霊の方法を聞くだろう。そして、玲奈は……玲奈はあの世でも元気でやっているのかと、聞くだろう。
――玲奈、俺は君に、いつも笑顔でいてくれと言った。君は俺に「一緒に笑ってくれるならいいよ!」と、言ってくれた。俺たちは約束した。
『辛いことがあっても、お互い笑って乗り切ろう‼』と…………。
俺から言い出したことだ!
俺が笑わなきゃ、天国で見守ってくれているであろう玲奈に叱られる。俺が笑顔でいれば、彼女もきっと笑顔になってくれるはずだ。
――まだだ……。まだ諦めないぞ!
看守が昼飯を運んできた。新聞を読みながら空元気のつくり笑顔を浮かべている俺に、看守は「お前……ホントに気持ち悪い奴だな……」と吐き捨ててから去っていった。
俺の社会的評価が、また少し下がった。
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