五
俺はかつてない窮地に立たされていた。
グレーのスーツに真っ黒なネクタイを締めた河内山さんは、法廷で俺のアリバイを証言してくれた。だが裁判官にはまったく聞く耳を持ってもらえなかった。理由は簡単だ。河内山さんが詐欺罪で三度の実刑判決を喰らっていたからだ! 検察もそこを突いてきた。
「裁判長‼ 証人は過去に、霊だ! 魔物だ! 死神だ! と言って人の不安をあおり、祈祷料をよこせ! などと恐喝を繰り返してきた詐欺師です‼ しかも事件後の被告人と同じ病院に入院しており、そこで知り合い、金銭を目的に口裏を合わせていることは明白です。そんな男の証言に証拠能力があるとは到底思えません‼」
――正直、俺もそう思った。
河内山さんの能力は世間一般から見れば、胡散臭い宗教の勧誘文句と大して変わらなかった。法廷にいる全員が、検事の言い分に理解を示した。
弁護士もはなから、俺を疑っていた。無罪主張で押し通そうとする俺に、反省の色を示して、減刑を狙うことを勧めてきた。
弁護士も当てにならない。俺に残された希望は、河内山さんの霊媒能力と、天国にいる玲奈のエールだけだった。
河内山さんは傍聴席から、俺に纏わりつく悪霊に、何度もアタックを試みたが、その度に失敗した。ついには大掛かりな結界を張ろうと、法廷に除霊グッズを大量に持ち込み、裁判中にもかかわらず、お経を唱えだした。結果、法廷侮辱罪で出入り禁止になってしまった。
――何もかも終わった。
俺はたぶん死刑になるだろう。検事は熱にうなされたように、俺という存在の危険性を法廷で演説し、その場にいたほぼ全員がそれに共感している様子だった。裁判員はみんな、憎悪を込めて俺をにらみつけている。
毎日読むようになった新聞にも、極悪人だとか、人の皮を着た獣だとか、今世紀最凶のサイコパス、だとかいう文章が躍っていた。
――もう無理だ。
八方ふさがりだ。生きる気力さえ薄れてくる。このまま死んでしまえば、玲奈に会えるのだろうか……。
そんなある日、新聞に、へんてこな詩が投稿されているのを発見した。
『囚われの 君に送りし メッセージ ついに見つけた 希望の光を』
季語すらない不作法で幼稚な詩に、思わず笑ってしまった。選考委員は何を血迷ってこの詩を選んだのか? 何一つ共感できなかった。そして、詩の投稿者名を見た俺は、心臓をつかまれる思いになった。
投稿者は「大河内宗春・四二歳・宗教家」となっていた。
――あいつだ! 河内山さんだ‼
この詩は俺に宛てられた秘密のメッセージなのだろう。そう考えると、俺はこの詩に強い愛着を覚えた。河内山さんは、希望が見つかったと伝えてきた。俺はもう少し戦うことを決意した。
「俺に取り憑いている奴に言っておく! 俺はお前なんかに絶対負けないからな! 俺がここを出るとき、それはお前が除霊されて消える時だ‼」
俺は拘置所中に響くように叫んだ。すぐに看守が飛んできて、こっぴどく注意されたが、久しぶりに気分が晴れた。
玲奈との約束は必ず守る。死に別れたとしても……。
「玲奈‼ 俺は悪霊なんかに絶対負けないからな‼」
二度目の雄叫びに、看守は鉄格子を蹴って「騒ぐな‼ 水辺‼」と恫喝してきた。結局その日は看守と謎の幻聴に一晩中後ろ指を指され続け、一睡もすることがっできなかった。
――玲奈……やっぱり心が折れそうだよ…………。
俺の心は順調に衰弱していった。
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