気がつくと私は、人気のない、寂しい場所にいました。

 部屋にいたはずなのに、ここは何処なんでしょう?

 それに、気を失う前、私は振袖を着ていました。しかし、今の身なりは、新成人の晴れ姿というより、時代劇で焼き討ちにあった村娘? といったところでしょう。せっかくの晴れ着だったのに、鋭利な刃物でズタズタに切り裂かれたような跡ができ、見るも無残な、みすぼらしい布キレへと変貌しています。

 全身にズキズキとした痛みも走ります。よく見ると体のあちこちに蚯蚓腫れのようなものがたくさんできています。

 腫れは赤みを帯びていました。そして私の肌は、雪のように白く、真っ赤な蚯蚓腫れとの間に、赤と白の見事なコントラストが生まれています。私の体は、いったいどうなってしまったのでしょう? 

 考えても埒が明きません。行動あるのみです。私は、人気のない寂しい場所で、記念すべき第一歩を踏み出そうとしました。

 しかし、それは失敗に終わりました。

 私の体は、一歩踏み出すどころか、地にも着いていませんでした。そう、私はほんの少し、宙に浮いていたのです。

 なんということでしょう!

 超能力が覚醒してしまいました。どうしましょう……。私にこんな能力が備わっていたなんて、二十年の人生で一番のトピックスです。

 二十年? 二十歳? 人生? 

 急に寒気を覚えました。いいえ、寒気自体は私が自覚していなかっただけで、体はずっと感じていたのでしょう。全身の震えが止まりません。

 そうです⁉

 思い出しました。私はさっき、世にも恐ろしい恐怖体験をしたのです。




 成人式の後に、地元のみんなと飲み会に行きました。

 二次会、三次会が終わったあたりでしょうか? 近所にある有名な心霊スポットが、日本一怖い魔境地帯! と雑誌で取り上げられていることが話題に上がりました。ほろ酔い気分だった私は、よせばいいのに急きょ企画された季節外れの肝試しに参加することにしたのです。  

 ルールは簡単です。二人一組になって、心霊スポットである廃墟やら、その近くにある湖やらをテキトーに見て回って、酔いがさめるか、さめないか、といったところです。私のパートナーはもちろん、彼氏の集一君です。そこで私は、第一の心霊現象を体験するのですが……。

 肝試しが始まると、集一君は「俺、鈍感だから幽霊とか全然見たことないんだけど」と、終始苦笑いを浮かべていました。私の方は酔いが回っていたのか、霊でも、鬼でも何でも来い! という感じで気が大きくなっていました。

 古い別荘の跡だという廃墟の前を通り過ぎるまで、私は千鳥足でした。修一君はお酒が飲めないので、ふらつく私の手となり足となり、献身的に支えてくれました。

 廃墟から折り返し地点にあたる湖に向かう途中、集一君が私に「この先の湖ってさ、雲のない夜だと月の光が湖面に反射してさ、すっごっく、きれいらしいよ!」と教えてくれました。  

 その瞬間、私は酔いが回るのを感じました。集一君と二人きりでそんな素晴らしい景色が見られるなんて、肝試し、やるなあ……と、このイベントを企画した幹事の鶴屋君に感謝の意を込めた念を送りました。たぶん、届かなかったでしょうけど。

 私はふらつきながらも、足早に湖に向かいました。道中、たくさんの看板が設置されていましたが、暗くて文字は読めませんでした。今から思うとあの看板は、命を粗末にするな、とか、死ぬ勇気があるなら生きてみろ! とか、自殺を思い留まらせる警告だったのかもしれません。

 集一君の手を引いて、やっと湖の展望台に着いたころには、夜の十二時を回っていたでしょう。苦労した甲斐がありました。おかげで自然が織りなすロマンチックな光のショーを目に焼き付けることができました。それも彼氏と二人きりで……。

 むふふふふふ。

 ニヤつきが止まりません。リアル充実とは今の私たちのことを言うのでしょう。

 急に甘えたくなった私は、何か怖いものを見たという設定で、暗闇に乗じて、集一君に抱き着こうとしました。こんな恥ずかしいことを考えたのですから、アルコールが全身に行き届いていたのでしょう。我ながら大胆なことをしたものです。

 きゃっ! と可愛く叫んで、集一君に抱きつこうとしたその時、私は見てしまったのです。彼の背中から首にかけて、どす黒い靄のような塊が、とぐろを巻くようにして纏わり付こうとしているのを……。

 私は、その場で固まってしまいました。酔いが一気にさめたのは、たぶんその時でしょう。反比例するかのように心拍数が急上昇します。吊り橋効果は本当に存在したのです。恐怖性のドキドキが止まりません。しかし、集一君は自身の異変に全く気付いてないらしく、ポカンと平和な顔をしています。

 黒い靄の塊の一部が顔のように変形して、私をにらみつけました。幸せの絶頂にいる私を、恐怖のどん底へ引き込もうとするかのような心霊体は、明らかに私を敵視しています。

 ここにいたら危ない! 

 本能的に危険を察知した私は、黒い靄に触れないように気をつけながら、集一君の手を強引に引きました。集一君は困惑した表情で「どうしたの?」と私に問いかけます。私は黙って駆け出しました。手を引かれていた集一君も慌てて歩調を合わせます。

 暗い夜道を、いきなり走ったのが悪かったのでしょう。廃墟を通り過ぎてすぐの辺りで私は転んでしまい、せっかくの晴れ着も砂埃で汚れてしまいました。しかし、今はそれどころではありません。転んでしまった私を、集一君は、申し訳なさそうに起こしてくれました。

「ごめん……俺がついていながら」

 集一君は、私を転倒から救えなかったことを懺悔してくれているようです。

 しかし、今はそれどころではありません。黒い靄を振り切ったという手ごたえが、まったく感じられませんでした。再度、集一君にまとわりつこうと、様子をうかがっているのが私にはわかります。女の勘です! だとしら、あの黒い靄の塊は、女の霊魂でしょうか? とにもかくにも集一君に危険が迫っています。質の悪い女の霊から逃げ切らないといけません。

 私は、集一君に手を貸してもらい立ち上がりました。すると、右足に激痛が走ります。運悪く、くじいてしまったようです。

 どうしていいかわからず、うろたえている私を集一君は負ぶってくれました。彼に下心があったのか、単にカッコつけたかっただけなのかは、今となってはわかりませんが、肝試しのフィナーレとして、最高のシチュエーションができてしまいました。黒い靄の塊のことなど忘れて、私は彼の胸の高鳴りを、背中越しに感じていました。「集一くん?」と声をかけても、彼は私に表情を見せてはくれません。

 もちろん私も、彼と面と向かって会話するには困難な精神状態でした……。




 私は集一君に負ぶられて、ほかの友達が待機している駐車場までたどり着きました。みんなお酒を飲んだ後なので、運転免許を持っている後輩君を呼び出して、家まで送迎をさせようと目論んでいたようです。先輩の理不尽な要求に対する「ちょっと待ってくださいよ先輩! 今、何時だと思ってるんすか⁉」という後輩君のどことなく嬉しそうな悲鳴が聞こえてきます。幹事の鶴屋君が「まあ、そう言わずに頼むよ。頭下げるからさぁ」と、いつもの調子でなだめていました。

 足をくじいてしまい、集一君に負ぶられている私を見た鶴屋君は「病院、行った方がいいんじゃないか?」と気遣ってくれました。すると後輩君が「先輩、わかってないですねえ~。そういうのは無粋ってもんですよお~」と集一君を冷やかします。 

 集一君はすぐに「おい、調子乗ってんじゃねーぞ‼」と、反論しました。その場にいたみんなから、笑いがこぼれます。 

 結局、黒い靄の塊は、酔っぱらった私の見間違い、ということで片づけられました。そして、私は集一君の車で、家まで送ってもらうことになり、みんなと別れました。




 私の家、つまり安物の賃貸マンションまで、集一君は車で送ってくれました。お酒がまったく飲めない彼が唯一威張れるのは、飲酒運転の心配がないことでした。

 そんな他愛もない話をして集一君とも別れました。肝試しの興奮冷めやらぬ様子の集一君は、どことなく未練がましくて、カワユク見えます。私も後ろ髪を引かれる思いでしたが、涙を呑んで部屋の窓から彼の乗る軽自動車を見送りました。

 右足のケガは、痛みが引いたので、翌日、病院に行こうと決めました。疲れていた私は、振袖のままMyベッドに飛び込みます。

 時計を確認すると、あと五分で午前二時というところでした。もうすぐ草木も眠るお時間です。ずぼらな私は、振袖にしわが付くことを顧みませんでした。転んだせいで、どうせ汚れてしまっているのです。

 二時ジャストになったら着替えよう……それまでちょっとだけ仮眠を……。 

 そう思ったのが運の尽き、第二の心霊現象が私に襲いかかりました。


 ……そう、ちょうど丑三つ時だったと思います。

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