第10話 コース料理
「せんぱいってフレンチのコース行ったことあります?」
「冬場にたまに着てるかなぁ」
「それはトレンチのコートです」
せんぱいのトレンチコート姿なんて見たことがないんだけどもしかして小ボケのために自分の生活スタイルを改ざんした?
「フレンチのコースは行ったことないな。マナーとかにうるさいイメージがあるけど」
「まさしくその話をしたかったんです! あたしこの間家族のお祝い事でフレンチ食べに行ったんですけどね」
せんぱいが羨ましそうな顔であたしを見た。
まあこの人とフレンチなんてこの先何回だって行くだろうと思っているのであたしはそのまま話を続ける。
「ときにせんぱい、コース料理の一番の楽しみってなんだと思います?」
「一番の楽しみ? シンプルにおいしい料理とかじゃないのか」
首を横に振る。
「それって、コースじゃなくても楽しいじゃないですか。あたしが言いたいのは、コースならではの楽しみです」
コース料理ならではの楽しみと言えば、あたしにとって一つしかない。
次に何が出てくるかわからないワクワク感だ。
もちろん予約するときに知ろうと思えば知ることができるし、コースメニュー一覧がテーブルに置かれているお店も多い。
でも、あらかじめ出てくるものを知った上でコース料理を楽しむのは叙述トリックだと知った上でミステリを読むようなものだし、映画をウィキペディアで読んで満足するようなものだ。(個人の意見です)
そういう楽しみ方があるのは否定しないし、利権関係さえしっかりしていれば倍速再生やファスト映画もやってくれていいと思うけど、あたしはそういう楽しみ方をしたくない。
「亜湖の気持ちはわかる。何が出てくるんだろうっていうワクワク感は大切にしたいよな」
「ですよね!」
せんぱいの同意を得られて嬉しいなあ。
あたしの顔が一瞬輝くけれど、すぐにこの間のコース料理を思い出して暗い顔になる。
「どうしたんだよ」
「この前のコース料理もそうやって楽しもうとしてたんです」
「ああ、コース内容を見ず、出てきたものに一喜一憂しようとしたってことか」
頷く。
「だからできるだけネタバレを踏まないように注意してたんですけど……」
結論から言うとあたしは罠に引っかかった。
フレンチのコースには大きな特徴があるのだ。
それは、食器。
「たしか、外側から使うんだっけ?」
「そうです。フォークとかスプーンがたくさん並んでいて、料理一品ずつに対して外側から順番に使っていくのがマナーとされています」
「有名な話だな」
そしてそれが最大の罠だったのだ。
「あたしはテーブルの上の食器を見た瞬間絶望しました」
「……何が置いてたんだ?」
「かにスプーン」
「かにスプーン!」
これで出てくる前に蟹が出てくることがわかってしまった。何たるネタバレ。
「そしてグレープフルーツスプーン」
「グレープフルーツスプーン!」
あんなギザギザしたスプーンはグレープフルーツをほじくる時にしか使わないのよ。
「一番内側にはすがきやのラーメンフォーク」
「すがきやのラーメンフォ……いやそれはぜってぇ嘘だろ!!!!」
おわり。カチャ(ラーメンフォ-クを斜めに置く音)
<あたしとせんぱいとコース料理>
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