第6話 握力
「せんぱいって握力どれくらいあるんですか?」
「2トン」
「2トン!」
もう今日のオチこれでいいでしょ。
なんて思ったけれどオチた瞬間に会話が終了するような甘い世界ではないので、あたしはなんとか言葉を返す。
「2トンもあったら日常生活で困ったりしないんですか?」
するとせんぱいは、え? お前会話続けるんか? という顔をした。
続けますとも。
「いや、別に握力が2トンあるからと言って常時2トンフルパワーなわけじゃないだろ。例えば、握力って80キロあったらリンゴを握りつぶせるらしいけど、80キロの握力がある人が毎回リンゴを潰すわけじゃないだろ」
「でも握力2トンある人は毎回リンゴを潰しちゃうと思うんですよね」
「はいはい。俺が悪かったです。嘘です、握力2トンもないです」
「なんでそういう嘘つくんですか?」
せんぱいは、え? お前そんなところに嚙みつくんか? という顔をした。
噛みつきますとも。
「いや、よくない? 数値を誇張して表現することなんて日常茶飯事だろ。亜湖だって五億パーセントとかよく言うじゃん。なんだよ五億パーセントって。百分率をやり直してこい」
「せんぱいの握力が2トンもあるところに惚れたのに……」
「もうちょっと俺のこと見てほしかったなぁ~~」
「ところで、握力が2トンって言ったら、2トングラムなんだろうなって言うのは予想つくじゃないですか」
あたしの問いかけにせんぱいはうんうんと頷いた。
単位のイメージの話だ。小学校のさんすうでやったやつ。
「あれだろ。家まであと3キロだ。って言ったらキロメートルだってわかるようなやつ」
「そうですそうです。あと3デシあげて、って言ったらデシベルってわかるやつですね」
「いやデシベル自体は有名なフレーズだけど、それを日常生活で使うことはまずないわ。亜湖は無線屋さんだったのか?」
デシベルとは、デシリットルのデシに、基準物理量に対する物理量の比を常用対数で表した単位、ベルをくっつけたものであり、主に音とかで使われる。
デシリットルのデシが形を変えて再登場したときは鳥肌が立った。
「そんな風に、キロとかミリとかの接頭辞しかなくても、会話の流れから単位って予測できることがほとんどじゃないですか」
またまたせんぱいは頷いた。
あたしは人差し指を立てる。
「じゃあ、『お前の言っていることは1ミリもわからん』って、単位なんだと思いますか?」
「…………面白いところを突くなあ」
わーい、せんぱいに褒められた。
「あたしはメートルだと思うんですよね。1ミリもわからんっていうとき、親指と人差し指の間に小さい隙間を作って顔の前に掲げるじゃないですか」
あたしは親指と人差し指の間に小さい隙間を作って顔の前に掲げた。
それを見てせんぱいは静かに首を振り、「違うな」と言った。
「え、違いますか。じゃあせんぱいはなんだと思いますか?」
「グラムだよ」
「……その心は?」
「“言葉の重み“って言うだろ。その言葉通り、言葉には重量があるんだ。だから単位は、グラムなんだ」
あたしは人生で一番すっきりした。
<あたしとせんぱいと握力>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます