第5話 焼きそばパン
「焼きそばパンに物申します」
あたしがそう勢い良く叫ぶと、せんぱいは口を半開きにして、なにいってんだこいつ。という顔をした。
「言っておくけど、俺かなりの焼きそばパン好きだからな。下手なことを言ったらぶん殴るぞ」
「ひゃー、DVだ」
「焼きそばパンに対する文句を聞いてあげるだけ優しいと思ってくれ」
せんぱいはどれだけ焼きそばパンが好きなんだ。
あたしはプレッシャーに負けじと胸を張り、物申した。
「紅しょうがの位置取り、完全にミスっていると思うんですよ」
そう言うとせんぱいは握っていた拳の力を緩めて、「ううん、まあわからなくはない」と言った。
勝ちだ。あたしの。
あたしが勝利の美酒に酔っていると、ただなぁ、と間延びした声が聞こえる。
「消去法的にあそこが最適解な気もするんだよな」
「そうですか? そんなことない気もしますけど」
「じゃあ亜湖は、どこにあったらいいと思うんだ」
今さらの解説になってしまうが、焼きそばパンとは甘いコッペパンに焼きそばを挟んだ革新的な総菜パンのことで、大抵の場合中心部にひとつまみの紅しょうがが置かれている。
「そもそもですよ。焼きそばにおける紅しょうがの役割ってなんだと思います?」
せんぱいは少しだけ考えこんだ。
「やっぱり味のアクセントじゃないか? ずっと甘辛い焼きそばだけだと飽きるだろうという配慮だ」
「だとしたら真ん中に集中しておかれているのはミスなんですよ。その一瞬だけめちゃくちゃしょうがの味がしても、残りの半分また同じ味じゃないですか」
「かといって均等に数本ずつ置かれているのもおかしいと思う」
「はい。それだと、素の甘辛い焼きそばを楽しめないので却下ですね」
「う~ん。じゃあ半分の面だけ均等に配置するのはどうだ? 食べ始めは焼きそばオンリー。残り半分はずっと紅しょうがを感じる配置」
せんぱいの革新的なアイデアに、しかしあたしは首を振った。
その配置だとお客さんの袋の開ける方向を製作者のエゴで固定してしまうからだ。
焼きそばパンのいい所の一つに、袋の向きを気にせずに食べられるという点がある。
もし、初手で逆側を開けてしまったらどうなる。先に味変後の紅しょうがを食べてから、後半に味変前の焼きそばを食べると物足りなくなるだろう。
「あたしもそこまで思い至って、しょうがのもう一つの役割に気が付いたんです」
「もう一つの役割?」
「そう。お寿司屋さんのガリを想像して下さい。ガリの役割って、味変というより口直しだと思うんですよ」
「あー、たしかに。じゃあ焼きそばパンの紅しょうがも口直しという役割を与えてあげれば……いや、駄目だよ亜湖。口直しなら紅しょうがは最後尾にある必要がある。でも紅しょうがを片側に寄せるのは、さっきの左右非対称問題から却下になるんだ」
あと一歩。あたしは目で話を促した。
「例えばこう、真ん中に紅しょうがを配置して、両サイドから食べる食べ方を推奨すれば……最後に真ん中が残るような食べ方を推奨すれば口直し的役割は果たせるかも」
「でも、一人でそんな食べ方していたらちょっとお行儀悪いですよね」
「そうだな……あっ!」
勝った。あたしの口がニヤリと歪んだ。
「二人で両サイドから食べていけば……」
あたしは焼きそばパンを取り出してバン、と突き付けた。
「せんぱい! 実証のためにあたしと焼きそばパンゲームしましょう!」
<あたしとせんぱいと焼きそばパン>
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