第4話 Gからはじまるあいつ

「せんぱい聞いてくださいよ。この前あたしの部屋に出たんです……」

 その時の光景は思い出すだけでもげんなりするものだった。

 せんぱいが興味深そうな、そして少し怖がるような顔で「出たって言うのはもしかして」と言ったのであたしは即座に否定する。

「あ、違います。幽霊的な何かではないです」

「なんだ、残念。もしそういうのが出たんなら亜湖んちに泊まりこみで張り込んでいたところだったぜ」

「幽霊です!」

 泊まりに来てくれると聞いて即座に手のひらを返したけれど、せんぱいはそれを一蹴した。

「じゃあ何が出たんだ?」

「ほら……あれですよ。口に出すのも憚られるんですけど……」

 うん? とせんぱいは首を傾げた。口に出すのも憚られるなんて、どれだけ公序良俗に反するものが出たんだよ、と突っ込みたそうな顔をしている。

 あたしはそのツッコミが飛んでくる前に核心に入った。

「あの、Gからはじまるあいつです」

 ここまで言えばわかるだろうに、せんぱいは素知らぬ顔で首を傾げ続けている。

「Gじゃわかんないな。もっとはっきり言ってごらん?」

 よく見るとせんぱいの口元が少しだけニヤついていた。どうやらわかった上であたしにいじわるをしているようだ。

 ううん。あんまり口に出したくもないんだけど……

「ご……り……です」

「うん? 聞こえないな。はっきり言ってみて」

「ご……ぶ…り……です!」

「全然聞こえないよ」

「ゴブリンです!」

「あ~~そっちだったか~~」

 せんぱいは上を向いて顔を両手で覆った。

 なんだかイメージしているものと違ったみたいだった。

「で、部屋にゴブリンが出た亜湖はどうしたんだ?」

 ゴブリンとは、ヨーロッパの民間伝承に登場する、小さくて邪悪な生物である。

「それがですね。あたしが驚いていると、ゴブリンが『すまない、驚かせるつもりはなかったんだ』と言ってきて」

「え、もしかして日本語で?」

「そうなんです!」

 あたしは思わず勢い良く叫んだ。明らかにこの世界の生物じゃないし、少なくとも日本人ではないそれが日本語で紳士的に謝ってきたものだから、あたしはさらに腰を抜かしたのだった。

「腰を抜かしながら、なんで日本語を喋れるのか聞いたあたしに、そいつなんて言ったと思います?」

 そう聞くとせんぱいは首を傾けて、わからない、と呟いた。

 コホン、と咳ばらいをし、一呼吸置いてゴブリンの言った言葉をそのまま伝える。

「『なんでって、ただ翻訳機構をアクティベートさせて貴女が使っている言語に対応しただけだが?』」

「転移者じゃん! 絶対異世界からの転移者じゃん!」

「それでそのまま、部屋の隅にいたゴキブリを踏みつぶして外に出ていったんです」

「いやゴキブリも出てたんかい」


<あたしとせんぱいとGからはじまるあいつ>

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