第2話 パスタの隠し味

「やっぱり亜湖の作るパスタソース、めっちゃ美味しいな」

 ほっぺたにジェノベーゼソースをつけたせんぱいがはにかみながらそう言うので、あたしはそれを人差し指で拭いながら「隠し味があるんです」とウインクした。

「隠し味? なんだろう、言われてみれば確かにちょっとコクがある気がする」

 と、目を閉じて口の中でパスタソースを転がしながら知ったふうな口を利くせんぱい。

 あたしは指についたソースをぱく、と舐め取ってから少しいじわるをした。

「あの、せんぱい、コクってなにかわかって言ってますか?」

「……」

「…………」

「………………」

「あの……」

「それにしても美味いなぁ。美味い、美味い!」

「流行りに乗ってごまかすのやめてもらっていいですか?」

 ちなみにコクとは一言で言えば複雑な味わいのことで、明確な定義自体はないので、せんぱいが困ってしまうのも無理はない。

 パスタを食べ終わったせんぱいはもう一度「美味しかった」と言い、皿をシンクに持っていった。

 水が流れる。

「気が向いたらまた作ってよ」とせんぱいが言うので、あたしも笑顔で答えた。

「いいですよ。あ、苦手なパスタとかってあります? トマト大丈夫な人は大抵なんでも大丈夫な気もしますが」

「トマトをなんだと思ってんだ? あー、でもたらこパスタは苦手だな」

「ええ! 美味しいのに」

 たらこソースはさすがに自作ではなく店かレトルトでしか食べたことがないけれど、かなり好きな部類に入る。

 あたしが驚いていると先輩は首を振った。

「味自体は好きなんだけどね」

「あれ、じゃあなにがだめなんですか?」

「昔、たらこパスタ食った後の皿を洗わずに放置して家を数日開けちゃったことがあって」

「あー、結構なやらかしですね。カビとか生えちゃったんですか?」

「いや、孵ってた」

「……は?」

「孵化してた」

「……」

「……」

「めっちゃ嘘つくじゃないですか」

「おい! なんで嘘って決めつけるんだよ!」

「美味しいパスタ作ったあたしにマジギレするのやめてもらっていいですか?」


 さて、ご飯を食べ終わった男女がすることと言えばひとつしかない。

 食べたということは、カロリーを摂取したということ。

 摂取したカロリーは、当然消費しなければならない。 

「ねぇ、せんぱい」

 あたしはずい、と座っているせんぱいの方に体を寄せた。

 左手を、せんぱいの右手の指に絡める。

「な、に? どうした?」

 わかっているくせにちょっとだけ余裕ぶるせんぱいも可愛い。

 そんなことを思いながら、空いている右手を背中に回して体重を預け、耳元に口を持っていく。

「結局あたしがいれた隠し味ってなんだかわかりましたか?」

 吐息を吹きかけるたび、耳が赤くなっていくのがわかる。

「えと、いや、全くわからない……です」

「そうですか……ところで、なんか体が熱くなってきたりしませんか?」

「……亜湖、お前……いったい何を……」

 あたしが耳元で囁くたび、せんぱいの右手がぴくり、と跳ねる。

 あは。

「隠し味、効いてきましたかね? さて、なにをいれたでしょうか」

 自分でも艶めかしいとわかるような声で、せんぱいに問いかけた。

 それを睨みつけるような視線で返される。

 精一杯間をおいてから、あたしは体を離して真顔で言った。

「隠し味は生姜です。ほんの少し入れるだけで結構美味しくなるんですよ」

「ばっ、ちょっとでもエロいことを想像した俺が馬鹿だったけど亜湖のばーかばーか!」


<あたしとせんぱいとパスタの隠し味>

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