5.旅は道連れ 世は情け……なわけがない
五カ国連合・エンジュ。
内海の中継地として栄える貿易都市として知られる街はいつになく活気に溢れていた。
西側諸王国の代表が一堂に会する大会議『諸王国会議』を初めて開催することになったことからだ。
開催国は諸国の代表をもてなすだけでなく、警備などにも負担がかかり、莫大な予算が必至になるが、旨味もある。会議の内容いかんによって、交易にも非常に多大な影響を与えることから各地から自然と商人たちが集まり、その動静に注目をし、多額の金銭が動く。
結果、開催地には莫大な金銭が落ち、経済が潤う。そのことから開催国に名乗りをあげる国は多く、会議終了後に行われる開催地投票は静かなる大戦とまで呼ばれている。
「へぇ~そうなんだ。全然知らなかった」
「だろうな。頭は悪くないくせに、国政に全く関心を示さず、暴れまわるだけが取り柄の第一王女が国際情勢に詳しくなくても驚かん」
正直答えた結果、ばっさりと切り捨ててくれた黒髪に赤い弧状を宿した黒い瞳を持つ青年に容赦ない言葉を浴びせられ、むかっとするファルティナだったが、いつもの元気―否、乱暴さは影を潜め、大人しくするしかない。
というか、大人しくすることしかできない。
なぜなら、現在、ファルティナがいるのはエンジュに向かう内海の進む客船の三等客室。三段ベッドが三つある大部屋だが、冒険者たちにとっては十分すぎるほど清潔で手軽な値段。
内海は穏やかで、静かに進んでいるのだが、乗ってわずか数分で、ファルティナは船酔いになった。ほとんど揺れなどないのに、だ。
もちろん同行させてもらったパーティー『
船酔いで苦しみつつも、キレかけたファルティナだったが、リーダーから面白がる口調で告げられた一言に黙り込むしかできなかった。
「別に構わないぜ?俺たちは困らないし、依頼人であるお前の母君から正当な許可も得てるしな~ここで放り出していってもいいんだぜ?」
ここまでの旅費を全て賄ってもらっているだけでなく、逆らったら、恐怖の女王―もとい、母・エルシアーナの逆鱗に触れるだけ。
一人で勝手にエンジュに来たら、問答無用に殴られる。連れてきてくれたパーティーに迷惑をかけて、捨てられたと即座に判断して鉄拳制裁してくる。それが母・エルシアーナだ。
第一王女の誇りもないもない。そんなものは役に立たたない。早々に捨てて、頭を下げるファルティナに、この黒髪の青年は笑い転げるパーティーの中において、唯一優しく―ではない。極寒地獄のような冷徹非情な態度で接してくるのだから、針の筵に近い。
「そこまで言うか~『イヅキ』の蒼月」
「黙れ、歩く人災。国王陛下や王太子殿下も苦労する。お前みたいな暴走王女が引き起こした数々の破壊行為でどれだけの賠償金を払ったか」
「お前、そこまで言う?ホントにさ~昔馴染みじゃん。ちょっとは優しくしろよ~」
よよよ、とベッドに突っ伏すファルティナに蒼月は全く同情しない。むしろ、纏う空気の冷たさがさらに増していく。
「昔馴染み?ああ、昔、シュレイセに父上たちと一緒に訪ねた時の話か……そうだな、確かに昔の話だ。まだ幼いお前に『変な赤い目をしてる変な奴~呪われてんじゃん』と初対面でほざかれ、エルシアーナの鉄拳が脳天に落ちてぶっ倒れたんだったな、ファルティナ」
十歳くらいのファルティナが国賓として訪れた蒼月たちを謁見中にも関わらず、無礼極まりない発言をして、静かに怒ったエルシアーナが黄金の右をその脳天に落として黙らせ、謝罪しなければ、国際問題になっていた案件だ。
当時、使節の副代表だった亡き父と現エンジュ首相が冷たい笑顔で皮肉を言いかけた瞬間、サイフト公爵に付き添ってきていた―ファルティナよりも幼かったレティアの言葉で場が和んだ。
―父様、父様。あの人たちはお月様から来たの?お目目に赤いお月様があるよ。
無邪気なレティアが笑顔で父のサイフト公爵への問いかけをしたことで、緊張しかけた空気が一気に緩み、亡き父たちも怒りを収めた。
―こちらのお嬢様は公爵のご令嬢ですかな?お月様とは良き言い回し。我らは五か国連合の一つ・エンジュより参りました。末永く仲良くしていただけますかな?
当時の使節大使がレティアに膝をついて話せば、国王たちも安堵の表情を見せた。
その結果、友好親善は成功をし、双方ともに良き関係を結べた。
「あの時の立役者だったレティア様がお前の振りまいた災厄で出奔。お前はレティア様を見つけ出すまで国外追放……まぁ、探す気はないんだろう、お前」
幼かったレティアを思い出し、少しだけ優しい目をする蒼月の鋭い指摘にファルティナは黙り込むしかない。
船酔いで最悪な状態だったのもあるが、とんでもなく痛いところ突かれた。
クランマスターも気づいているが、ファルティナはレティアを探し出す気が全くない。いや、正確には探し出せる自信がないのだ。
単なる学問のみだったら、ファルティナの方が成績は良かったが、レティアは戦術―軍略関係に凄まじいほど強かった。こちらが一歩先を考える間に数千歩先にを考えているのがレティアだ。
サイフト公爵の三人兄妹の中―いや、国の中でも、ぶっちぎりと言ってもいい。なので、レティアが出奔したと聞かされた時に絶叫したのは心からの叫びだ。
あらゆる策を弄して出奔した本気のレティアに敵うわけがない。事実、三年たっても見つからない。なので、蒼月の言う通り、探す気なんて、とっくの昔に捨てていた。
「蒼月、母上の依頼とはいえ、もうちょっと優しくしていいでしょ?旅は道連れ、って言う」
「情けなんてものは、お前にかけたら最後、末法末世だ。港について早々に放り出されたくなかったら、こいつを全部読破しとけ」
それが最低条件だ、と冷ややかに言い放つと、蒼月は
「なんだよ~これ~」
「受付嬢から頼まれた。必要最低限の国際情勢と政治、法律を教えておけってな」
嘘だろ~と船酔いの気持ち悪さを忘れ、ベッドで転がるファルティナに蒼月は絶対零度の目を向け、今までの報いだ、大したことないだろう、と心の中で毒づいて、客室を後にした。
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