4.情報収集は基本です

「エンジュに向かうのは分かるんだけどさ~」

「うん。『絶界』あいつらからの宣戦布告が諸王国会議。今年の開催国がエンジュだからね」

「目的は不明ってのは相変わらずだから、分かるけどさ~」

「ああ。そうだね」

「前の金ぐらいもらえないか?普通??」

 シュレイセこの前の依頼料も未払いなのに、酷くね!!と力説するアシェにレティアはうなづき、そこは完全同意する。

 里から転移魔法テレポートで国境を越え、エンジュに入国したのはいいのだが、あの極悪・凶悪盟主は必要経費も寄こさず、急行しろ♪だったから、そりゃキレる。

 アシェの不満が爆発しても無理はない。ただ、無給で行かせたことに気づいたセーイルが即金貨二十枚を送金してくれたので、宿に泊まれた。

 でなければ、どこかで小金を稼がないとまずかった。シュレイセでは必要経費が全て向こう持ちだったので、うっかりしたのはレティアのミスだ。

―あの歩く人災ファルティナたちを相手にしていたから仕方がないさ。もっと悪いのは、盟主の方だけどな。

 通信球で、クククククッと怒りをにじませるセーイルにレティアは冷たいものが背中を滑り落ちていくのを感じながら、心の中でこれから絞められるだろうシェーナに手を合わせた。

 それでも宿の近くにある酒場でグダグダと愚痴るアシェに相槌を打ちながら、近くで騒ぐ客たちの話に耳を傾ける。

 仕事の情報が欲しいなら最寄りのギルドに行くのが常識なんだろうが、そんな真似をするのは世間知らずのお貴族様か裕福な家の人間だ。

 それなりの腕を持った冒険者ならば、こういった場所で飛び交う世間話は有益な情報だ。特に今回は二年に一度、開催される『諸王国会議』の話題が多く飛び交っている。

「今回のレイキョウ連合王国の代表はライファン様だとさ。あのご子息と友人たちも騎士団として引っ張り出されたんだと」

「へぇ~ライファン様も思い切ったな。ご子息のユーファンって、あの『オウガ』の元メンバーだろ?そのせいで、肩身が狭かったって聞いてたが……」

「シセイ皇国は教皇様の代行として、枢機卿のサルード様がお越しになるとか」

「聞いたか?ルベール王国の代表団に二人の聖女様が参加されるってさ」

 飛び交う話題の一つ一つに耳を澄ますが、有益と思えることはない。事前にサシャが調べてきた内容が一般人の間で広がっている程度の段階だ。

 そこそこ聞いたら、アシェを促して宿へ戻ることを考えていたレティアだったが、帝国から来たと名乗っていた赤ら顔の商人のセリフにピキッと固まる。

「帝都でも諸王国会議には話題になってますよ~帝都最大のクラン『メリクリウス』じゃ、ソロになったファルティナを会議の行われるエンジュを連れていくって話で盛り上がりましたから」

「はぁ??あの歩く人災が諸王国会議に来たら、大問題じゃないか?」

「なんでも側妃である母君が『皆様にご迷惑をかけたから、無償でお手伝いしてエンジュへ来なさい』って命じたらしいですよ」

 引き受けてくれたパーティーに白金貨五枚が支払われるので、大バトルになったらしい。

 そんな話を聞き、レティアはテーブルに突っ伏した。隣で聞いていたアシェも憐みのこもった生暖かいまなざしを向けてくる。

 大迷惑な従姉がエンジュに向かう。というか、エンジュに来いというエルシアーナの意図は分からなくもないが、諸王国会議でファルティナの存在は災厄でしかない。

 なにせ、元『オウガ』の面々も揃う会議だ。あのバカ王女が大人しくしているわけがない。絶対何か問題を起こす。そう決まっている。

 そんな確信がレティアにはあった。

「よくそんな依頼したな~側妃様」

「それなんですがね。『途中で迷惑かけたら、即捨てて構わない。ファルティナは正式に王家から追放します』って命じたとかで、かなり大人しいようですよ」

「で、誰が引き受けたんだ?」

興味津々に問う商人たちに帝都の商人はもったいぶる真似はせず、即答していた。

「クランきってのパーティー『火鷹ほだか』が引き受けたそうですよ。あそこは腕の立つ人たちばかりですからね~しかもファルティナに迷惑かけまくられていましたから、いいんじゃないですかね」

 そんな感じでその話題は終わり、商人たちは次の話題に移っていく。たわいのない話であっても、儲け話につながりそうなものがあるかを見極めるのが、商人たちだ。特に隊商を率いる商人にとっては生活がかかっているから、聞き逃せない。

 どこで何が必要とされているか、なんて話に移ったところで、レティアは彼らの話を聞くのをやめ、わずかばかり表情を引き締める。

「『火鷹ほだか』か。全員、腕の立つ連中で信用も高い新鋭のパーティーだね。でも、なんだってエンジュに行くんだ?金儲けとか興味がありそうな連中じゃないって聞いてたけど」

「エンジュだから行くんだよ。『イヅキ』がメンバーの一人だからね。故国で初の重要会議があるって聞けば、帰らずにはいられないだろうから」

 首を傾げたアシェだったが、『イヅキ』の名を聞いて、表情を一変させる。

 『絶界』によって滅亡したエンジュの有力一族『イヅキ』。滅びる寸前、『絶界』に関する何かを知ったため、『七星』に助けを求めたことは盟主や先代たちから聞かされた。

 公式には里を離れていた者以外は生き残っていないとされているが、実際にはあの里で生き残った者はいる。

 当時の『ヒヅキ』一族の長にして現エンジュ首相と『七星』が彼らを庇護するために取り決めたことだが、そのうちの一人は自ら真相を探るべく、エンジュを離れ、どこかのパーティーに入ったと聞いていたが、それが『火鷹ほだか』とは思わなかった。

「レティアは知ってるのか?その生き残りのこと」

「一応は。確か長の二人の息子が生き残って、兄の方が『火鷹ほだか』に入ったって、カムイから聞いた」

 シュレイセにいた頃、一度だけあったことある。黒髪に意思の強い黒い目をした少年。

 ファルティナにからかわれたが、相手にしなかった冷静な少年が何を考えて戻ろうとしているのか、気になるところだ。

「あの事件、気になることがあるんだよね。先代光極の結論、少しばかり早計だったと思うんだ」

「なら、調べる?レティアのそういうカンは当たるからさ」

 あっけらかんと言い放つアシェにレティアは苦笑しながら、小さくうなづいた。

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