6.助けた子は色々な意味でぶっ飛んでた

 ほんの気まぐれだった。しつこく言うが、本当に気まぐれだった。

 エンジュ近郊の街道で盗賊に襲われていた貴族の一行が目についたので、特にやる事もないので、仮面もつけずに助けたレティアは早々に後悔した。

 大した腕を持っていなかったから、爆炎魔法フレア一発ぶちかまして、蹴散らしたが、なぜか助けた令嬢に責め立てられる羽目に陥った。

「どうして殺したの!なんて恐ろしい!」

「恐ろしいって……相手は話が通じる奴らじゃないでしょうが。下手したら、アンタも死ぬか、もっと酷い目に遭わされてたかもしれないんだけど」

「信じられない!そんな汚らわしいことを考えるなんて、あなたはどうかしてるわ!」

 いや、アンタの方がどうかしてるよ、と心の中でツッコミ入れつつも、ギャンギャンと理解不能な発言を繰り返す少女にレティアは呆れるよりも気持ちの悪い生き物を見た気がした。

「逆に聞くけど、私が助けなかったら、どうなったと」

「誰かが必ず駆け付けて止めてくださっていたわ。なのに、簡単に命を奪うなんて……本当に恐ろしい人」

 その答えにレティアは心底助けるんじゃなかった、と痛感した。

 目の前で嘆くこの黒髪の少女のセリフの方がよほど恐ろしい。

 人には必ず戦わなくてはならない時がある。まして命がかかっているとなれば、誰だって身を守る。

 そこに善悪を問うのは違う。先ほどだって、レティアが戦わなければ、この少女だけでない。随行している従者や侍女、同伴者らしい―彼女よりも幼い亜麻色の髪をした愛らしい藍色の瞳を持った少女もどうなっていたか、分からない。

 それ以前に警護がいない方が大問題ではないか?見たところ、護衛の騎士らしい者は姿はない。というよりも、武装した者が一人もいない方が異常だ。

 いくら安全な街道とはいえ、盗賊が襲ってくるのはざらにある。隊商キャラバンだって、ギルドに頼んで護衛を雇うのは常だ。

 まして、諸王国会議の開催が迫っている。金品を狙う手合いも激増するのは当然で、エンジュの警備隊も慢性的な人手不足の状態。

 たとえ人手が足りていようと、エンジュへ向かう者たち全員を守り切れるわけがないことぐらい考えればすぐに分かることだ。

 それを根底から分かっていない、いや、それ以前に必ず助けが来るなんて、どこからそんな自信がわいてくる。

 頭がどうかしてるのではないか、と考えてしまうレティアに亜麻色の髪の少女が深いため息を吐き、侍女たちに何事か命じる。

 侍女たちも阿吽の呼吸でうなづくと、恩人であるレティアにかみつく黒髪の少女の両脇を抱え、無事だった馬車へと押し込んでしまう。

 何事か喚き散らしているが、聞こえないふりをして、レティアに亜麻色の髪の少女がスカートの裾を持ち上げ、深く一礼した。

「助けていただき、誠にありがとうございます。名のある冒険者の方かと思いますが、どちらのギルドのお方でございましょうか?ぜひともお教えいただきたく思います」

「一つ聞いていい?」

「何なりと」

「あの世間知らずの天然はいくつになるのかな?」

 明らかにあの少女よりも幼い彼女の方がきちんとしている。正義感にかられて助けたわけではないとはいえ、命を助けたレティアにあれだけの口を叩く少女の歳を聞いてみたくなるのは、当然の流れだろう。

「16歳になります。冒険者様」

「マジか?で、あんたは?」

「12歳です」

 亜麻色の髪の少女だけでなく、従者たちの頬も引きつったのをレティアは見逃さなかった。

「16……あれで、16?世間知らずというか、どれだけ頭沸いてるの?願えば、必ず助けが来るなんて、そんなご都合主義的展開。早々あってたまるか」

「ごもっともです、冒険者様。申し遅れました、わたくしはルベール王国ハルスヴェルヌ公爵が娘、エリーザ・ハルスヴェルヌでございます。そして、先ほどの方は我がルベール王国の『金の聖女』キャスリン様でございます」

「なるほど、君が『黒銀の聖女』か。納得したよ」

 エリーザと名乗った少女の肩がわずかに震えたのを見て、レティアは納得した。

 ルベール王国に聖女と呼ばれる2人の少女がいる。

 慈悲深く、争いごとを好まない心優しく人々を救う『金の聖女』と現実を正確にとらえ、正しく判断し、人々を導く『黒銀の聖女』。

 話には聞いていたが、実際に目にして分かったが、あのキャスリンとかいう少女は慈悲深いとかのレベルではない。現実を全然見ようとしない夢想主義者。この手の人間は大概のことは話し合えば分かり合える、みんな仲良くできる、目の前で苦しむ貧しい人々に手を差し伸べるおめでたい奴だ。

 目の前の人間だけ救っても、焼け石に水。根本的な解決にはならない。

 大局を見据え、中短期的に効果のある手段を打ち、そこから解決するために、長期的な手段を講じる。それが為政者のあるべき姿。

 この会話だけでも、この『黒銀の聖女』であるエリーザの方が優れているのは一目瞭然だ。実際、ルベール王国で起こった旱魃かんばつ対策で先頭に立ったのは『金の聖女』ではなく『黒銀の聖女』だ。彼女の対策が早かったお陰で、多くの農民が救われた。

 その揺るぎない実績があるにも関わらず、上位貴族たちの間では『金の聖女』に対する人気は彼女を上回るというから、驚きだ。

「苦労するね、エリーザ様」

「ご心配いただきありがたく思いますわ。ところで、こちらが名乗ったのですから、あなた様も名乗っていただけますでしょうか?」

「なるほど、現実主義だね。私はウィンレンド連邦のギルドに所属するレティ。たまたま通りかかっただけのこと。見れば、護衛もいないようだし、この先の街で仲間と合流するから、同行しよう」

「お申し出、ありがたく受けさせていただきます。レティ様」

 レティアの提案をエリーザは即座に受け入れた。

 この街道の先にある街にはギルドがある。ついて行ってやるからそこで正式に護衛を雇え、と言外に言われ、ほっとした表情を見せる。他の従者たちも明らかに安堵した様子にレティアは世間知らずの聖女様に苦労させられてるな、と心底感じたが、言葉には出さなかった。

 当の聖女様は押し込められた馬車の中でレティアを批判しているようだが、綺麗に無視することにする。まともに聞くだけ時間の無駄と思った。

 粛々と再出発の準備を整えたルベール王国の聖女様一行について、レティアは元tも近いエンジュの街・オーベラを目指し、出発した。

 

 後に『金の聖女』がレティアを真に激怒させるのだが、それはまだ少し先の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る