1.滅びの残響

 燃えていた。慣れ親しんだ街が。教会が。生まれ落ち、慈しんでくれた生家が。

少年にとって全てであったものが何の前触れもなく燃え、灰と化していく。

 胸に抱いた弟は恐怖を押し殺し、それでも小さくしゃくり上げ、落ちないように必死でしがみついている。

 火の粉を避けるために、母が羽織らせてくれたフードを深くかぶり、裏道を駆け抜ける。

 襲撃は突然だった。いつもと変わらない夜を過ごし、ベッドで眠りについて間もなく、突如、街を囲む城壁の一角が崩れ、そこから火の手が上がった。 

 長である父は一族の戦士たちを率いて、謎の襲撃者たちと戦ったが、結果は分からない。ただ聞こえてきたのは逃げ惑う人々の悲鳴と断末魔の叫び。

 何かを悟ったらしい母はまだ十になったばかりの少年に五つ下の弟を託し、裏道を使って逃げろ、と告げ、護身用の剣を二本持たせ、裏木戸から逃がし、固く閉じ―そのままだった。

 訳の分からない幼い弟は泣きながら母を呼ぶが返事はない。

 そして、生家から吹き上げた獄炎。

 ああ、もう母には会えないと少年は悟ると、弟を抱え、駆け出した。何が起こったか分からない。だが、一刻も早くこの街から逃げ、同盟を結んでいる一族の元へ走らなくてはならない、と幼心に悟った。

 少年はこの街―イヅキ一族の長の子。その後継ぎ。次期長としての役目を果たさなくてはならない。

 母にかけてもらったフードが脱げぬようにきつく握り、炎に焼かれる街を駆け抜ける。

 必死だった。

 周りに気を払う余裕などなく、ただ必死に最も近い城壁まで逃げ、息を飲んだ。

 分厚く積み上げられた城壁はまるで粘土のように潰され、どろりと溶けていた。

 その光景の異様さに恐怖を覚えるも、何が起こったのか、考えている暇などなかった。

 目には見えぬ何かが自分たち兄弟を追いかけてくるのを肌で感じ、意を決して城壁を飛び越えた。

 城壁の外に広がっているのは、暗い森。そして街道とは言い難い細い道。

 大人たちから狼が出るから使うな、と口を酸っぱくして言われていた道ではあるが、同盟の一族がいる街へ向かうには、ここが最短ルートなのだ。

 怯えている暇などない。

 幼い弟を守るために、少年はその道を駆けた。子どもの足で一昼夜かけたところで間に合いはしない。

 それでも少年は弟を抱えて、必死に真夜中の森を駆け抜け、東の空に金色の陽光が差し込む頃、同盟者の一族―ヒヅキ一族の街にたどり着いた。

 代替わりしたばかりの若い―父と代わらぬ年のヒヅキ一族の長は夜を徹して駆け抜けてきた少年と弟を抱きしめ、妻に託すと、即座に戦士団をまとめて、イヅキの街へと向かい―その惨劇に青ざめた。

 街は見る影もなく、黒く焼き尽くされ、廃墟と化し、黒焦げの遺体がそこかしこに転がっているだけで、生き残った者は誰一人としていなかった。

 そして、ヒヅキの長と戦士たちが広場で見つけたのは、串刺しにされていた胴から切り離された少年たちの父・イヅキ一族の長の首とそれを外し、布で丁重に包む半仮面の二人組。

「ヒヅキの長か。早かった……いや、我らと同じか」

「七星の光極殿と闇極殿っ!これは一体!?」

「済まぬ、私たちも何があったのか詳しくは分からない。ただ、イヅキの長からつい数日前、来てもらいたいと連絡を受け、駆け付けたのだが、間に合わなかった」

 黒の貴石をはめ込んだ半仮面・闇極が小さく唇を嚙み、白の貴石をはめ込んだ半仮面・光極がヒヅキの長の問いに力なく答えた。

「では、イヅキ一族は……!!」

 ヒヅキの長は信じたくなかった。長年の同盟者で、イヅキの長は自分と同じ年ながら先に長の地位につき、見事に一族をまとめ上げてきた最強の腕を持つ良き好敵手ライバルでもあった。

 そのイヅキの長がこんなにもあっけなく命を落とすなど信じたくなかった。何よりも街一つがたった一夜にして壊滅するなど考えられない。

 そんな真似ができるのは、このグラン大陸ではたった一つの集団だ。

「考えたくはないだろうが、事実だ。こんな惨劇を平然とやってのけ、女子供も容赦なく殺せるのは奴ら『絶界』だけだ」

「この手口からして、奴らの首領が直接手を下したのだろうな。他の連中は滅びを楽しみ、誰かしらを生き残らせている。それがない……」

 闇極がイヅキの長の首を包んだ布を抱え、呆然としているヒヅキの長にそっと差し出す。

 冷静な声で状況を見極めていた光極は何かに気づき、言葉を切ると、ヒヅキの長を見る。

?だから、貴方たちがここまで早くたどり着いたのか」

「ええ、イヅキの長・英月の息子・蒼月と紅陽の二人が今朝、我がヒヅキの街へと落ち延びてきて、状況を知りました……しかし、なぜ『絶界』はイヅキ一族を滅ぼしたのです?!彼らと敵対していたわけでは!!」

 怒りをにじませるヒヅキの長に光極は小さく首を振る。

 奴ら『絶界』に理由などない。ただ目についたか、面白いから、そんなくだらない理由で国一つを滅ぼすような連中だ。

 イヅキ一族を滅ぼした意味など存在しないだろう。

 それが当時の光極が導き出した結論だった。

 この時、生き残ったイヅキ一族の嫡男は弟をヒヅキ一族の長一家に預け、一族の再建と敵を討つために旅立った。

 そして八年後。『絶界』の首領がイヅキ一族を滅ぼした理由は新たな『七星』―神極によって白日の下にさらされる。

 いくつもの一族が暮らす連合国家・エンジュで初めて開催された諸王国会議がその舞台となる。

 


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