2.エンジュへ…の前に寄り道です

 シュレイセ王国の事件から二ヶ月。

 大した混乱もなく、シュレイセは平穏……ではなかった。

 簡単に言うと、『七星』への莫大な依頼料の支払いに国王以下全員が追われていた。

 ただ救いなのは、『戦いの足跡』のギルドマスターが巻き上げられた白金貨の半分を返金してくれた事だろう。

 あとは各方面への謝罪に追われて、諸王国会議が近いことをすっかり忘れていた結果、大慌てで準備に追われることになっていた。

 そんな騒ぎが展開されていることなど、レティアたちには全く関係ない話だ。

 『絶界』からの宣戦布告を受け、急ぎエンジュへと向かう……はずだったが、いきなりシャルーナの魔法工具師から『至急、里に来てください。でなければ、殴りこませていただきます』というご丁寧かつ凶悪な便りが届いだので、レティアとアシェは予定を変更して、シャルーナ領都から更に北の奥地にある魔道具の里に行った。

 ちなみに徒歩ではなく、転移魔法テレポート使用なので、数秒で到着したので、苦労はない。というのも、普通に魔道具の里へ来るには、とんでもない危険リスクと資金が必要だからだ。

 単純な話、魔道具関連がウィンレンド連邦にとって重要な産物で、製造工程など全てが機密になっているから、というのと、そこを管理する領主のシェーナと里長が並外れた強欲……もとい、頑固な性格のため、許可証の発行に白金貨三十枚が必要な上に、里へ行くまでの街道が魔獣とメイドたちが盗賊たちをいびり……ではなく、退治して回っているため、その二次被害を喰らうことが多々発生するからだ。

 だが、それだけの危険リスクを払っても、魔道具の里との取引は莫大な利益をもたらすので、許可証を求める命知らずな商人たちは後を絶えず、その許可証の発行とぼったくりに近い魔道具の取引で得た利益で新しい道具や工具の開発が進んでいるのだから皮肉なものである。


「あ~ら、来たのね~レティアカモちゃああん♪」

「人を正々堂々とカモ扱いしないでくれません?里長」

 転移魔法テレポートで到着したのは、派手ではないが、柱や壁の飾りにオリハルコンやミスリルを容赦なくふんだんに使いまくっている屋敷の一室。しかも、敷かれている絨毯は超高級品で王侯貴族ですら滅多に手が出ない帝国製ときているから、金の無駄遣いもいいところだ、とレティアは思うが、言えば、新しい工具がもらえないどころか、桁外れな金額を吹っ掛けられるのが目に見えていたので、飲み込んだ。

 ただし、カモ扱いされていることだけは文句を言っておく。でなければ、この目の前に立つ―顔だけはエルフと見まごう銀の長髪に緑の瞳を持つ美貌の長身筋肉ムキムキの男は調子に乗ってくるのが、この三年で良く分かっていた。

「いや~ね、レティアちゃんってば♡カモなんて思ってないわよ?大事な無償の実験体ちゃん」

「余計悪い!!ふざけんな!」

「いや~ん♪アーシェイルちゃんってば、怒りっぽいんだ・か・ら。そんなだから背が伸びないのよ」

「人が気にしてること、言うな!!デリカシーねーから嫌なんだ!!」

「アシェ、怒るな。こいつに怒っても疲れるだけだ」

 頬の近くで人差し指を振ってくる里長にアシェはキレるが、レティアに止められる。

 怒るのは分かるが、このふざけるのが好きな里長に付き合っていたら、話が進まないし、いつまでも工具を渡してもらえない。

 『絶界』の動きが気になるので、さっさとおさらばしたいところなので、仕方なくなだめただけだ。

「あら、つまらないわね~レティアちゃんってば。まぁいいわ。新しい魔法工具はこれよ!!」

 里長は無駄に鍛えられた大胸筋を張り、大理石製のテーブルにかけられた布を取り去る。

「は?ナニコレ??」

「ふふふふふふ、これこそ我が魔道具の里が誇る魔法工具師が新たに開発した魔法工芸品アーティファクト。その名も魔法腕輪マジックリングよ!」

 思いっきり自慢してくる里長だが、レティアとアシェは目を点にして、テーブルに置かれていた銀色に輝く腕輪を見た。

 腕輪といっても、手首を完全に覆うタイプで普通の防具屋でも売っているような代物にしか見えない。

 全体に魔法文字を彫り込まれたオリハルコン製で紅の縁どりがされたものと金の縁どりがされたものが一対づつになっている。

「どういう効果があるんだよ、これ」

「うふふふふふふ~これはね、なんと道具収容箱アイテムボックス機能がついた腕輪でね~持ち主の意思に応じて、剣や盾、コテージなんかを取り出せるのよ~」

「……つまり、道具収容箱アイテムボックス技能スキルを持っていなくても使えるってわけか」

 アシェの問いにふんぞり返る里長の説明にレティアはようやく魔法工具の能力を理解した。確かに便利と言えば便利だ。

 道具収容箱アイテムボックス技能スキルを持つ者はかなり希少だ。その上、収容量も個々によって違うので、一定量を納めることができる魔法腕輪マジックリングは便利な物だ。ただ、惜しむらくはレティアもアシェも道具収容箱アイテムボックス技能スキルは持っている。

 それは里長も知っているので、わざわざあんな脅しで呼び出す必要などないはずだ。

「不思議そうな顔をしてますね、神極」

 背後から突然気配が起こったと同時に、無感情な声がしたものだから、アシェが大声で悲鳴を上げ、レティアは思わず腰の剣の柄を握りかける。

 振り返るとそこにいたのは、茶色のザンバラ髪に薄汚れた上下つなぎの作業服を着た鉄仮面の人間が立っていた。

「気配を絶つな!マーシャ!!」

「毎回、人を驚かすよ!!」

「この魔法工具は単に道具収容箱アイテムボックスがあるだけじゃないんです。持ち主の意思に応えて、必要なものを出してくれる優れものなんですよ~」

 二人の抗議など、どこ吹く風でマーシャと呼ばれた鉄仮面は音もなく前を通り過ぎると魔法腕輪マジックリングを手に取り、二人の両腕に嵌めてしまう。

 その瞬間、魔法文字が反応し、一瞬白い光を放つと、つなぎ目が消え失せ、白の貴石と紅の貴石が浮き上がり、二人の両腕から魔法腕輪マジックリングが外れなくなった。

「おおおおい!!どういう」

「それで、この貴石の部分に剣を近づけると」

 いつの間に抜き去ったのか分からないが、レティアの剣をマーシャは腕輪に浮かんだ白の貴石にかざす。その瞬間、剣は貴石に吸い込まれ、消え失せる。

 呆気にとられたのは刹那。次の瞬間、レティアは静かにキレ、マーシャに剣を突き付けていた。

「どういうつもり」

「こういうつもりです、神極。この魔法腕輪マジックリングは貴方の意思に応じて剣を手に出現させてくれたでしょう?しかも一瞬です。暗殺までを生業とするあなた方『七星』にとって武器を構えるロスはゼロに近い方がいいはず。この魔法腕輪マジックリングの凄さはそこですよ」

 手に握られた剣をまじまじと見て、レティアはマーシャの言わんとすることは納得したが、鉄仮面でしかも単調な言葉で言われても、その凄さが伝わらない。

 なんというか、疲れるだけだ。

「他の七星の方々にも使っていただいてます。神極と火極に渡してなかったので、今回来てもらいました。ということで用件は終わりです。」

 さっさと任務に向かってください、と言って、するすると去っていくマーシャにレティアとアシェだけでなく、里長もなんとなく敗北感を持ったのだった。

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