閑話 暴走王女と母妃
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
王宮の兵舎内に造られた訓練場にファルティナの悲鳴がとどろき、その身体が宙に舞うこと、数十回。
見事な弧を描いて落下するファルティナを吹っ飛ばした母妃にして、王妃の護衛騎士(自称)・エルシアーナは小さくため息をこぼす。
「はぁ~なんて情けない娘なのかしら。この程度の剣の修行で飛ばされるなんて、情けない。根性が足りないのよね~」
「何が情けない、だ!!ふざけんなっ!!人のこと、物みたく何回ぶっ飛ばせば気が済むんだよ!!」
やれやれと肩をすくめて、大げさに嘆くエルシアーナにファルティナは瞬時に復活して言い返す。
ようやく学園での一件に片がつき、王宮の自室で惰眠をむさぼっていたファルティナを早朝―しかも、夜が明ける前に叩き起こし、訓練場に連れてくるなり、木剣で一撃食らわせてくれた。避ける暇も構える暇も与えず、全力を込めた一発は見事にファルティナを気絶させてくれた。
地面にのびているファルティナにエルシアーナはかなりビビり気味の近衛騎士に命じて、氷水を顔に浴びせて、叩き起こす。
「ふっざけんなっ!!気絶した人間に氷水って何考えて……」
「ファル、母の愛が伝わらぬとは情けない。このような腑抜けでは、帝国のクランの方々も苦労されるでしょう。今日はとことん母が叩き直してくれましょう。」
激昂して、怯える近衛騎士に食って掛かろうとするファルティナをエルシアーナは凶悪な笑顔全開で言うが早いか、木剣がうなりをあげて脳天に振り下ろされる。
さすがに反応し、横に転がっていた木剣を掴んで、エルシアーナの木剣の刃を受け止める。
だが、細身の身体のどこにそんな力があるか分からないが、受け止めた瞬間、思いきり両腕がしびれる。これで反撃につなげれば、と思うが、甘かった。
初撃が止められることを想定していたエルシアーナの動きは早く、素早く突きに転じてファルティナを後ろへ吹き飛ばす。
「反応が遅い。動きが甘い。それでよく大陸に名を馳せたなどと言えたものです。『七星』神極殿は母の動きを読み切り、剣を抜くことなく牽制しましたよ。それに比べ、なんて覇気のない……情けなくて涙も出ないわ。」
「いやいやいやいや、大陸最強の武人暗殺者パーティーの中でも最強の『七星』と比べられても困るんですけど!??つか、
大げさに嘆くエルシアーナに瞬時に復活したファルティナが怒鳴り返す。
学園の大講堂を半壊させながら、誰一人犠牲を払わずに『絶界』の一人とやり合った『七星』神極の実力を目の当たりにしたからこその絶叫だった。
大陸でそこそこ知られた一大パーティー『オウガ』のリーダーだった自分なんて、『七星』の足元にも及ばない。あれで勝とうなんて思う方が間違っている。
「あら、アリの足先程度は成長したのね~ファル。母は嬉しく思いますよ。」
「心にもないことを言うなっ!めっちゃくちゃ怒ってるじゃん、母上!!」
さすが親子。妙なところで心の機微は通じ合っているな~と見守っていた騎士たちは心底感心する。
「怒っている?母は怒っていませんよ、ファル。ただ、あなたがふがいないだけです。」
「ふがいない……じゃないですよねぇぇぇぇぇぇぇっ!!あれですか?兄上と一緒になって『七星』火極とやり合ったこと、怒ってるんですかぁぁぁぁぁぁつ??」
「怒ってはいませんよ。火極殿の怒りに触れて
当然とか言いながら、木剣握る手が真っ白になっているんですけどね、とツッコミたいファルティナだったが、それ以上言えば、エルシアーナの逆鱗に触れるので、飲み込んだ。
火極に潰されて、気絶した後、目が覚めたら、兄の側近であるカイルとフレデリックが青ざめ、半泣きになりながら、同じく気絶しているアルスフォードを必死に起こしていた。
駆け付けた父・アルフレードや叔父・ヴィルフォードたちも必死の形相でアルスフォードを起こす。娘のことなど、そっちのけで叫ぶ父王の声が本当に必死だった。
―アルスフォードっ、起きろっ!!お前からセレスティーナに説明してくれなければ、離縁されるっ!!父を不幸にする気かぁぁぁぁぁぁぁっ!!
分かってはいた。父・アルフレードが王妃・セレスティーナにぞっこんで、ファルティナの母・エルシアーナの猛攻を乗り切って、結婚できたことは。
サイフト公爵にして叔父であるヴィルフォード曰く、それはもう血の雨が本当に降る攻防戦だった、と。
母・エルシアーナは陰謀渦巻く王宮にか弱いセレスティーナ様をお一人にしておけませぬ、と宣言して王宮に乗り込み、側妃に収まった御仁だ。
事実、ファルティナが少々問題を起こしても、特に文句はなかったが、セレスティーナ様がお心を痛めているとなった途端、大陸を飛び回っていたファルティナたちを文字通りとっ捕まえて、王宮に引きずり戻した。
娘のファルティナよりも王妃・セレスティーナ様至上主義を見せつけられ、そこそこ落ち込んだ。
だが、エルシアーナの怒りはその程度では済まなかったし、アルフレードは真面目で優秀な姪・レティアが出奔したことで、愛しいセレスティーナが嘆き悲しんだことが引き金になって、追い出された。
いくら少々やんちゃをしたからとはいえ、ひどいよな~と朧気に思うファルティナであるが、実際にセレスティーナが嘆いたのは確かだが、少々のやんちゃが大手ギルド三つと大貿易商五つを経営不振に追い込んだことはやんちゃでは済まされない。
その後始末でレティアが完全にキレ、とあるギルドからの誘いを受けることを決めた原因になったのに、反省していない。
それを母であるエルシアーナは見抜いていたからこそ、手加減無用に叩きのめしていたのだが、大して痛痒に思っていないことに頭を抱え、大きく嘆息した。
「ファル。あなた、まだレティアを探し出していないでしょう?」
「うっ……それはそうですが……」
痛いところを突かれ、目を泳がせ、両の人差し指を突き合わせるファルティナにエルシアーナは心を鬼に―ではなく、最上級の笑顔でアルフレードから勝ち取った命令を突き付けた。
「父・アルフレード国王陛下に代わり、この母が命じます。ファルティナ・レノ・シュレイセ、サイフト公爵令嬢・レティア・セノ・サイフトを探し出すまで帰国は許しません。今から五日以内に帝国領に入らなければ、クランからも追放する、とのクランマスターからのお言葉があります。早く行きなさい。」
「は?……って、前と同じパターンですかぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!」
気づけば、手際よく簀巻きにされていたファルティナは近衛騎士団の馬に荷物よろしく乗せられ、最も近い帝国との国境まで休みなく爆走させられた。
「これも母の愛です。強く生きるのですよ、ファルティナ。」
優しくも厳しく、いや、厳しさ満載の仕打ちをして、笑顔で見送るエルシアーナに近衛騎士団の面々は深くため息をこぼし、荷物を国境付近で振り下ろして戻ってくるであろう近衛騎士団の馬が無事戻ってくることを願うだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます