30
優雅だが華美ではない模様と色で統一された壁に白い天井から降りた水晶製のシャンデリアが
樫材の小さなテーブルとその隣に置かれた黒檀の椅子に座る部屋の主は大きく嘆息し、美しい眉をしかめる。
薄い水色に染め上げられた絹製のドレスは無駄な飾りは一切なく、絹本来の素材とそこに縫い込まれた刺繍のみで仕立てられているが、それを纏う赤味を帯びた金髪と乳白色の肌だけでなく生まれ持った品の良さを引き立たせている。
一見すると、二十代そこそこに見える美貌を持ったこの部屋の主たる蒼い瞳の美女を火極は信じがたい思いで見つめ、頭を垂れて控える。
この美女が実は二十代前半の息子を持った女性などとは信じられないが、隣で同様に頭を垂れている神極の冷たい視線が突き刺さり、非常に居心地が悪い。
「そんなに怒るなよ、神極。」
「黙れ、不敬な真似だけはするな。隣にいる護衛騎士の逆鱗なんか食らいたくないんだよ。」
自分の仕出かした不用意さは心底反省している。だが、驚くなという方が無理な話だ。この目の前の美女が子持ちで、しかも自分よりの母と同じ年と聞かされれば、誰だって信じられず、大声を上げる。
その結果、彼女の隣に立っていた金髪の男装麗人に
「話は分かりました……陛下とアルスフォードがごめんなさいね。わざわざウィンレンドから救援に来てくださった方々の手を煩わせるなんて。私からよく申し上げますわ。」
「お言葉ありがたく存じます、セレスティーナ王妃陛下。」
「わたしもお詫びいたします、『七星』神極殿。我が娘・ファルティナが迷惑をかけました。あとでキツク仕置きしておきますから、許してくださいね。」
椅子に座る美女―シュレイセ王国・王妃セレスティーナが深くため息をこぼし、控えていた男装麗人―シュレイセ王国・側妃エルシアーナもそれに倣いつつも、うふふふ、と怖い笑みをこぼす。
「でも、アルスフォードも何を考えているのかしら?ナジェルを放り出して来て、神極殿と一騎討ちだなんて……」
「セレスティーナ様が悪いのではありませんわ。全てはあの身の程知らずの愛妾連中とそれを抑えられなかった国王陛下が悪いのです。わたしのセレスティーナ様を悩ませるなど……万死に値しますわ。」
困り顔を見せるセレスティーナにエルシアーナはひざまずき、その細い手を取り、にこやかに凶悪なセリフをのたまわる。
はたで見ている火極の頬が引きつるが、神極にしてみれば、特に慌てることもない見慣れた光景だ。
昔から王妃と側妃の関係はこんな感じだ。セレスティーナにエルシアーナが夫である国王アルフレード以上の忠誠を誓い、不遜な態度を示す貴族どもを容赦なく粛清しまくり、一部からは『王妃の番犬側妃』などと呼ばれているが、それさえも皮肉ではなく名誉だと言い切っている。
「エル、万死になどと言ってはいけませんわ。陛下にもお考えがあってのことでしょうけど、今回は間違っております。」
「セレスティーナ様がいつもお優しいから、アルフレードがつけあがっているのです。このわたしが鉄槌を。」
「仮にも王にそんなこと言っていいんですか?ってか、不敬罪になるんじゃ……」
さすが、あの天然王太子の母親だけあって、ややズレた発言をかましてくれるセレスティーナもだが、王を呼び捨てにした上に
あのファルティナの母だけあるな、と感心しつつも、さすがに止めに入る火極に神極は袖を引いて止める。
あの側妃にそんな忠告を聞くわけがない。繰り返すが、昔から―それこそ、セレスティーナがアルフレードと結婚する前からの関係なのだ。
シュレイセ王国の有力公爵家に生まれたセレスティーナとその公爵家の分家である伯爵家に生まれたエルシアーナは強固な主従関係で結ばれている。それも一方的に。
幼いころから美しかったセレスティーナに群がるクズ―もとい、貴族の男たちを男顔負けの剣の腕を持っていたエルシアーナが蹴散らし、近づけさせなかった。
だが、国立学園でセレスティーナがアルフレードに見初められ、エルシアーナの妨害むなしく、あっという間に婚約が成立。それに腹を立てたエルシアーナがセレスティーナの護衛騎士の立場を主張して、王宮に居座り―どういう流れか知らないが、身分上、側妃の地位が与えられたそうだ。
―わたしの忠誠は永遠に王妃・セレスティーナ様に捧げます!!
側妃の地位を与えられた席で、正々堂々と宣言し、アルフレードたちだけでなく、全貴族たちを青ざめさせた逸話を持っている女傑。まともな話が通じるわけがない。
「陛下に鉄槌などと言ってはいけないわ、エル。お客人の前で失礼しました。我が息子・アルスフォードも許されない無礼。私からきつく言いますから、今回は許してくださいますか?」
意気込むエルシアーナをたしなめ、神極と火極に頭を下げるセレスティーナに否と言えるわけもない。
言ったら最後、エルシアーナと一戦交えることになる。
まぁ、正直言ってしまえば、神極はこの依頼はここまでにして、さっさとシュレイセ王国を出ていきたいのが本音だ。
これ以上留まれば、どこかで正体がバレる可能性がある。特に天然のくせに昔から妙にカンだけは鋭いアルスフォードに見抜かれる可能性は大だ。
どれだけ金を積んだか分からないが、闇極から盟主に文句を言ってもらい、これ以降のシュレイセ王国からの依頼からは外させてもらう心づもりだ。行かせたくないとか言ってたくせに、金に目がくらむなど、あの盟主らしいが、絶対に許せない。
「王妃陛下のご謝罪を受け入れましょう。後のことはお任せいたしますので、我ら『七星』はこれにて失礼させていただきます。国王アルフレード陛下にはくれぐれもよろしくお伝えください。」
「分かりましたわ。セレスティーナ様に代わり、わたしが陛下に申し上げておきましょう。あと、我がバカ娘にもお灸をすえておきますから、ご安心くださいね。」
かしこまる神極の言葉の裏を読んだエルシアーナはこれ以上ないくらいの笑みをたたえて、
ある意味、国王がんばれ、と思いつつ、火極はさっさと
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