閑話 滅びし国にて

 誇りだけは高かったメルベイア王国が誇っていた王都の街が燃え、逃げ惑う貴族らしき裕福な姿の者たちをクワやスキ、鎌を持った人々が追いたてる。

 暴徒と化した民衆に捕まり、抵抗もむなしく殺された貴族や豪商らしい者たちは身ぐるみをはがされて、転がされ、誰一人見向きもしない。

 惨劇があちこちで繰り広げられている様子を黒装束姿の者たちが三人、薄い笑みを浮かべて見下ろしていた。

「実にあっけない最後だったな。」

「愚かで強欲な王が治める国だ。滅ぼすのも容易い。これでシュレイセ王国を乗っ取ろうなど考えるなど、愚の骨頂。」

「しかし、そのシュレイセでの企みも水泡に帰したようだ。人形遣いマリオネットマスターが知らせてきた。」

 興味なく、ぼんやりと呟く槍を持った黒装束に剣を帯びた黒装束がそっけなく断じると、肩をすくめた唯一のフードを被った魔導士が楽しそうに伝える。

「失敗するに決まっている。策がザル過ぎただけだ。ローゼンは自信を持っていたようだが、やはり無駄だったか。メイドをシュレイセ王国の王宮に潜り込ませても、標的だったアルフレードに疎まれ、下級貴族の男爵にあてがわれた挙句に捨てられたんだからな。」

「ええ、それで成り上がりを目指して、メイドが生んだ娘を王子に近づけるまでは成功したようだけど、相手は王位継承権のない愛妾の子。」

 笑えるわ、と本当に笑い転げる魔導士を剣の黒装束が冷ややかに睨む。

 別にシュレイセ王国の愛妾の息子がどうなろうと知ったことではないし、興味もない。ただ目障りならば、この国メルベイア王国と同じように滅ぼすのみ。

 しかし、シュレイセ王国の同盟国であるウィンレンド連邦共和国―いや、『七星』が黙ってはいまい。大方、ローゼンの目論見は『七星』が潰したのだろう。

「あなたの考えているとおりよ、魔剣士ソードマスター。『七星』の神極と火極だけじゃなく、あの『オウガ』のファルティナまで乱入してくれたみたいよ。人形遣いマリオネットマスターが異様に興奮していたわよ。」

 魔剣士ソードマスターと呼ばれた剣の黒装束の考えに気づいたらしい魔導士が若干引き気味に話せば、槍を持った黒装束が座っていた柵からずり落ちかける。

「おいおい、もしかして神極に腕でもぶった切られたか?」

 あの『七星』も人形遣いマリオネットマスターの変態ぶりは知っているだろうに、なんで止めを刺さないのか。

 一応、仲間なのにかなりひどい思考を持っている黒装束に魔導士はあっさり同意する。

 仲間よりも同志に近い者なのだが、なんというか、あの人形遣いマリオネットマスターは極度の変態で同志たちからも距離を置かれている一人だ。

 前回、『七星』の神極と地極の二人とやり合った際も、両腕をぶった切られたにも関わらず、恍惚とした表情で痛みに悶えていた。激痛にのたうち回っていたのではない。悶絶したのである。

 両腕を見事に切り落とされたことが人形遣いマリオネットマスターの脳髄を焼き切るほどの快楽だったそうだ。他者―特に深い信頼を得た相手や物心つくかつかないかの子どもを絶望へと叩き落として殺し、操り人形にすることを快楽にしている人形遣いマリオネットマスターにとって強者に傷つけられるのは、それ以上の快楽になるらしい。

 その外道ぶりから『七星』の中でも、特に地極が何度も抹殺しようとするのに、なぜか逃げることに成功している。

 おかげで同志たち―『絶界』の中でも、抹殺リスト上位にいるらしい。

「全く人形遣いマリオネットマスターの生命力は乙女の天敵と一緒ね。」

「お前が乙女か?笑わせんなよ!肉体美を誇るオカマ魔導士ウィザードが!」

「言ってくれるわね~槍遣いランスマスター。あんただって、今回、闇極にずたぼこにされたくせに。おかげで第六王女に亡命されて、バレちゃったじゃない。」

 つまんなくなっちゃったわ、とぼやく魔導士ウィザードの胸倉を掴みかかる槍遣いランスマスターを黙っていた魔剣士ソードマスターがわずかばかり威圧を強めれば、即座に二人は離れ、身をすくませる。

「抜け目のない盟主のやり口だけじゃない。光極も動いていたからな。アルスフォード王太子抹殺を阻止されていた。今回の目論見は半ば失敗だ。」

 魔剣士ソードマスターの言葉に二人は黙ってうなづくしかない。

 その通りだったからだ。本来、西の諸王国の中でも切れ者で知られているアルフレードの裏をここまでかけたのに、『七星』に依頼された時点でこちらの負けだ。

 まぁ、その分、メルベイア王国を思い通りにできたので良しとしよう。

「さっさと引き上げるぞ。毒遣いアシッドマスター人形遣いマリオネットマスターで必要以上に遊ばせるのは、我々にとってマイナスだ。」

 用の済んだこの地に留まっていれば、『七星』たちがかぎつけてくるのは目に見えている。神極がいない以上、闇極が指揮を執ってくるのは間違いない。

 先代神極の右腕で軍師の立場は今も揺らぐどころか、さらに存在を増している闇極を相手にするのは得策ではない。

「それもそうね。けど~シュレイセの王太子殿下のお顔は見たかったわ~。天然な美形なのにメチャクチャ強いですもん♪。」

「やめておけ。それこそ神極が本気でお前を打ち取りに来るぞ。幻影遣いイリュージョンがそれで消されたのを忘れるな。」

 やや頬を赤らめる魔導士ウィザード槍遣いランスマスターが厳しく咎める。

 代替わりしたばかりの、当代の神極の実力を見誤って挑み、あっさりと返り討ちに遭い、屍さえも消された元仲間の名を出せば、魔導士ウィザードは不貞腐れるが、事実なので黙るしかない。

 『絶界』の中でも、最弱に近い魔導士ウィザードなど、あの神極にとっては赤子の手をひねるようなものだ。

「ファルティナならば、お前でもどうとでもできるが、あの盟主が目を光らせている。大人しくしておけ。」

 そう警告する魔剣士ソードマスターだが、歴代最強の神極を思い浮かべ、ほの暗い笑みを浮かべる。

幻影遣いイリュージョンが倒された際、その場に居合わせた自分の頬に消えぬ深い傷を負わせたあの『七星』を倒すのは己だと、あの瞬間に決めていた。

 だが、今はその時ではない。今頃、シュレイセ王国の騒動は最終局面を迎えている頃だ。

 あの『七星』を手玉に取ったつもりでいるであろう国王・アルフレードがどんな目に合うのか。見物だと思いつつ、魔剣士ソードマスターたちは混乱の極致であるメルベイア王国の王都から姿を消した。

 

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