20

「ただいま〜って、アシェ、なんで沈没してるの??王宮でなんか・・・・・・」

「あったんだよぅぅぅぅぅ〜!レティアぁぁぁぁぁぁぁ〜」

 拠点である寮に戻ってきたレティアはテーブルに突っ伏していたアシェに驚いて声をかけた途端、腰に縋りつかれた上、泣きつかれた。

 好戦的なアシェが半泣きを通り越して、ギャン泣きする様は珍しいが、まぁ、王宮での話を聞けば、それもそうだろう、と納得してしまう。

 ナジェル辺境伯・アルスフォード。

 温厚・誠実な人柄もさることながら、かなりの美形で非常に人気が高い。特に年頃の令嬢などは獲物を狙う獣の目をしていたりするから、笑えたりもする。

 ただし、その場合は高確率で側近にして親友たちが揃って、その手の連中を手玉に取って、落としていくので、はた目から見ていたレティアはかなり笑えた。

 まぁ、彼らが心配するのも無理はない。天然度が高すぎるアルスフォードが騙されて、どこぞの中堅貴族の令嬢が一夜を共にしようと、酒にどう考えてもヤバい薬を混ぜ込んだことがあり、キレた親友たち―特にカイルが激怒して、逆にその令嬢に飲むように追いつめ、号泣させたことがあったくらいだ。

 親友たちの過保護ぶりにファルティナはドン引きしていたのだが、クリストフは覚えていないだろう。なにせあいつは自分を持ち上げてくれる連中以外、興味がない。だから、あんな男爵令嬢バカ娘に引っ掛かるわけだ。

 今更ながら納得してしまうレティアをアシェは恨みがましく見上げてきた。

「お前はいいよ、レティア。アルスフォードに慣れてるからさ~俺だって、大抵の奴は平気だよ。」

「大抵じゃなくて、ほぼ全員だろ?アシェの強さはサシェだけじゃなく、みんな認めてる。アルがいくら強いからって、実際に剣を交えたわけじゃないんだから。」

「あ・の・な!お前は知らないみたいだけど、あの辺境伯、一回ウィンレンドっていうか、シャルーナに殴りこんできてるからな!単騎で、あのメイドたちを全員骨抜きにしただけじゃなく、『七星』三人相手に大立ち回りする奴だぞ?!分かってんのかよ!」

 頭をかきむしって絶叫するアシェにレティアはあっけにとられるが、言われたセリフに不穏な単語を聞いて、ざっと青ざめる。

「え?メイド全員を骨抜きにしたの?マジで?」

 アルスフォードの実力はよく知っているつもりだったが、任務に忠実な戦闘メイド集団を骨抜きって、少し想像がつかない。昔から女にはきゃあきゃあ言われていたが、あのメイド集団に美形だから、などという軟弱なものは通用しない。

 彼女たちの絶対的な価値は強さだ。今でこそレティアも認められているが、最初はボコボコにされてきた。それが骨抜きって、どんだけ強かったんだ、と驚きが隠せない。

 いや、それ以上に『七星』三人相手に大立ち回りも驚きだ。その話が事実ならば、メイドたちが骨抜きになるのも納得がいく。

「妙な納得してるなよ……あのシェーナがビビってんだぞ?俺が全力出しても、引き分けに持ち込めるかどうかかもしれないじゃないか~」

「まぁ、否定はできないね。私も引き分けに持ち込めるかどうか分からないね……剣だけなら。」

「え、どういうこと??」

 相棒の落ち込みっぷりに、レティアもさすがにまずく思い、王宮内でも一部の人間しか知らない事実を話す。

 剣や体術の腕は超一級のアルスフォードだが、魔法はからっきしだ。初歩中の初歩魔法―例えば『灯火トーチ』や『火炎ファイア』は使えるが、中級以上の魔法は全くできない。きちんと詠唱はできる。けれど、決定的に魔力量が足りない。なので、剣や体術を封じてしまえば、勝ち目はあるわけだ。

「無詠唱で魔法攻撃すれば、勝てるって♪」

「そんな真似できるの、お前かシロウくらいだよ!俺だって完全無詠唱魔法はほぼ使えないんだ。言ったろ?『七星』三人相手にしたって。あれ、一度に相手にしてたからな。並みの人間じゃない。」

 『七星』の一人であるアシェだって充分に並みの人間じゃないレベルじゃないのだが、この際、それは置いておく。

「それで、誰が抑えたの?って言っても、あいつ以外いないだろうけど……」

「ほんと、闇極がいて良かったよ。生かしておかなきゃ国際問題になるから、参ったって、みんな言ってたよ。」

 疲れ切ったアシェの言葉に全面同意だ。たぶん三人かがりでなくとも、殺すことは可能だった。ただ、アルスフォードを殺せば、超国際問題になる。それよりなにより、単騎で隣国に来るなよ、と言いたいところだが。

「ギルドじゃ大問題になって、メイドたちは全員、修行のやり直し。シェーナは文句言いたくても言えないし。踏んだり蹴ったりって言ってた……っていうか、レティア、何かあったわけ?戻ってくるのも遅いし、辺境伯が来るって知らせもなかったから」

 一通り愚痴を吐き出して、アシェはようやくレティアが何の連絡も寄こさなかったことに気づく。

 苦笑して愚痴を聞いていたレティアだったが、話がそこに至ると、途端に表情が厳しくなる。

「今頃、盟主に連絡が行ってる。サシェが裏を取るのに時間がかかったって言ってたけど、あのバカ王子、『』の一人と取引してた。」

「はぁぁぁぁぁぁっ??!!」

「あの御用達商人も知らんうちに利用されてる。全く気付いていないってところが、『』らしい。」

 あまりに衝撃だったのか、珍しく口を大きく開けて叫ぶアシェにレティアは頭を搔きむしる。

「アルスフォードたちが通る街道沿いの村三つに傭兵団や盗賊たちが奇襲攻撃かけてたよ。サシェたちが返り討ちにしてくれたけど、肝心のアルスフォードの警護、私一人で行かなきゃならなかった。」

 大して強くはなかったが、百数十人を一人で相手をするのは手間だった。本当に面倒くさかったが、裏で絵を描いているのがならば納得がいく。

 たかが、バカ王子の恋愛お花畑騒ぎのはずが、とんでもない陰謀が動いていた。帝都のクランマスターが国王・アルフレードを説き伏せて、ファルティナを帰国させるように頼んだわけだ。

 当初はつまみ出せ、と言っていたらしい。だが、あの直感に長けたマスターが何かを感じ取ったらしく、すぐに判断を変えたのは、そういうことだろう。

「今回は人手が多い方が助かるな。雑魚を押し付けても安心だ。それに」

「ああ、相手じゃ、ファルティナも危ないね。動いているのが一人なら、おそらくは『人形遣いマリオネットマスターか。」

 また、面倒な奴がでてきたものだ。けれど、このまま思い通りにはさせない。このまま一気に終わらせてやる。

 操られていることにも気づかないバカどものことは知らないが、無関係な人間の血が流れることは絶対にあってはならない。徹底的に叩き潰す。

 そう強く決意するレティアとアシェが凄絶に笑い、最後の幕が上がる。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る