21
-明日、大講堂で国王陛下の訓令がある。
ウィンレンドの留学生たちを侮辱し、国際問題に発展した話は学園どころか、一般生徒たちの口から口に伝わり、あっという間に王都中に広がっていた。
「バカだ、バカだと思っていたけど、まさかウィンレンドにケンカ売るなんてね〜」
「ソフィーヌ妃がロクな躾をしなかったからだな。あのマグクール侯爵の娘だろ?我が儘は遺伝だな。」
「リムス公爵閣下や宰相閣下は息子たちの不始末の責任とって、自宅謹慎で、騎士団長は辞任。シュレイセ始まって以来の
「まあ、あのファルティナ様も相当だったけど、クリストフ様も似たようなもんだ。」
言いたい放題言われるクリストフたちを庇う声は全くない。むしろ、ここまで好き放題してきたことがおかしい。大体、あの王子は立場が分かっていない。
街のあちこちで聞こえてくる声に、青ざめつつも、厳しい表情でローゼンは聞き流し、馬車を国外へ向けて急がせる。
シュレイセがいくら強国とはいえ、大陸屈指の最強国家・ウィンレンド連邦共和国を激怒させるなどありえない。母国の王族はもちろん末端の商人でさえ、あの国にケンカを売るなんて暴挙はやりはしない。
クリストフ王子が唯一の男子であろうと、身分はく奪、生涯の幽閉は避けられないだろう。取り巻きである側近のリヒトやヴォルフ、アイセンも同じだ。まさか下町の子どもでさえ分かる常識を身に着けていないなど思いもしなかった。
いくら、姉のファルティナを見返し、父王・アルフレードに認められようとするにしても愚かすぎる。もうすでに泥船を通り越して、ゴミ以下だ。
あの王子たちに利用価値などない。
そう見切りをつけ、旧学園女子寮に幽閉された
「頼む、ローゼン。もう動けるのはそなただけじゃ。妾も今や離宮に幽閉された身……愛しい我が息子・クリストフを救うため、議会とつながりのある商人や司法に関わる貴族たちに話をつけるのじゃ!このままでは何の罪もないクリストフが廃嫡されてしまう。」
よよよ、と泣き崩れるソフィーヌ妃にローゼンは内心、舌を打つ。何の罪も何も大ありだ。どうあがいても、自慢のバカ
流れるような銀髪に翡翠色の瞳をした―それなりの美貌の持ち主ではあるソフィーヌを側で仕えている、いや、見張りをしている侍女たちは蔑みの目で見ていた。
「王妃様、申し訳ございません。一介の商人でしかない私めにはお力添えできませぬ。どうかご容赦を……」
「分かっておる!だが、もうそなたしか頼れる者がおらぬ。どうか力になっておくれ、ローゼン。愛しき我が息子は志ある傭兵団と組み、全ての元凶にして追放された王女・ファルティナと戦う気なのだ。あの娘さえ戻ってこなければ良かったのじゃ!」
ソフィーヌの口走ったセリフにローゼンは血の気を失い、見張っていた侍女たちの目が鋭くなるが、当の本人は全く気付いていない。
全てはあの王女・ファルティナが帰国したせいなのだ。あやつさえ帰ってこなければ、少々やんちゃをしたクリストフは𠮟責程度で済んだはずだ、と信じ込んでいる。あの娘さえ戻ってこなければ、王太子の座は揺るぎなく、次期国王になれたのだ。
なのに、全て台無しになったと泣き叫ぶソフィーヌにローゼンはそれはこちらも同じだと怒鳴りたかった。それ以上に、クリストフは真性のバカだった。
もう打つ手などなく、ただ大人しくするしかない立場に追いやられたくせに、一大パーティー『オウガ』のリーダーだったファルティナを排除するために金をばらまき、傭兵団を雇うなど狂っている。
この話は侍女たちを通じて、即座に国王や国政中枢を握る貴族、そして議会の耳にも届く。クリストフの先にあるのは破滅でしかない。
現実を見ず、妄想の中を生きるソフィーヌを適当になだめると、ローゼンは足早に離宮を飛び出し、即座に馬車を国外へと向かわせた。
傭兵団を使って、ファルティナたちを排除するなど下策も下策。言い訳も何もなく国家反逆罪に問われても文句は言えない手段だ。下手に関わってしまえば、シュレイセ王国での立場はおろか、母国での立場を失いかねない。
「全くとんだバカだ。もう一度練り直し……いや、この機にウィンレンドに働きかけて」
このまま終わってなるものか。このシュレイセを制し、自分の優秀さを国内に見せつけるのだ。そうすれば、シュレイセ攻略は無謀ですよ、とほほ笑んだあの男を見返せる。
シュレイセ王国の抱えてる後継者問題に付けこみ、
母国きっての策士と称えらていたローゼンを真っ向から否定した雇われ者。そんなはずはない、と言い切り、実行した結果がこのざまだ。
だが、それはローゼンが悪いわけではない。全てはクリストフがバカすぎただけだ。だから、と言い訳を繰り返していたローゼンだったが、唐突に馬車が止まる。
王都を脱出して、さほど時はたっていない。まだ国境にたどり着いてもいない森の中だ。何があったか、と不審に思う。
襲撃があれば、付き従っている護衛数十人が騒いでいるだろうし、警備を行っている騎士団と遭遇したわけでもない。ただ痛くなるような静寂が包んでいる。
「おい!一体、何があったっ!!」
恐怖にかられ、大声で怒鳴るも、何の返事もない。一刻を争うところなのに、何をしているのか、と馬車からローゼンが降り―目にした光景に声を失い、地面にへたりこんだ。
馬車の周辺に転がっていたのは、護衛の数十人と御者。皆、何が起こったのか分からない表情のまま倒れており、その目からは光が失われていた。
「おや、ようやくお出ましかな?ローゼン……いや、メルベイア王国参謀長・ローゼン。」
楽し気な声がかかり、仰ぎ見れば、御者台に座る人物に悲鳴を上げ、這いつくばりながら逃げ出そうとするも、足が動かない。腰を抜かし、動けなくなる。
自分の真の身分を見抜かれたこともだが、紅の宝玉をはめ込んだ黒の半仮面・火極がそこにいたからだ。
「いや~ずいぶん、待ったよ。国家転覆図った割に作戦がザルだな~指摘されなかったか?もうちょいシュレイセのこと、調べた方が良かったな。」
唄うように軽口をたたき、近づいてくる火極の威圧に恐怖が増してくる。
そんなことは構いもせず、火極はローゼンの前に立つと、からからと笑う。
「どこへ逃げるつもりかは知らないけど、最後まで見届けろよな?あの男が逃げ帰ってきたお前を放っておくわけないし?」
全てを見透かしたセリフにローゼンは息もできず、酸欠の魚のようにあえぐ。
『七星』の一人である火極が来たということは、自分たちはウィンレンドを、シャルーナを本気で怒らせた証だ。だが、それは全てクリストフが悪いのであって、自分ではない。なのに、なぜ火極がいるんだ、と叫びたかったが、音にならず、空気がかすれるだけだ。
「お前に選択権はない。聞きたいこともあるし、最後まで見届けろって♪」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
必死に逃げようとするローゼンの首に火極は軽く触れ、死なない程度の、それでも最大出力で
全身を貫く電撃に神経が焼き切れ、ローゼンはそのまま意識を手放したことは、ある意味幸せだった。
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