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「なんなのよっ!あの王女!!いきなり切りつけてくるなんて、ありえない!!」

 歩く人災、害獣、暴走王女などと呼ばれていても、あの愚かなクリストフの姉でリヒトの従姉。たやすく操れる、とエリナは高を括っていたが、甘かった。

 危険極まりない二つ名以上の凶暴さ。しかも、カンがいいのか、最初からこちらを敵対視している。だてに帝国のクランにソロで所属し、大陸でも有数のパーティーを率いただけあって、バカではない。

 クリストフたちの前で被っているか弱い男爵令嬢の仮面をかなぐり捨てるほど、エリナは怒りを隠しきれなかった。

 学園に入学して以来、言葉巧みに見た目だけは一級品のクリストフたち王族や騎士団長・ディバー伯爵の息子・アイセン、宰相エドワーズの息子・ヴォルフに取り入り、好きに振舞えたが、あの王女には通用しない。

 御用達商人を呼び出して策を練り直さなくては、と思い、体調不良を理由に学園の寮に引き上げてきたエリナは寮監から部屋替えを言い渡され、唖然とする。

「どういうことですか?部屋替えなんて、急すぎ……」

「ファルティナ王女殿下が転入されてこられたのですから当然の措置です。あなたの部屋は入学時に決められた寮になります。荷物はそちらに運びましたから、そちらへ行きなさい。」

 もともと王立学園の寮は厳格な身分によって王侯男子・王侯女子・一般男子・一般女子そして留学生の五つに割り振られている。エリナが今いる寮は王族と伯爵位以上の令嬢しか使えない女子寮で、男爵令嬢の、しかも庶子にすぎないエリナは一般女子寮が本来割り振られていた。

 だが、クリストフが強権を振るい、エリナを王族専用の部屋に移動させたのだ。厳格を絵にかいたような女性寮監からすれば、クリストフたちの威を借りて、好き勝手放題をしてきた男爵令嬢の小娘など目障りで、何とか追い出したかったところへ、王女・ファルティナが転入してきたのは僥倖だった。

 決まりだと言われ、悔しがりながらも、一般女子寮にすごすごと引き上げたエリナはそこでも待遇に絶句する。

 割り当てられた部屋は寮の中でも一番外れにある棟で、日当たりも悪く、安いベッドとドレッサー、備え付けのクローゼットがあるだけの部屋。王族専用の部屋は衣裳部屋だけでも三つあり、常に侍女が控え、ベットも天蓋がついたシルク製の掛布が使われていたのに、ここにあるのはごく一般的な毛布と麻製の敷布。さらにクリストフたちから競って贈られたドレスや宝飾品はどこにもない。

 あまりの落差に頭が真っ白になるが、すぐに正気を取り戻し、エリナは商人を呼ぶよりも先に、クリストフたちがいる王族男子寮へと駆け出した。

 授業も終わっており、戻っていた男子生徒たちがいきなり乱入してきた女子生徒に慌てて止めようとするが、相手がエリナと気づくと、目をそらし、そそくさと自室へと散っていく。

 寮監の叱る声が響くが構ってはいられない。王族専用の談話室にエリナが飛び込むと、いつになく険しい表情をしたクリストフたちがソファーに座っていた。

 だが、愛しい少女が泣きながら駆け込んできた姿にクリストフたちは慌てて立ち上がり、駆け寄ってきた。

「クリス様、私が一体何をしたというのです?姉君のファルティナ様は国王陛下のお怒りを買って追放された方なのに。」

 ファルティナが入学したから、と問答無用に寮から追い出され、一般生さえも使わない部屋に押し込められ、侍女も全て奪われたことを訴え、泣き伏すエリナにクリストフは怒りのあまりきつく拳を握る。

 先に言っておくが、学園側の対応は当然である。王女を差し置いて、王族専用の部屋を使ってたエリナの方が不敬を働いていたのだから、外れの棟に押し込められても仕方がないのだが、恋愛お花畑のクリストフたちにそんな考えはこれっぽっちも浮かばない。愛しい少女を不当に貶める姉・ファルティナの方が間違っているのだ、と本気で思っている。

 追放者のくせにいきなり舞い戻ってきたと思ったら、学園へ入学し、クリストフたちを排除しようとするなど許されるはずがない。

 そう考えたクリストフはリヒト、ヴォルフ、アイセンと共に父王・アルフレードに直訴を試み、王宮へ出向いたのだが、待ち受けていた衛兵たちに阻止されただけでなく、宰相・エドワーズが謁見は叶わない旨を告げられただけでなく、父王からの勅令状を渡され、追い出された。

「エリナ。お前の言う通り、姉上は追放された身。だが、父上はあろうことか、『ファルティナにも王族としての自覚が芽生えたのだ。学園に入学することは当然の権利だ。』と仰せだ。」

「次期国王であるクリストフ様をないがしろにしようとする王女を咎めぬとは……陛下は一体何を考えているっ!!」

 泣き崩れるエリナを抱きしめ、慰めるクリストフの姿を痛ましく思い、リヒトは苦々し気に吐き捨てる。

 いや、言っておくが、アルフレードの判断は間違っていない。いくら息子だろうと先ぶれも出さず、いきなり国王に謁見しようとするなど無謀な行為だ。宰相に追い出されても文句は言えないのだが、クリストフたちの頭にそんな考えが浮かぶわけもなかった。

「殿下っ!!このまま引き下がっては王太子のお立場をないがしろにする者を許してしまいます。ファルティナ様の横暴を許してはなりません!」

 何を根拠に横暴だのないがしろだの言えるのかは分からないが、自信たっぷりに強く訴えるヴォルフにアイセンが無言でうなづく。

「我らがまとめ上げ、秩序を保ってきた生徒会を奪い取り、自らが会長に就き、学園を取り仕切ろうとする王女を断じて許してはならない!!」

「ああ、その通りだっ!!俺こそが王太子だ。姉上の暴挙は必ず止めるぞっ!!」

 鼻息荒く高らかに宣言するクリストフにエリナはやっと安心したのか、花のように微笑んだ。

「さすがクリス様。私もお手伝いさせていただきますわ。」

「エリナ、安心しろ。何があっても、お前は俺が守るからな。」

 愛を誓いあう恋人たちを温かく見守るリヒトたちではあるが、はっきり言って、どこまでもおめでたい連中である。

 自分たちこそ、散々親の権威を使って横暴しまくっておいて、どの口が言うのか、とレティアはツッコミどころが満載すぎて、呆れかえるしかない。

 エリナの猫かぶりと本性をたっぷり見たところに、バカに磨きがかかった四人が国王に直訴を試みて王宮に突撃かますとは、バカの極みだ。

 こんなのに付き合ってられるか、とレティアは談話室に仕掛けた使い魔を解除すると、ベッドにひっくり返る。

 最初から勝負になるわけがない。世間知らずの四バカが束になっても、大陸で良くも悪くも知られた一大パーティーを率いたファルティナに敵うわけがない。

 だが、あの猫かぶりエリナが呼ぼうとしていた奴の存在が気にかかるが、そっちはアシェが調べ上げてくるだろう。このまましばらく待っていようと決め、レティアは目を閉じた。

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