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「久しぶりだな、クリス。正当な王位継承者である私が帰ってきた以上、お前が王太子を僭称することは許さん。お前は偉大なる姉を敬い、称え、大人しく仕える運命なのだ。」
転入の、しかも挨拶もそこそこに、一年の教室でお花畑を展開していたクリストフたちの元に殴り込み、呆然としているクリストフの顔面に蹴りを一撃決めて宣言するファルティナに、他の生徒たちは凍り付く。
「な、なんてことなさるんです!!王太子である弟君にっ!!」
「エリナ、下がっていろ……これは姉上、相変わらずの乱暴ぶり。何一つ変わられませんな。あなたこそ王家から追放された身。王位継承権を失った立場だ。そちらこそ、この俺に仕える運命だろう!!」
完璧に決まった一撃でひっくり返り、鼻血まで出しつつも、愛しい少女に危害が行かぬように、というよりも、良いところを見せたいのか、強気で言い返すクリストフだが、悲しいかな、体が小刻みに震えている。
「王家から追放されてないわ、バカ弟。金魚のフンよろしく、腰巾着になり下がったリヒトたちがいなければ何もできんくせに笑わせる。」
根拠のない自信を見せるクリストフを鼻で笑い飛ばし、その周りで怯えを隠して、エリナを庇うリヒトたちをファルティナは尊大に見下ろす。
「姫様、いかに王太子殿下の姉君であろうと、このような無礼は!」
「うるさい、黙れ。オーウェル叔父上の次男でしかない貴様が私に逆らうな。」
リヒトが反論するがいなや、ファルティナの右足がうなりを上げ、リヒトの右側頭部を蹴り飛ばす。まさにファルティナが歩く人災と言われる所以だ。
口より先に足か手が出るファルティナ相手に論戦しようなど、無謀の極み。逆らう者は容赦なく制裁することが、彼女のモットーだ。
幼いころから散々、レティアに言っていた。それが上に立つ者の役割だ、と。はっきり言って、それは絶対に違う。暴力で人を従わせても、必ず反感、恨みを買い、復讐される。そういう負の連鎖を生み出す。
騒ぎを聞きつけて、一年の教室に来てみれば、三年たっても、進歩がないファルティナに呆れを通り越して笑うしかない。
だが、多少苦労したのか、肌が日焼けし、髪も若干傷んでいるように見える。国境で足止めを食らい、王都につくまで時間がかかったことを考えられるな、とレティアは考えた。
その考えは正しかったと気づくのは、もうしばらく先の話であるが、ともかく吹っ飛ばされて、教室の壁に激突するリヒトにエリナが悲鳴を上げるが、一切無視し、恐怖で青ざめているクリストフの襟首をファルティナは右手でつかみ上げる。
「クリス、いつから姉に楯突くほど偉くなった?世界を知らぬ間抜けな箱入りバカがふざけた口を叩くな。その口、二度と聞けぬように縫い付けてやろうか。」
言ってること、脅迫だよね、と思いながらも高みの見物決め込んで、助けに入らないレティアとアシェ。
不敵な笑みを浮かべ、必死に放せと、もがくクリストフを床にたたきつけ、その頭をこれでもかというくらい革製のブーツで踏みつけるファルティナ。
「二度と王太子を語るな、バカ弟。お前は王になれん。」
動けなくなったクリストフに満足したのか、悪役よろしく高笑いを残して去っていくファルティナに生徒たちは若干、ドン引きしつつも、内心で拍手喝采を送る者たちもいたが、誰も一言も言わない。
屈辱で顔を真っ赤に、というか、物理的に蹴られたせいで、本当にたんこぶと擦り傷だらけになっているクリストフにエリナが甲斐甲斐しく世話を焼き、恐怖で動けなかったヴォルフとアイセンはファルティナがいなくなると同時に気絶しているリヒトを抱え起こす。
予想以上のインパクトを与えてくれたファルティナにレティアは右手で顔を覆い、アシェはやるな~と呑気に思った。
自分に被害がないから別に構わないし、実際のところ、クリストフたちのお花畑風景は真面目に学ぼうとしている生徒たちにとって害悪でしかない。別に恋愛するな、と言わないが、周りに多大な迷惑かけまくり、王位継承者だと威張り散らしていれば、嫌われるわけだ。
これだけの騒ぎになっているのに、誰も教授陣を呼んでこないし、無視を決め込み、助けようともしない。どれだけ嫌われているか、推して図るべし、だ。
「いや~やるね。あの歩く人災様。最強じゃないか?」
「インパクトは絶大だよ。これだけのことやって、誰も咎めないって時点で、クリストフたちの横暴を皆が嫌悪していたこともよく分かるね。」
「けどさ~あの王子、分かってないよ?すっげー逆恨みしてるよ。」
楽しそうに話すアシェに対し、レティアはなるべく冷静に応じるが、内心、人ってそんなに変わらないんだな~と思い、現実逃避しかける。
仕事もあるので、そんな真似はできないが、人災が去った後のクリストフは悔し気に床を殴りつける。
「クリス様、お可哀そうに。なんてひどい姉君でしょう。王太子殿下であるクリス様をあのように乱暴を働いて…リヒト様も大丈夫ですか?」
「すまないな、エリナ。お前のように心優しい人間にはあんな乱暴で冷血な姉のような者は恐ろしかっただろう。」
「殿下、リヒトを医務室へ運びます。一時、お側を離れることをお許しください。」
「うむ。しっかりと治療してもらえ。腕の立つ治癒魔法師が控えているから、休憩中でも呼び出せ。逆らうなら、王太子の命だと言えばよい。」
可愛らしい顔を悲し気にゆがませるエリナを慰め、鷹揚にアイセンに王太子として命じるクリストフにレティアは鳥肌が立ち、寒気がした。
なんだ、このバカな愁嘆場は。仮にも王族が公共の場で繰り広げる光景じゃないだろう。お花畑もここまでくれば、本当に害悪だ。他の生徒たちが見向きもしないのも当然の反応だ。
「なぁ、もう授業が始まるだろ?俺たちもさっさと退散しよう。」
精神的に持たない、とアシェに言われ、レティアは小さくうなづくと、クリストフたちの教室から退散した。
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