閑話 暴走王女の強行突破
シュレイセ王国東部国境警備部隊を任されていた子爵は頭を悩ませ、ではなく、胃痛と吐き気でのたうち回っていた。
原因は昨日、東の帝国から飛竜に乗って強硬突入してきたファルティナ王女の処遇である。
三年前、国王・アルフレード陛下の勅命で、事実上の追放処分となっている立場である王女がこの時期に帰国してきたなど……予想外ではなく、想定内だった。だたし、国王と議会からの返答が届かぬうちに襲来してくるのは早すぎる。
さっさと入国させろ、と騒ぎ、砦の一部を破壊し続けるファルティナに子爵の神経が持つわけがなく、急激に体調を悪化させたのは無理もない。
「ファルティナ様、あなた様はレティア公爵令嬢を探し出すまでは帰国をゆるされていらっしゃらないでしょう?帰国は無理です。」
「子爵、そなたが国境警備の任にあることは重々承知している。その務めを果たそうとしていることに敬意を表する。だが、私は弟のことを、この国を案じての帰国」
「心にもないこと言わないでください!!弟君の騒ぎが面白そうだから、捨てておけなかっただけでしょう?!陛下にそう伝えてありますからっ!!大人しく帝国で働いててください!」
絶叫する子爵にファルティナは盛大に舌を打つ。さすが国境を任されるだけあって鋭い。だが、こんな楽しそうなこと放っておけなんて、無理な話だ。
何としてでも帰国して、首を突っ込まないと、クリストフをいびれないではないか。あのバカ弟は自分にいびり抜かれる立場なのだ。そのことを忘れているようなら、徹底的に教え込むだけだ。
「なりません!陛下の決定があるまでは……」
そう言いかけた瞬間、胃のあたりに激痛が走り、子爵はそのまま昏倒し、一週間近く吐き気と胃痛にのたうち回っている。その結果、ファルティナはここで足止めを受け、八つ当たりで砦の一部を破壊しまくっていたのだが、昨日、帝都のクランから国境部隊に迷惑かけたら、クランの登録を取り消す、と通達が来たため、大人しくなった。
「子爵、陛下よりご返信が参りました!!」
ようやく届いた王都からの書状をしっかりとつかみ病室に駆け込んできた兵士の言葉に、子爵は安堵をにじませ、号泣した。
だが、アルフレードからの返答に目を通し、子爵以下全兵士が目を疑った。だが、あの名君のこと。何か深い考えがあったのことだろうと思いなおし、部屋で大人しくしていたファルティナを執務室に呼び出した。
「王女を呼び出すとは良い度胸だな、子爵。」
「陛下より、普通の入国希望者と同等に扱え、とお墨付きをいただいております。父君のご意向に逆らう気ですか?」
「いや、それはないけど……」
強気で言い返す子爵にファルティナは言葉を濁す。父・アルフレードもだが、高確率で母妃の意向も入っていることを察し、大人しくせざるを得ない。
ここで子爵に楯突けば、即追放処分にしろと言われているのは確実だ。あの父だけではない。叔父たちも相当怒っている。ここは黙っている以外、道はない。
「さて、ファルティナ王女殿下。あなた様の入国は特別に許可されました。あなた様のご主張である、王弟公のご令嬢・レティア様が国におられる可能性を認めるとのことですよ。学園への入学も許すとのことです。」
「そうか、さすが父……」
「ただし、レティア様がいらっしゃらないと分かったら、即出ていくように、だそうです。なので、こちらの誓約書にご署名してください。」
手際よく出された誓約書にファルティナは引きつりつつも、仕方なく署名する。とにかく戻らなくては、学園での面白い一件が終わってしまう。
さらに言うと、国に迷惑をかけたり、ごねたりしたら、クランから除名するからな、とマスターからくぎを刺されている。
レティアのことはこじつけだ、とバレているし、戻ったときに除名では仕事ができない。つまり生活の糧がなくなる。
国からの援助はない上に西の諸王国のギルドからは拒否されているから、クラン所属を破棄されたくはなかった。
思ったよりも、あっさり従い、署名したファルティナに少々気が抜けたが、ここから去ってくれるなら、王都で何をしようと、子爵たちには関係ない。王もそれを許してくれているから、早くしてもらいたかった。
「署名したよ。入国していいかな?」
「不備はございません。あと、どこにもよらずに王都へ向かってください。」
帝国から乗ってきた飛竜を使えば、三日とかからず到着するでしょう、と言われ、ファルティナはげんなりした。
帝国から国境まで通常ならひと月以上掛かるのだが、帝都で貸出されている飛竜を使えば、五日程度で到着する。ただし、貸出料はものすごく高い。
いくらくらいか、というと、一週間の貸出で銀貨五十枚。追加となると、さらに五十枚。つまり金貨一枚になる。飛竜は利用が終わったら、帝国領にある近くの貸出所に勝手に戻ってくれるが、距離によっては金貨三枚は取られる。
ファルティナが今まで稼いだ資金の半分が削り取られてしまうので、懐が寒くなることは確定だ。ここから徒歩で行く予定だったので、飛竜はここで返したい。返したいが、どこにもよるな、はキツイ。
食料や水の確保だけでなく、宿を使いたい。それが許されないなら、野宿もしくは飛竜を使って金欠になるか。ある意味、究極の選択。
「子爵。申し訳ないですが、食糧と水を分けてもらえますか?飛竜は高いので、徒歩で野宿しながら王都に向かいますので、ご協力ください。」
滝のように涙を流しながら頼み込むファルティナの姿に子爵たちはざまあみろと叫びたくなるのを抑えながら、にこやかにその頼みを聞き入れた。
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