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 三年前、頼りの兄たちや従兄のアーウェルが国を離れ、留学。一人残されるかたちとなったレティアはファルティナが巻き起こした騒動の後始末に追われ、最後にはアルフレードの許可を得て、出奔。

 事情を知った五つ上の従兄と友人、ファルティナの母妃まで同情し、行き先を知られないように手を尽くしてくれたことをよく知っていた。

 「レティア様は悪くはございません。あなた様のご心痛を考えれば、陛下だけでなく議会も無理は言えませなんだ。」

「議会にまで同情されるなんて、盟主が言ってた通りだね~レティアって苦労人だよな。帰ってくる気のなかったのにな~ほんと、迷惑な姉弟だよな。明日には戻ってくるんだろ?暴走王女様。」

 ほぼ完璧に嫌味しか聞こえないアシェの言葉に、ロズウォールは大きくため息をこぼし、同意する。

 王家に近いとはいえ、まだ十五歳だった公爵令嬢に任せる案件ではなかったのだ。父君であるヴィルフォード公も内心面白くはなかったことだが、沈黙を貫いたお陰で救われた部分が大きい。

 それも分からず、平然と戻ってこられる王女殿下も図太い神経をしているが、騒ぎを起こしているクリストフよりはマシだ。少なくとも自分の立場を理解しているのだろう。

「王子のバカっぷりは分かったから、詳しい内情を教えてくれるかな?俺たちも無駄な聞き込みはしたくないからさ。」

「そうだね。さっきの一件で、クリストフたちには正体がバレる心配はなさそうだから安心できるよ。てか、従妹の顔忘れるとかありえないけど。」

 乾いた笑みを浮かべるレティアに何とも言えないアシェだったが、まさか本当に分からないなんて思わなかった。三年の月日がたっているが、昔の面影は充分ある。現にロズウォールは一目見て分かったから、完全に忘れられているのは間違いない。

 先ほど絡んできたのは、大方、ロズウォールがアシェとレティアに注目したことが気に食わなかったというところだろう。王族の自分にだけ注意を向けるのが、教授の役目だとでも思っているのだろうか。

 その通りだ、とか真面目に返答されそうなので、聞くつもりは全くない。忘れられてるなら忘れてるで、都合がよい。決して面白いことではないが、詮索されずに済むので放っておくことにする。もちろん、ちょっかいをかけてくるなら、それ相応の対応を取らせてもらうことが前提だが。

「しっかし、王太子を僭称ってありえないよ。あれが王になれる可能性ってあるわけ?」

「クリストフが王になることは絶対にない。ファルティナもそうだね。あいつら、王の資格以前の問題があるからね。」

「そうでしょうな。あのお二方に王位継承はありえないでしょう。議会もですが、陛下もお認めにはなりますまい。」

 もっともな意見にロズウォールは内心、冷や汗をかいていた。レティアは当然だが、ウィンレンドのアシェがありえないというほど、クリストフには王としての資質に大きく欠けていることが分かってしまっている。

 今まで他国に知られないように注意をしてきたが、無駄な労力を払っただけだと気づかされてしまい、肩を落とす。

 恥ずかしい話だが、落第が適当だったクリストフを母妃が騒ぎ立て、どうにか二年生に進級させたことが誤りの始まりだ。もともと尊大だったクリストフが更に調子に乗り、それを諫めもせず、同調したリヒトたちが生徒会のメンバーを追い出し、自分たちがその座を奪い取ったことも拍車をかけた。

 学園長や教授であるロズウォールが口うるさく咎めても聞く耳を持たない。それどころか、半年前に編入学してきたあの少女が更に増長させ、今のような状況を生み出してしまった。

「それがバラーナ男爵令嬢・エリナか……普通に考えて、怪しいな。」

「バラーナ男爵って、王宮でも末席の貴族だろ?王族に近づける身分じゃないのに、コロッと手玉に取られてどーするんだよ。しかも王子含めて四人も。もう笑うレベルじゃないって。」

 もっともすぎるアシェの指摘にレティアは完全に同意するしかない。差別意識の塊のクリストフに近づき、あっという間に篭絡させた少女。出自を調べれば、バラーナ男爵とメイドの間に生まれた庶子で学園に通えるだけでも不審に思われる。

 身分は関係がないと、うたっているが、一定のルールが存在している。報告によれば、母親が亡くなったことを機に父である男爵が引き取り、入学させたとあったが、その時点で、身分は平民と同等だ。王侯にあたるクリストフやリヒトが声をかけることはあっても、自分から声をかけることを許されていない。

 にも関わらず、この令嬢は馴れ馴れしく、クリストフたちにすり寄った。いや、正確には言葉巧みに近づいたというところだ。

 庇護欲を誘う生まれ持った美貌を駆使して、懐に滑り込んだという話だ。一応、婚約者のいる立場の男性にすり寄っていくなどあり得ないし、あってはならない。当然、婚約者である令嬢たちが注意したが、それをいじめだ、と言って泣きつくなど、バカらしいにもほどがある。

「引っ掛かる王子たちも王子たちだよな~世間知らずも良いところだよ。なんか裏があること、間違いないのが見え見えだ。」

「どっちにしても、動くならファルティナが来てからだね。意外と、あいつの暴走がきっかけにボロを出すと思うね。」

 状況が読めず、自分のやりたいことのみに突き進むファルティナの暴走を利用しない手はない。王位継承はわきに置いて、まずは高みの見物を決め込むレティアにロズウォールは心底、嘆いた。

 三年前、この御方を手放さなければならなかったことは大きな損失だった、と痛感する。決断を下したアルフレードやヴィルフォードたちも苦渋の決断だっただろう。しかし、そうしなくては王家は未曽有の危機にさらされていたこともまた事実。

 そのことをクリストフによく理解してもらいたいが、無駄だろう。自分にとって都合の悪いことは決して認めない性格の彼では王どころか公爵さえも危ういのは間違いないと、ロズウォールは思うのだった。

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