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 理不尽の一言に全て尽きる。

 王立学園に通う多くの、特に平民出身の生徒が目の前の現実に強く思う。

 王侯貴族―しかも、無能で評判の連中が威張り散らして、学園内を仕切っている姿を見ると、後ろから蹴り飛ばすか、殴り飛ばしたくなる。

 誇れるものなんて、親の地位しかないくせに学園を仕切るなどあり得ない。この王立学園史上、最大の汚点。反論したくともできない。

 当然だ。その無能集団のトップがあろうことかこの国の王子と来たから、たまったものではない。

「どけっ!愚民ども!王太子殿下のお出ましだ。皆、頭を垂れ、迎え入れろっ!!」

 どこにそんな権利があるのか知らないが、腰巾着の一人で体格の良い赤い髪をした騎士団長の次男・アイセンの大声が基礎政治学の教室を一瞬にして重苦しい空気にしてくれた。

 全生徒は平等である、と定められた校則を無視し、紺色の制服に王族でも正式な場のみ着ることを許された緋色のマントをひるがえして、颯爽と入室してきたクリストフ王子に生徒たちは眉をしかめながらも、頭を下げる。

 名君である国王・アルフレードに似ているのは蒼い瞳のみで、あとは母親譲りの赤茶色の髪に生意気な、だが、そこそこ綺麗な顔立ちをしているが、似ても似つかない王子・クリストフ。

 その彼に手を引かれて、静々と付き従ってきたのは、最近、王子が気に入っている男爵令嬢・エリナ・バラーナだ。

 紫がかった亜麻色の髪に、どこか浮世離れしたような印象を与える翠色の大きな瞳。それなりに可愛らしいが、絶賛されるような娘じゃない。

 そんなバカップルを守るように付き従うのは、青い髪に金色がかった翠の瞳をした王弟公の次男・リヒトと宰相譲りの黒髪にこげ茶色の瞳をした次男・ヴォルフ。こいつらが現在、学園を騒がせているバカ集団だ。

「殿下、エリナ嬢。どうぞこちらへ。」

「うむ、すまんな。リヒト、アイセン。」

 恭しく、教師に目のつけられない前列の端の席へ案内するリヒトとアイセン。それを当然とばかりに受けるクリストフとエリナ。

 はっきり言って、なんだろう。このできの悪い喜劇。見てる方が胸糞が悪くて、現実を拒否しかけるレティアとアシェ。二人とも目立たないように、最後列の席で一般生の制服を着ている。この学園の良いところは女性でもズボンの制服が認められているところだ。

 女性だからスカート、と言われずに助かったが、ついでに、エリナとかいう男爵令嬢は既成のスカートにレースを付けたりして改造しているから笑える。

 てか、この道化でしかない光景をアルフレードたちが見たら、嘆くことは間違いない。いや、激怒して、どこかの修道院にでも放り込みたくなるだろう。

―聞きしに勝るバカ王子と取り巻きどもだ。

 今更言うまでもないが、レティアは王宮内の貴族たちをよく知っている。当然ながらリヒトとアイセンも知っている。正直な話、身もふたもなくバカぶりに磨きがかかっている。

 二人とも次男だから別にどうなっても構いはしない。なにせ彼らの兄たちはそれはもう優秀なので、他国へ留学しているのだから、後継ぎ問題は起こるわけがない。

 最後に会った時、王宮教師たちが一様に匙を投げるほどだったので、学園しか入学できなかったのは、妥当なところ。うん、確かに妥当だが、いくらなんでも一年生が学ぶ基礎政治学を二年生で学ぶのは相当な問題だ。

「なあ、レティア。あいつ、王太子なわけ?」

「なわけないでしょう。あんなのが王太子なわけないし。いくらなんでも、国が終わる。自称だよ、自称。」

 目を座らせて笑うレティアにアシェはそうだろうな、と納得する。

 ウィンレンドは連邦共和国なので、王制ではないが、あんなバカが国のトップ・王になったら、シュレイセ王国は破滅する。

 アルフレードもそこはよく理解しているので、クリストフを次期国王に、王太子に指名していない。なにせ、ファルティナ王女は歩く人災、クリストフ王子は筋金入りのバカ。この二人のうち、どちらかを次期国王に指名するの危険すぎる。

 アルフレードとしては、次期国王を決めているので、早急に発表したいだろうが、この一件を片付けなくては、それもできない。だからこそ、レティアとアシェが送り込まれ、解決を依頼されたのだ。

「リヒト様、アイセン様、ありがとうございます。」

「いいえ、大したことではありませんよ。エリナ嬢。」

「そうだ、胸を張っていいんだ。お前は王太子殿下の大切な婚約者なんだ。」

 やや甘ったるいが、ざわりとした気持ちになるエリナの声に、にこやかに微笑むリヒトにアイセン。

―おおおおいっ!!今、なんて言った?!

 表情は崩さないが、レティアは思いっきり突っ込んだ。

 エリナが王太子の婚約者などあり得ない。いや、それ以前に王太子じゃないのに、公言してんの!!?どこまでバカなんだぁぁぁぁぁぁぁ、と絶叫したかった。

 たった三年の間に、こいつら全員、恋愛お花畑集団になり下がってたのか。これじゃ、伯父上が頭抱えるのも無理もない。

「ロクでもない奴らには、とんだ化け物がついたな。」

 頭を抱えたいのに、堪えているレティアにアシェは珍しく引きつった声をこぼす。

 なんというか、あのエリナという女。ひどくヤバい。一言で言うなら、綺麗な姿で人を惑わす毒花みたいな女だ、と感じた。

 レティアもそれに気づいている。本当にこんなバカだから引っ掛かりやすい。良くも悪くも世間を知っているファルティナの方がこれではマシに思えた。






 

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