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 頭を垂れて平伏するレティアとアシェを、尊大に見下ろすシェーナの映像なのだが、見えざる怒りが伝わってくる。

 この水晶球は遠隔映像通信球。ウィンレンドでは、ごく一般的に流通している魔道具で、遠く離れた場所であっても、通話したい者同士が水晶球を持っていれば映像付きの会話が可能となっている。しかも、魔力を持ったない者でも軽く水晶球に触れて、話したい相手を思い浮かべる刻み込まれた魔法陣の魔力が発動する優れもの。

 ウィンレンドの国民なら、誰でも持っている品だが、許可がなくては国外への持ち出しは不可能となっている。

 まぁ、どっちにしても、この手の魔道具はウィンレンドでも、シャルーナでしか造ることができない上に造らない。手間がかかるだけではなく、造っている武闘派職人集団の集落がシャルーナの奥地なので、他国の商人が行き来することが難しく、国内でしか流通ができないという特殊な事情があった。

 それでも便利な物は使い倒せの結果、シャルーナは大陸随一の住みやすさを誇っている。一般的に浸透しているのは、油を使わないのに、昼間並みに明るいランプや簡単に火がつく暖炉やかまど。蛇口をひねると、きれいな水だけでなく、お湯まで出てくる水道などが良い例だ。

 レティアもその暮らしが長くなったせいか、他国に来るとかなりの不便さを覚えてしまう。

「すみません。着信音ではなく、発光通知に切り替えてたので、慌ててしまって」

「あら、そう。まぁ、ド不便な他国ですものね~着信音通知にしていたら、さぞ周りは驚くでしょうし。」

 普通なら、嫌味の一つも飛んでくるところだが、意外にもシェーナはあっさりと許してくれ、二人は心から安堵した。

 でなければ、帰ったら、メイド集団のお仕置きは決定で、地獄が目に見えていた。

「さて、お仕事なんだけどね~、最悪に悪ぅぅぅぅぅっ~い情報よ。国王陛下と王弟公二人が土・下・座♪したわ~」

 依頼料割り増し請求しといたけど、と朗らかに言ってくれるが、その目は極悪商人にしか見えない喜びに満ちているシェーナにレティアは頬を引きつらせる。アルフレードや王弟公・オーウェルと父・ヴィルフォードが土下座して詫びる情報。

 まさかとは思うが、そんな真似をさせるのは、レティアの知る限り一人しかいない。

「あの……まさか、ファルティナが不法帰国した……んですね!!はい、もう分かりました。あいつ以外いないですよね!国のトップたちが揃って土・下・座なんて、さぞかし屈辱だったでしょうねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ~」

「レティア、ちょっと自棄になってない?」

「あら、そうもなるわよね~でも、読まれるとつまんないわ。けど、そうよね~ファルティナ王女ってば、探し人よりも弟のこと聞いて、帝国からすっ飛んで来たみたいよ。向こうのクランで知ってる子が教えてくれたの。首突っ込む気満々で戻ってくるって。」

 底抜けに明るく言ってくれるシェーナだが、レティアにしてみれば、悪夢でしかない。

 あの王女がやらかしてくれた数々を思い出せば、今でも腹が立つ。王家の金庫を何度も赤字にしてくれ、ごめ~んの一言で脱兎のごとく逃げ出し、迷惑をかけまくった王女なんて王女じゃない。正直、二度と関わりたくない従姉だ。

「レティアが帰りたくないって気持ち分かるよ。あの暴走王女、ウィンレンドでも悪名高いからな~歩く人災、害獣って。」

「それで、王女様ってば、学園に入学するんですって~王命に逆らって帰国したから、国境で足止めされたけど、いうに事欠いて、出奔したレティアが国内にいるって言って無理やり帰国したって」

 変なところで、カンの働くが、トラブル大好きな王女だ。強引に戻って来て、弟の問題を治めて、援助金をふんだくる気であるのは明白。

 この三年間で、そんな手を何十回も使っているが、全部断られたという話を耳にしていた。もう呆れるしかない。

「まぁ、どーでもいいわ。あなたたちはきっちりお仕事してね。」

「承知いたしました、盟主。予定通り、明日には学園に入学します。」

じゃぁ、よろしくね~の言葉とともに通信を切ったため、水晶球上のシェーナの姿が掻き消える。

 シェーナのあの喜びようから、迷惑料と称して、一体どれだけふんだくる気か知らないが、取られるのは当たり前だ。

 こちらへの依頼料は高額な上に、予定外の問題が不可抗力以外で発生した場合は迷惑料もしくは追加料が上乗せされる。どっかの妃の無駄遣いを削って、王家の金で支払うだろうが、知ったことではない。

 けれど、ファルティナが乱入してくると分かった時点で、潜入前からレティアはぐったりとなる。

 ただでさえクリストフたちと接触する仕事で、自分の正体がバレるのでは、と心配しているのに、あのファルティナまで来るなんて悪夢でしかない。

 シェーナも任せたくはないとか言っていたが、追加料をふんだくれるから、レティアに任せたとしか考えられなくなる。

「あんまり考えるなよ、レティア。この三年で髪型も変わったし、雰囲気も違ってるから、そう簡単にバレないって♪」

それにクリストフって奴、全く気付かないことと思うよ、と慰めるアシェに、それはそれで腹立つような、と思うレティアだった。

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