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 幼いころからクリストフ王子はバカだ、と国民に知られていた。それもそうだろう。生まれた瞬間から、クリストフの立場は決まっている。

 だというのに、王子であることを鼻にかけては威張り散らし、王宮に仕える使用人たちからは嫌われていた。それは側近という名の取り巻きの王弟公の次男に宰相の次男、騎士団長の次男も同じで、クリストフに媚び売り、威張り散らしている。

 そんな連中が揃って王立学園に入学し、しかも一人の男爵令嬢を聖女か女神のように敬い、思いを寄せている、とあれば、国民たちが嘲笑の的にするのも無理はない。

 実際、食堂でレティアたちと女将のやり取りを聞いていた客たちが面白がって、色々と教えてくれた。

 男爵令嬢のために王族専用の寮に部屋を用意させた。

 クリストフ王子を筆頭に、男爵令嬢に数十枚ものドレスを贈り合いをした。

 礼儀のなっていない男爵令嬢を注意したマナー担当の教師に王子たちが激怒し、言いがかりをつけて停職に追い込もうとした。

 あまりのふるまいに、それぞれの婚約者たちが咎めたが聞く耳を持たない。

 とにかく出るわ出るわの醜聞にレティアは耐えきれず、テーブルに突っ伏して動けなくなってしまい、堪り兼ねたアシェは早々に夕食を切り上げ、引きずるように宿の部屋に連れて行った。

「バカだ。本当にバカだ。ファルもヤバかったけど、クリスの方が更にヤバかったなんて……当たり前か。」

「当たり前って……お前の従姉弟、揃いも揃って危ない連中だな。」

 ベッドに沈んで動かないレティアのぼやきに、アシェは頬を引きつらせる。冷静で滅多なことで動じない頼りになる相棒が平然と言い放ったセリフに言葉が出ない。

「なぁ、一応聞くけど、クリストフ王子って、正真正銘のバカなんだな。」

「うん、ファルティナが暴走バカならクリストフは超ド級のカン違い野郎。婚約者にさせられてるヴィオーラ嬢がかわいそうで、陛下に何度も婚約解消してやって欲しいって言ったか、分からない。」

 そう、王宮にいた頃から、レティアは散々、アルフレードに進言した。

 令嬢の鑑と呼ばれるコルディット侯爵の娘であるヴィオーラが、あのバカ王子・クリストフの婚約者だ、なんて哀れすぎる。

 それは父や兄たちも同意見で、人望・知性に優れた宰相エドワーズの嫡男・リュークレッドと婚約を考えてやって欲しい、と訴えた。

 歩く人災・害獣の二つ名で呼ばれるファルティナだが、決して頭は悪くなく、民に対して傲慢な真似はしなかったが、クリストフは生粋のうぬぼれ高慢バカ。

 勉強は嫌いで、王宮教師たちが匙を投げるほどの成績。だが、プライドだけは世界最高峰並みに高く、自分の非を決して認めない。何かあれば、すぐに俺は王子だ、と叫び、母妃に泣きつき、全てなかったことにして片付けてしまう。一言でいうならクズだ。

 あの名君の誉れ高い国王・アルフレードから、よくもここまで劣化した子どもができたものだ、と王宮に仕える貴族のみならず使用人たちまで首を傾げた。

 さらに加えて、側近となる取り巻きたちも似たり寄ったり。国の要職を任されている親たちは全員頭を痛めているほどだ。

 大人しくさせるため、教育機関に進学する学齢を迎えたことを機に、学院への試験を受けさせたが、予想通り不合格。結果、学園に進学させて管理するしかなかったのだが、ここに来て、まさかの色恋沙汰。しかも学園中に被害を出すレベル。

 教育機関に王家・議会が介入せずの不文律がまさかの壁になってしまい、アルフレードたちはシャルーナのギルドに依頼を出すことを決めた。

「恥を忍んで頼むだけあるな~。学園に潜入して内部調査してくれなんてさ。普通、こんな依頼ないよ。」

 ボスっと音を立てて、隣のベッドに座るアシェの顔に笑みはない。

 王子たちが男爵令嬢に入れ込もうが、どうでもいい。だが、無関係の貴族子息・令嬢、職員や教師、何よりも必死に勉強して入学してきた平民に迷惑をかけているのはいただけない。

 速攻で王子たちを殴り飛ばしてやりたいが、話はそれで済まない。

「クリスに何かあれば、マググール侯爵がうるさいからね。宰相や王弟公たちも手を焼いている。あの爺さん、権力欲デカいし、無駄に野心あるから厄介なんだよね。」

 マググール侯爵は先王時代からの自称・重鎮で、丸わかりな野心を晒しているので、社交界からは腫物扱いされている上に、議会からは毛嫌いされている。

 しかも悪いことにクリストフに肩入れするので、事態をややこしくしてくれるから、迷惑千万だ。どっちにしても困った問題である。

 さて、どうしたものか、と考えを巡らせる二人だったが、レティアのバックが淡い光を発したため、慌てて飛び起き、発光している手のひらに乗るほどの大きさの水晶球を取り出す。

 見事な研磨をされた水晶球だが、その中心に八芒星の文様が複雑に刻み込まれていて、取り出した瞬間、強く光を発すると、その上に一つの映像が浮かんだ。

「あ~ら、ずいぶんと慌ててるじゃない?レティア、アシェ」

「「失礼しました、盟主!!」」

 そこに映し出されたのは、腕を組んで、こちらを見下ろす尊大な態度のシェーナ。

若干の怒りを感じ取り、二人の謝罪が見事に重なった。


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