閑話 暴走王女
グラン大陸の東に版図を広げる帝国。西の諸王国とは友好的な交流が続いているが、つい十数年前までは、大陸の覇権をかけ、交戦状態にあった。
だが、西の諸王国において最強のウィンレンド連邦共和国に攻め入った事が、帝国を落日まで追い込み、その場で和平交渉が行われ、平和条約が結ばれた。
噂だが、帝国の精鋭師団がウィンレンドのある領主が率いるギルドに所属する一パーティーに壊滅させられたとかで、恐怖したらしい。あくまで噂だが、信憑性は高い話だと囁かれている。
その帝国のあるクランに、故国・シュレイセ王国を事実上、追放処分を食らった王女・ファルティナはソロで所属していた。
なにせ、わずか二年間で起こした騒動の規模が桁外れすぎ、西の諸王国にある全ギルドから所属拒否されたため、帝国に来る以外、生活の術がなかったのだ。
「やぁぁぁぁぁっつと終わった~。約束の報酬、くださいぃぃぃぃぃ~。」
「恥も外聞もありませんね、ファルティナさん。」
「そんなので、ご飯は食べれません。この三年でたどり着いた真理です。」
「自業自得でしょう。あなたが率いたパーティー『オウガ』は確かに有名でしたよ。良い意味よりも悪い意味で知られていましたからね。」
帝都にあるクラン本部に、ズタボロな状態で駆け込んできたファルティナは周りの連中の苦笑を無視して、顔なじみの受付嬢に泣きつくが、相手も慣れたもので、毎回辛辣に黙らせる。
「だいたい、大商人の護衛を引き受けて、盗賊団を追い払ったのはいいですが、積み荷の大事なガラス細工を全部粉砕。ゴブリンやオークの襲撃から街を守ったのはいいですが、その際、収穫間近の作物まで吹き飛ばす。そのたびに賠償金が発生して、親に肩代わり。とうとう、その横暴ぶりにキレた従妹が出奔。そのあおりで、帝国じゃないと、クランに入れないなんて状態ですから。」
反論したいが、全て事実なので、言い返せないファルティナに、周囲にいた冒険者たちは必死に笑いをこらえ、顔をそらしているか、知らぬふりを通している。
「はい、その通りです。でも、ちゃんと依頼はこなしたし、依頼主から苦情はなかったでしょ?依頼料、ください。お願いしますぅぅぅぅぅ。」
「王女とは思えない姿ですね。まぁ、いいです。報酬はこちらにご用意してあります。」
カウンターに額をこすりつけるファルティナに、受付嬢はこれ以上にないほど見下して、報酬の入った袋を目の前に置く。
「ありがとうごさいますぅぅぅぅ~」
「プライドないですね~全く。また借金作ったそうですから、早いところ返済してきてください。クランの評判に関わります。」
目を潤ませて感謝を示したファルティナは受付嬢の言葉にピシリと凍り付く。なんというか、情報が早い。それがクランなのだろうが、個人的な話なのに、なぜ知ってるのだろう、と首をかしげる。
「昨日の昼に相談を受けました。先日、大立ち回りをやって壊した食堂の店主さんから修理費が足りなくて困っている、と。」
「またやったのか~ファル~」
「懲りないな~」
受付嬢の容赦ないセリフに、ぐうの音もでないファルティナを数人の顔なじみが揶揄する。言い返したいが事実なので言えない。
ついでに、ここで暴れたら、即出入り禁止。これは入会時に、クランマスターから念押しされ、誓約書まで書かされているから、大マジだ。ファルティナも生活の糧を失いたくないので、大人しくするしかなかった。
「ちゃんと払ってきます。だから、出入り禁止だけは許してください。」
「なら、いいです。」
優しさのかけらもなく、カウンターの奥へ消える受付嬢にファルティナは悲哀に満ちた涙を流し―ふと、目にした新聞の一面に跳ね起きた。
「お、ファル。そいつは今朝の新聞だ。お前さんの国、大変だな~。弟だろ?その王子様ってのは。」
知り合いの剣士が面白がって話しかけてくるが、それどころではない。
一面に大きく書かれていたのは、故国の王立学園で起こっている騒ぎ。その中心が一つ下の弟―今年、十八になる弟・クリストフとその取り巻きたち。
しかも、その理由が、一人の男爵令嬢を巡っての色恋沙汰なので、言葉がない。
三年前に追い出されてから、国元から言ってくるのは、出奔した従妹は見つかったか、というものだけで、そのほかのことは一切知らされていない。事実上の追放とはいえ、この状況を教えてくれないのは非情すぎる。
こうしてはいられない、と、ファルティナは報酬の袋を掴むと、クランから飛び出していった。
「誰です?!こんなところに新聞置いたのは!!」
とんでもない速さで飛び出していったファルティナに驚き、茫然としていた冒険者たちに受付嬢の怒号が飛んだ。
「い、いや、ファルの国の話だろ?知らないってのは、さすがに」
「ふざけないでください!!あの暴走王女がこんな話知ったら、放っておくはずないでしょう!!あの人、国王の命令無視して帰国しますよ!」
どんな被害が出るか、分かったものじゃない、と受付嬢に叫ばれ、冒険者たちは一様に青ざめた。
そうだった。あの暴走王女は国の状況を心配するなんて頭はどこにもない。あるのは、ただ一つ。こんな面白いこと、首突っ込まずにいられるか!である。
「国が違うから賠償金とかはなさそうですけど、大迷惑起こすに決まっています!」
そう断言した受付嬢の心配は的中する。
クランを飛び出したファルティナは食堂の店主に修理代を払うと、クランの宿舎から荷物をまとめて、帝国を離れた。
向かう先は、ただ一つ。故国・シュレイセ王国王都。
父王の命に背いて帰国した彼女は学園の状況を更に悪化させたのは言うまでもなかった。
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