第4話「必要な素材にアグレッシブなのがきたぁ……」
王都の時計塔、その針が十時過ぎを指す頃。
シュネーとスタッグは薬草や道具の入った紙袋を抱えながら、王都の町外れを歩いていた。
家を出た後、二人は王都へとやって来ていた。
スタッグの石化の呪いを解くために必要なものを買いに来たのだ。
幾つかの材料は畑や、家の近くにある森でも採取可能だが、それでも足りない。なのでこうして王都へやって来ていた。
ちなみにスタッグが、もしも手配されていた際の事を考えて、帽子をかぶって貰っている。トンガリ帽子にシュネーの師匠の服、とすると、体格だけならば本当にシュネーの師匠と良く似ていた。
何となく懐かしさをシュネーが感じていると、スタッグがシュネーの方を向く。
「大分買いましたね。これで大体揃ったんですか?」
「はい、大体は。一番厄介なものはスタッグさんが持ってきてくれたので、有難かったです」
「え? 僕、スッカラカンでしたよ?」
思い当たる節がないようで、スタッグは首を傾げた。
「洗う時に見つけたんですが、スタッグさんの服についていたんですよ。バジリスクの鱗」
「バジリスクの鱗!? うわぁ、気が付かなかった……というか、必要だったんですね」
「はい。もしなければ、コカトリスで代用するところでした」
「必要な素材にアグレッシブなのがきたぁ……」
コカトリスとは胴体が鶏で尾が蛇の姿をした魔獣だ。バジリスクと同様に、相手を石化させる事が出来る厄介な手合いである。
バジリスクが目が合った相手を石化させるのに対し、コカトリスは噛みついて毒を流し込む事で石化させる。
それぞれ石化させる際の方法が違うため、解除方法も違うが、石化という特性上、素材では流用が出来る。なのでバジリスクが無理ならばコカトリスで、とシュネーは考えていた。
まぁどちらも相手にするなら厄介な事には変わりないのだが。
探しやすさと対処法を比較して、それならばコカトリスくらいかなぁ、というだけの事である。
事実、街の素材屋にも、コカトリスの羽毛や卵の殻くらいは、時々だが並ぶ。
とまぁ、そんな感じなのである。
「コカトリスは、僕も見たことがないですねぇ」
「あれの生息地は山ですからねぇ」
「あー、山かー。山なら見ないですからねぇ」
一年中のほとんどを海で過ごしますし、とスタッグは笑う。
海賊だと自称していたので、それはそうだろうなぁとシュネーは思った。
「そう言えばスタッグさん、バジリスクに会ってよく無事でしたね」
「ああ、ええ。目が合った瞬間に、波がね、助けてくれたんです」
「なるほど、波ですか」
「ええ。僕だけは、運良く」
バジリスクを相手にする時は、鏡か何かでバジリスクの姿を映し、直接見ないようにして戦うのが常套だ。
スタッグはバジリスクと目が合ったが、直接ではなく、波――海水越しであったからこそ、石化が一部で済んだようだ。
あまり聞かない方法だが、水以外でも代用が出来るかもしれない。兄弟子に報告すれば役に立てそうだと、シュネーは思う。
だが今は、スタッグの石化を解除する方が先である。
シュネーは紙袋を持つ手に気合を込めた。
と、そこでふと、スタッグの言葉が引っ掛かった。
スタッグは「僕だけは」と言ったが、その言い方だと、他に人がいるようにシュネーには感じられたのだ。
「スタッグさん、あの――――」
「あ! 見て下さい、シュネーさん。
「え? あ、はい。アイスワインですね」
「ネイステイルのアイスワインは、一際甘くて美味しいんですよねぇ。やー、良く飲んだなぁ」
だが、聞こうとした時『アイスワイン始めました』と書かれた看板に目を奪われたスタッグに、話題ごと掻っ攫われてしまった。
聞くタイミングを逃したシュネーは、その後も、なかなか機会に恵まれず。
そうこうしている内に、帰途についてしまった。
◇ ◇ ◇
お昼を過ぎた頃。シュネーとスタッグは、シュネーの家がある村まで戻ってきていた。
途中、村へ帰るという荷馬車に乗せて貰ったため、思ったよりも早く到着する事が出来たのだ。
礼を言って別れ、村の中を歩いていると、あちこちから良い香りが漂ってくる。料理の匂いだ。
匂いをかいだ途端、まだお昼を摂っていない二人の腹の虫が同時に鳴いた。
シュネーとスタッグは顔を見合わせ、恥ずかしそうに笑い合った。
「おや、シュネーちゃん。彼氏かい?」
そんな事をしていると、シュネーの行きつけの雑貨屋の店主が声を掛けた。
彼氏、と言われ、シュネーは真っ赤になる。
「いいいいいえ!? ち、ちちち違いますよ!?」
「ごめんごめん、冗談だよ。シュネーちゃんにはコールマンさんガードがあるからねぇ」
「兄さんガード?」
雑貨屋の店主の言葉に、シュネーは首を傾げる。
コールマンガードとは何だろうか。二つの言葉に繋がりが見えず、シュネーが良く分からないでいると、隣で聞いていたスタッグが噴き出した。
「なるほど、それは気を付けないといけませんねぇ」
「そうそう、気をつけな兄ちゃん」
話が通じているようで、スタッグと店主はくつくつ笑い合っている。
シュネーは分からないままであったが、まぁ二人が楽しそうなので良いか、と思う事にした。
「まぁ、でも、あれだね。あんたはマルコさんにちょっと似ているから、早々酷い目には合わせられないだろうさ」
そんな話をしていた時に、雑貨屋にお客さんがやって来た。店主はシュネーとスタッグに「それじゃあ、またね」と手を振って、仕事に戻って行く。
それを見送ったシュネーとスタッグは再び歩き出した。
いつも明るくて元気の良い人だとシュネーが思っていると、
「マルコさんとは?」
と、スタッグが聞いた。
「あ、私とコールマン兄さんの魔法の師匠です」
シュネーが答えると、スタッグが「もしかして」と呟く。
それからおずおずといった様子で、
「もしかして、≪見通しの≫マルコさんですか?」
と、シュネーの師匠の名前を二つ名つきで呼んだ。
スタッグの口から、するりと《見通しの》が出てきた事に、シュネーは少し驚く。
「ご存じでしたか」
「ええ、彼にかかればどんな怪我や病でも治してしまうと、有名な方ですからねぇ。……しかし、そうか」
スタッグは自分の着ている服を見下ろした。
「大事なものを、借りてしまってすみません」
そしてシュネーにそう謝った。
スタッグの口ぶりからは、恐らくマルコが亡くなっていた事を知っているのだろう。
シュネーは「いえ」首を横に振った。
「使わずに置いておいて無駄になるなら、誰かに使って貰いたいと、きっと師匠は言います。そういう人でしたので。なので、スタッグさんに着て頂けて良かったです」
そしてはにかんだ。
シュネーとコールマンの師匠であるマルコは、お人好しという言葉通りの人だった。
誰かのために魔法を使う事を厭わない。忘れられても「忘れられても、また積み重ねれば良い」と笑って言う人だったのだ。
だからきっと、生きていたとしても、師匠はそう言うだろう。シュネーはそう思っている。
話を聞いていたスタッグは、少しだけ戸惑った様子で、
「…………何というか、コールマンさんガードは頑丈だ、というのが良く分かりました。二人分なら、確かにそうなりそうだ」
と言った。最後の方は呟くような小さな声だったので、シュネーは聞き取る事が出来なかったが。
そんあ事を話していると、遠くからシュネーたちに向かって、小さな女の子が駆けて来るのが見えた。
「あ! おねーちゃーん!」
女の子はシュネーに向かって手を振る。その腕にはくっきりと、火傷の痕があった。
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