37. Bonds
自殺。
不倫の末の子。
実の父の死と、異母兄弟とを目の当たりにして、背負いきれなくなった現実から逃げるように、彼女は身を投げた。死んだ父にあてつけるように、死んだ父の家族が住まう島で。
安っぽいドラマのような、でたらめな筋書きを自ら並べ立てて、よくあることだと勝手に納得して、ほんの数日で警察の捜査は終わった。
そう。でたらめだ。
彼女は、彼女の選んだ選択肢は、そんなに薄っぺらくはない。
否定したい気持ちはあった。でも、彼女の想いを、生き方を、踏みにじられてしまいそうで、本当のことは伏せたまま、あえてその筋書きを僕は飲み込んだ。恐らく兄も同じ理由で、捜査の結果に頷いていた。
彼女は逝った。
生まれたときからずっと、そうなることが決まっていたとでも言うように、何の躊躇も無く、彼女は最期の願いを僕ら兄弟に託して、飛んだ。
お前が彼女の背を、押した。
彼女の願いをすんなりと聞き入れた僕を、兄は責めた。僕も、それは認める。でも、聞き入れる以外、何が僕らにできたのだろう。その場を取り繕うだけの引き止めの言葉を、いくらあの時の彼女にぶつけても、結局彼女はこの結末を辿っただろう。
そもそも彼女が、それこそ命を賭して求めてきたものを、とうの昔にかなぐり捨ててしまった僕らに、彼女を引き止める権利などあったのだろうか。彼女を引き止められる言葉など、あったのだろうか。
きっとそれは、そんな行為は、彼女に対する侮辱だ。
彼女を止められる言葉など、あったはずがない。
少し無理やりかもしれない。
こじつけかもしれない。
けれど、そうやって僕は、彼女の選び取った結果を飲み込んだ。
そうやって、飲み込むほか、なかった。
彼女の手紙を託されたのは、拓郎だった。
彼女が息を引き取った、島で唯一の病院で、拓郎から、手渡された。
彼女が宿を出る時、あたしに何か大変な事が起こったら、僕に渡すように、と言われて受け取ったいた、らしい。
大変な事って、何?
そう尋ねた拓郎に彼女は、例えばあたしが死んじゃったりとか?と言って笑った、らしい。
笑った、らしいんだ。
―――つながる。
彼女は何度もその言葉を、手紙の中で綴った。
彼女が求め、焦がれていたもの。
命に変えてまで、熱望したもの。
それを追う彼女のひたむきさは、眩しかった。
―――絆。
僕が彼女に伝えたその言葉は、彼女の、つながる、にまで届いたんだろうか。
同じかけがえのなさと、同じあたたかさと、同じくらいのひたむきさで、響いただろうか。
届いたと願いたい。
響いていたと、心から、願いたい。
―――生きていてあげてください。
そのフレーズは僕の耳のずっと奥の方で、時折彼女が覗かせた、清々しく、凛として、ぶれることのない強さを携えた響きで、木霊する。
木霊して、胸に刺さる。
誰のための『あげて』なのか、その謎を、残したまま。
そして最後の、バイバイ、の軽快さが、すごく彼女らしくて、彼女らしすぎて、だから彼女の存在が、とてつもなく濃い残像で脳裏に蘇って、そんなに実態感があるのに、手を伸ばせば触れられそうなくらいなのに、もう彼女はいないんだ、という現実とのギャップが、深くて、深くて、深すぎて、とてつもなく深すぎて、だから―――涙が溢れた。
その手紙で彼女の名前が雫というのだと、初めて知った。
その名で彼女を呼びたかった。
その名で彼女を呼んで、振り向く彼女の笑みを、見たかった。
見たかったんだ。
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