第2話 パチスロ依存症、フジキ
男の名はフジキ。彼を拾い育てた村のしきたりにより、年齢が十を数える年、初めて外の世界に触れた。
大地を駆ける野生動物やモンスターたち。猛り芽吹く緑の山々。橙色の空を舞う龍ーー。
数々の刺激的な出会いは彼の知識の幅と矛盾していた。それにより、フジキは己が転生者であることを思い出した。
ーーそうだ。俺はヤクザに捕まって、医者にバラされて……。マジに異世界転生とか言うやつが出来ちまったのか? こんなにのどかで素敵な世界なら、パチスロにもタバコにもハマらずにすみそうだぜーー!
フジキが宛もなく歩いていると、道すがら、タバコを咥えたサングラスの男とすれ違った。たった一瞬その姿を見ただけで、フジキは本能的に震え上がった。
ーーありゃ、ヤクザだ……。間違いねえ。“なんとか”って技術で異世界に転生出来るって医者が言ってたけど、それってつまり俺以外にも転生してる前例があるってことだよなーー。
ーーにしてもアイツ、異世界まで来てタバコなんて吸っちゃってバカだねぇ。あんなもん臭ぇだけで何の役にも立ちゃしねぇのにーー。
フジキが前世の記憶を持ってくる選択をしたのは、狙い通りの効果を発揮していた。だがーー。
ーーな、なんだ、ありゃあーー。
フジキの前に現れたのは、恐ろしいモンスター……ではなく、全ての壁が電飾で埋め尽くされた、昼間なのに煌々と光り輝く巨大な建物だった。
田舎道に突然現れたその建物を前に、十代の好奇心は目を血走らせ、涎を垂れ流していた。
ーーいってみるかーー。
フジキは、その建物に吸い込まれるように入っていった。
ーー十年後
「うあああっ! また負けかよ畜生! インチキだろこんなの! 」
読者諸氏には既に予想がついていたであろうが、フジキが飲み込まれて行った建物は“ホール”だった。
前世の苦い記憶を持ちながらも、僅かな甘い記憶と強い光の刺激にやられて脳が溶かされる。これが依存性の恐ろしいところだ。バカは死んだって治らない。
ちなみに、この世界ではどこの国の領土でもない、法律の及ばない地域がまだ広く残っており、このホールもその地域で営業していることから、遊戯の年齢制限や還元率の加減設定などは勿論存在しないし、勿論二十四時間営業だ。
「また負けたねェ。そんじゃァ、今日も行っとこうかァ」
後ろで待ち構えていたヤクザがフジキの肩を叩く。
「望むところだバカヤロォ! 」
この世界では、例え無職の者が借金を拵えたとしても、返す宛は幾らでもある。
“親切な旅人”が何故かそこら中に残してくれた有用なアイテムは、店に持っていけば売値の半額で買い取ってくれるし、そこら辺にいるモンスターを倒せば、媒介にした人間の欲ーー即ち、硬貨ーーが直接手に入る。街や村に被害をもたらす個体なら、更に懸賞金が手に入る。
「まぁ、待っててくださいよ、ナカムラさん。すぐ稼いで来ますから」
「うーぃ。手短に頼むわ」
慣れたようなやり取りを済ますと、フジキはモンスターの群れへ突っ込んで行った。
「兄貴、あいつ、ホントに大丈夫なんすかァ? 」
「死んだら呪術師にでも死体売りゃあいーだろ。まぁ見とけ“あいつは強え”」
フジキがモンスターの群れの前で大声を上げると、群れの内の一体が藤木に気づき、飛びかかってきた!
「“なんとかパンサー”だったっけ。お前の開戦からの攻撃モーションは三種類。期待度高い順に、“体当たり”、“左の爪”、“噛みつき”。今回は爪か。まあ良いだろーー」
「あ、兄貴ィ! アイツなんかブツブツ言ってますけど、大丈夫なんすか!? 」
「あいつはどうしようもねぇパチスロ脳なんだ」
フジキは、目押し由来の動体視力で“なんとかパンサー”の爪を難なく躱して見せた。
「“2チェ”に比べりゃ止まって見えるぜ」
そして、見る間に攻撃の構えを取ると、“なんとかパンサー”に叩き込んだ!
「“逆押し”だァァ! あたあ! あたあ! おわったあ! 」
フジキは右手の親指による指打で、“なんとかパンサー”の背骨を一瞬で三つ外した。
「あ、あに……強ぇ……」
泡を吹いて動かなくなった“なんとかパンサー”の首をへし折り息の根を止めると、その体は燃えるように光になって消え去り、跡には硬貨だけが残った。
「まだ足りねえな。もっと来おおい! 」
更にフジキが挑発すると、後ろに控えていたモンスター達も、フジキ目掛けて飛びかかった。
「あいつ、武闘家だったんすか? 」
「いーや、無職だ。ただパチスロに依存しすぎただけのな」
ーー数分後
「お待たせしました。これで足りますか」
フジキは、ジャラジャラと音が鳴る小銭袋から金貨三枚を取り出して、ナカムラに手渡した。
「あー、利息分にはちっと多いな。お前さんも“種銭”は多い方が良いだろう。ほら、釣りだ」
ナカムラは、銀貨四枚をフジキに握らせた。
「今日も沢山稼いだね、フジキくん。その金持ってどこ行くんだい? 」
「うるせー。余計なお世話でしょうが」
ナカムラの世間話に対し、フジキはぶっきらぼうに返事をすると、来た道を戻って行った。
「あいつ……またホールに行くんですかい? あんなに強かったら、冒険者とか王宮から声かかりそうなもんすけどね……」
「ま、クズはどこまで行ったってクズってこった。よーし、タカシ、風呂行くか」
「へい! 」
夕暮れが照りかける道の中、二人のヤクザは銭湯へ向かった。
異世界のクズたち 稲苗野 マ木 @Maki_Inaeno
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界のクズたちの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます