第30話 仮説と同族嫌悪


 部屋に一瞬の沈黙が流れる。


「区長が、二人……」

「ええ。あくまで推察ですが。至極真っ当に区長職を遂行している者と、式神を使って裏仕事をしている者がいると考えています。この場合、後者が前者を妨害しているように思えますから、協力関係ではなかったようですが」

「なる、ほど?」

「……さてはあまり分かっていませんね? はあ。説明してあげますから耳かっぽじって良く聞いてくださいよ」


 目を泳がせながら分かった体を装うリチャードに、ガブリエレが呆れながら説明をし始める。彼は性格のキツい部類だが、リチャードには少し甘いらしい。


 彼の仮説はこうだ。

 普段から演説などを行い、区の運営を行っている方の区長を“善の区長”、以下善とする。逆に、呪術師であり例の虐殺事件を起こした犯人を“悪の区長”、以下悪とする。

 今回死んだのは悪の方で、善は今のところ行方不明である。事件以降鳴りを潜めており音沙汰も全くないことから、立場が危うくなって逃げたかとっくに殺されているかだと思われる。


 また、善と悪は対立関係にある。もし協力関係にあったなら、悪はあれほど目立つ行動をしないだろう。もっと暗躍して善の立場が危うくならないように配慮したはずだ。

 途中まで協力関係で、その後に破綻した可能性もある。


「そして、善と悪は双子か兄弟ですね」


 悪の遺体は見たらすぐに“区長”だと分かる風貌をしていた。悪が裏で秘密裏に行動していたとしても、時々区長の立場を騙っていたとしても、“区長”は善の見た目であるからして、それとそっくりな風貌だということは二人が血縁者なのは間違いない。


 今回の事件では、悪が派手に動くことで“区長”に、つまり善に罪を押し付けることが出来る。悪の目的は定かではないが、善に不利益を与えようとしていたのだろう。


「――軽くまとめるとこんな感じですが、理解できましたか?」

「うん、まあ、大体」

「そこは完璧に理解して欲しかったですけど、妥協しましょう」

「ああ、ありがとう。――でも、もしも、もしもだ。本当に区長が二人いるとして、性格が大きく違うのならすぐバレるというか……。善の方が『双子だから、自分は犯人ではない』と言ってしまえば、悪がやったことは無意味というか」

「ええ、そうですね。ですから、口封じしたのかもしれませんよ? 善の方、先程言ったように行方不明ですから。ま、これが丸っきり間違いで、“区長”は一人で悪であり善なのかもしれませんが。何度も言いますが、ただの推測ですので」

「うん、分かった。――その仮説、頭には置いておこう」


 リチャードはその内容をメモして、情報管理課に送ることにした。一通り筋は通っているし、有り得ることではあるからだ。

 書く音が響く室内でガブリエレは彼がしようとしていることを察して、静かに座っていた。


 そこへ、ガブリエレだけが聞こえる音量の足音が近付いてきた。盲目の彼は音や匂いに敏感で、その足音だけで誰が来たか分かるのが特技だった。


「……チッ。嫌なのが来ました」

「嫌なの?」

「ええ」


 言っているうちに、足音は足早に部屋へ向かってくる。その姿がリチャードの目に映った。


「おや、レノ。どうしたんだい?」

「いえ、別に。変態医者からの新しい報告書ができたようなので。届けに来ただけです」


 明らかに不機嫌そうになったガブリエレには見向きもせず、リチャードへと資料を手渡す。


「ああ、ありがとう。ここ、内線がないから助かるよ」

「はい」

「それと、これ。区長に関する仮説だよ。エリーが考えたんだ。代わりに情報管理課に持って行って欲しい」

「はい」


 紙切れを受け取り、簡潔に会話を終えて去ろうとするレノに向けてガブリエレが声をかけた。


「貴方、相も変わらずがちゃがちゃとうるさい足音ですね。本当に不愉快です」


 唐突に辛辣な、そして理不尽なことを言われた彼だが、他部署で言われ慣れていたためか事も無げに言い返す。


「あっそ。君が愉快なところなんて別に見たくないから。勝手に不快になってれば?」

「ええ、そうさせてもらっていますが。確か前にも同じことを言いましたよね? 改善しようとは思わないのですか?」

「こんな面倒なこというの君だけだし。直して欲しいならどこがどう煩いのか具体的に言いなよ」

「言ったところで分からないでしょう、貴方は」

「じゃあ言うな。君と話してても時間の無駄だから行くね。じゃあね」


 互いに似たような態度で口喧嘩をした後、レノが一方的に会話を切って帰って行った。


「嫌なのってレノのことか。確かに君たちは似たもの同――」

「全然似てませんが」

「まだ言ってないだろう……。それとね、その返答も全く同じだよ、彼と」

「…………」


 どす、とテーブルの下から鈍い音が響く。


「いたた! 踵で爪先踏み潰すのはやめてくれ!」


 解放された足を擦りながらほっと息をつくリチャード。


「はあ。似ているという件に関しては絶対に頑として認めませんが、彼の事は嫌いではありませんよ。嫌なだけです」

「嫌いと嫌の違いはよく分からないが、それはさておき。何故嫌なんだい?」

「足音が不快、ソリが合わない、融通が利かない、などなど挙げだしたら切りがありません」

「とにかく、性格が合わないということは分かったよ」

「まあ、最も大きな理由としては、御影みかげが見向きもしないことですかね」

「はい?」

「これは犬らしく鼻が利くんです。ぼく以上にね。……だから嫌です」

「……? ちょっと何を言っているのか分からないが……」

「分からなくて結構です。取るに足りないことですから。それより、その変態医者からの報告を読んでください。ぼくには事件の真相の方が気になりますので」

「あ、ああ。そうするよ」

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