第29話 盲目の探偵
「これは……大変なことになったね」
警察局の局内図書室で、リチャードが悩ましそうに呟いた。
彼らがいる場所は広い図書室の一角、『図書会議室D』と書かれた小さな部屋。普段ガブリエレと
テーブルの上には大量の資料が山積みにされて、手に取られるのを待っている。これらは現地調査課と調査部が呪術師の家で行った調査の結果だ。一度情報管理部に回されて整理された後、こちらに回されたコピーである。
リチャードはその一つ一つを確認しながら、重要な場所を音読していた。目の見えないガブリエレにも分かるようにという配慮だ。さすがにこれらを全て点字化するとなると時間が足りず、調査の妨げになるためそうされていなかった。
「大変なこと、ですか」
「うん。主に脳味噌がね……。エリーは大丈夫かもしれないけれど、私みたいに平凡だと、何が何やらさっぱりだよ」
「そうですか」
リチャードが読んだのは、家の地下の内情を記したものと、レノが見つけたパソコンの記録、それから
これらから浮き彫りになってきたのは呪術師に扱われている式神の待遇の酷さだ。
恐らくは”ドール”のことだと思われる『
鎖に繋がれていた女性や男性たちは、パソコンの記録やその他の報告からして、有用な式神を産ませるための”装置”にされていたとみられる。
際限なく産ませられる苦痛はとてもじゃないが計り知れない。その上、現場の衛生状態も最悪で、産まれた子供も高確率で死んだのではないかと思われる。彼らが狂死するのも頷けるというものだ。生き残っていた数人も『正気には見えなかった』との報告がある。
遺体は数が多く、クローフィに任せるのは負担になりすぎるということで人間の医師に任せられたが、彼らも揃って顔を顰めたという。
パソコンの記録から『仙術を持たない式神』の存在も確認でき、これは恐らく『赤嶺家』で近親相姦を繰り返させられた結果、遺伝子が薄れたか異常をきたしたのだろうと結論付けられた。そして、記録を書いたのは区長を射殺した、幽に瓜二つな女性で間違いないとされている。
「そう考えると、
「まあ、そうですね。自由がないなんて糞食らえですが、多少マシですかね」
ガブリエレは杖で床をとんとんと叩いた。
幽が犯した罪も大概だが、区長の罪はその数倍になりそうだ。審議にかける場合、被疑者死亡のまま重罪となるかもしれない。
「この場合、どうなるんだろう。ドール……おっと、幽さんの立場では区長に従わざるを得なかったわけで。彼が殺人に対してどのように思っていたかは分からないけれど、彼に罰を与えるのは正しいのだろうか?」
「さあ、どうでしょうね。貴方は、操り人形が人を殺したとして、その操り人形を罰するんですか? それとも、それを操っていた人間を罰するんですか?」
「それは…………もちろん人間の方だろうね」
「それなら今回も同じでしょう。脳のない木偶人形を罰したところで意味なんかないんですから」
「うーん、まあ、そうなんだろうけどね。その人形が”生きている”という点が引っかかってくると思うんだ」
「そうですか。罪だの罰だの面倒くさいですね」
「そうじゃないと秩序が、ね」
リチャードの発言を鼻で嗤いながら、盲目の青年は椅子に座り直した。今日も今日とて傍にいる御影は、つまらないのか立ったまま寝ていた。
「とりあえず、そんなどうでも良いことは置いておきましょう。この事件、結構気になるところが多いですからね。ぼくとしては興味がそそられてなりません」
「ああ、エリーならそう言うだろうと思ったよ。良ければ、君の中で分かったことを教えて欲しい」
「良いですよ。ちょうど気になったことがいくつかありますし」
ガブリエレはそう前置きして、自分の考えを話し出した。
まず、区長は相当な野心家であること。
これは“中央区を発展させる”という計画のためなら手段を選ばないことからも推察出来る。区長の力量だけで国の中心都市を発展させたということになれば、自分の地位を固められるだけではなく他区長よりも高い地位を得られる可能性もある。故に、それを狙っての“計画都市計画”だったのだろう。これは日記の内容からも読み取れる。
ただ、問題は手段があまりにも手荒だったことだ。下手をすればすぐにバレるような殺人事件ばかりを起こし、その一方で捜査に協力する姿勢すら見せた。
「信用を得るという点で捜査に協力するのは頷けますが、邪魔者を始末して計画を推し進めるという“裏の計画”がお粗末過ぎませんか? 殺し方が全く同じなのも犯人ですと言っているようなものですし」
あの虐殺事件を起こした時点で犯人は自ずと絞れてしまう。その前から続いていた事件と関連があることは丸わかりであったし、区長が真っ先に疑われるのも予想出来たはずだ。
「それをわざわざ実行してきた、という点が怪しいですね」
次にパソコンの記録について話し始めた。
「その記録、少しきな臭いんですよね。途中でデータが破損しているようですが、その前と後で人が変わりすぎていませんか?」
「……確かに、幽さんへの態度は大きく変わっているね」
「ええ。前は幽を殺そうとまで思っているようですが、後は守ることばかりになっています。百八十度性格が変わっていますよね」
「言われてみればそうだね。日付けが結構飛んでいるようだから、その間に心変わりした可能性もあるけれど」
「まあ、多少の変化はあるでしょうが、ここまで変わるものですかね」
「…………」
「それと、もう一つ。記録と共に書いてある“愚痴”についてですが、破損後は幽の事を“あの子”と記し、一度も名前を記していませんね?」
「……本当だ……」
「ぼくが言いたいこと、分かりますか?」
リチャードは一瞬悩んで、答える。
「二人いる、ってことかい?」
「そうです」
この記録を書いたのは一人ではなく、途中ですげ替わっている。そう考えれば性格や書き方が変わったことの辻褄が合うのだ。
「そうなれば、不都合な部分のデータを意図的に破壊したとも考えられます」
「それはそうだね。……でも、すげ替わった理由は? 後、誰と?」
「はあ。貴方は質問ばかりですね。誰と、くらい自分で考えたら如何ですか?」
「う……す、すまない。つい頼ってばかりになってしまった」
「別に良いですけど。まあ、その話は後でするとして、重要なのはこれがヒントになっているかもしれないということです」
「え、えっと、どういうことだい?」
「これだから馬鹿は。先程区長の行動が怪しいと言ったでしょう」
「ああ。……えっ?」
リチャードはガブリエレの言わんとしていることを理解して驚愕した顔になる。その驚いた声を聞いて、ガブリエレは面白そうに口元を歪めた。
「貴方も分かりましたか。……もしかしたら区長も、二人いるのかもしれませんね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます