第28話 親と子


 レノや弑流しいなが別の場所でそれぞれの仕事をしていたとき、京極きょうごくの親子もまた、別の場所で仕事をしていた。


 彼らの任務は地下の一番奥の部屋で資料の整理や調査をすることだ。どうやら区長の部屋らしく、ここだけやたら清潔で豪華な造りになっていた。仕事用の机と本棚、椅子など生活に必要な物は大体揃っていて、ベッドだけがない。仕事部屋のようだが、寝泊まりすることはなかったのかもしれない。


 本棚には当たり前のようにびっしりと呪術の本が入っている。呪術の本――呪術書は現代の共通語とは違う、古代文字か何かで書かれている本のことだ。既に廃れた文字なのか呪術師独自の文字なのか、それすらもよく分かっていない。ほとんどの人間が使いやすく何処でも通じる共通語を使うため、その国独自の言語を知っている人間が少ないのだ。華宮かきゅうの国民だけは今でも華宮語を使っているというが、呪術書の言語は少なくとも華宮語ではない。


 この言語は、仮に”呪文じゅぶん”と呼ばれている。


 ひじりは呪術書を棚から下ろしつつ、中身を確認していく。区長が残したメモなどが挟まれている場合は付箋を貼らなくてはならない。共通語で書かれている場合は読むが、呪文じゅぶんで書かれている場合は付箋を貼るだけに留める。


 中身の確認が済んだら仕分けてから箱に詰め、警察局へと持ち帰る。呪術書が読める者などほとんどいないが、いつかは解読しなければならないためだ。とりあえず、医者と平行して人外について研究しているクローフィに届けられるだろう。


 山のようにある呪術書を黙々と読み、仕分けていく聖を現地調査課の局員二人がちらちらと見ていた。


「……おい、あれって例の?」

「しっ、聞こえるだろ。目を付けられたら殺されるかもしれないんだぞ」


 手は動かしながら、ヒソヒソと話をする。静かな部屋であるため当然聖には聞こえているが、彼は無言で聞き流した。


「何で殺人鬼なんかと一緒に仕事をしなくちゃならないんだ」

「しょうがねえさ。最高審議長の決定なんだから」

「それが気に掛かるんだよな……。五人殺した上に誘拐の容疑まであるのに、自由にさせるなんてどうかしてる」


 局員たちの陰口は今に始まったことではなく、今まで散々耳に入ってきたことだった。聞き飽きるほど聞き慣れていた。何より、そう言われることを”した”という自覚がある以上、聖には言い返すという選択肢はなかった。


 聞こえないフリをして、ただ丁寧に仕事をしていく。


「その誘拐された子供があいつに懐いているんだから、審議長も甘い判断をせざるを得なかったんだろう。……上手いことやるよなぁ」

「本当に。その子供が可哀想だ。いくら懐いていると言っても、人を殺すような奴と一緒にさせるなんて危険すぎる」

「ああ。きっとあの子供は騙されているんだろうね。じゃなけりゃ、殺人犯をあそこまで信頼しないだろう」


 二人の会話は少しずつ熱が入り、声が大きくなる。それに比例して次第に作業の手も止まり、ただの雑談になり始めた。

 警察局での立場的にも注意出来ない聖だが、さすがに注意しようかと思案する。


 そして、その思案は数分後に無駄となった。呪術書が詰まった箱を外まで運び出していたみおが帰ってきたからだ。


 彼は部屋の入り口付近で雑談している二人の背後に立つと、わざと聞こえるように舌打ちした。二人の局員は慌てて避けて振り返り、そこに冷たい顔で立つ澪の姿を認めた。気まずそうに顔を合わせ、そそくさと作業に戻る。大量に積まれている箱を、澪と同じように運んでいった。


 それに鼻を鳴らして、彼は聖の元まで戻ってきた。


義父とうさん、大丈夫?」


 耳の良い澪に、どれだけ聞こえていたかは分からない。だが、聖が悪口を言われていることは理解しているらしい。先程とは打って変わって心配そうな顔をしている息子に、聖も表情を緩ませる。


「ああ、大丈夫だ。気にするな」

「……あいつら、義父さんのこと何も知らないくせに。愚痴を言うなら義父さんの前に僕を助ければ良かった話でしょ。出来もしなかった奴が後から言うなよ」


 忌々しそうに顔を歪める澪を見て、聖は苦笑しながら宥めることにした。澪がどう思っていようと、あの局員二人が言っていたことは正しい。聖としては、『自分を助けた相手がどんな人間か』を彼にも考えて欲しいのだ。


「ありがとう、澪。でもな、あの人達の言っていることは正しいんだ。俺も本当はおまえに犯罪者の息子になんて、なって欲しくないんだよ」

「…………。前にも言っただろ。僕には義父さん以外に信用出来る人間はいないし、信用したくもないって」

「分かってる。でも、世間から見たらそうはいかない。俺と一緒にいるせいで、おまえに不利益がもたらされるんだ。俺が死んだ後、それじゃ困るだろう?」

「いや、義父さんが死んだら僕も死ぬから。不利益なんてないよ」

「……冗談でもそんなことを言うな」

「冗談じゃない。義父さんが助けてくれなければ死んでたんだ。延命してもらった命をその人のために捨てるのは当然じゃないか」


 なかなか言うことを聞いてくれない義理息子にため息を吐く。助けたのが自分じゃなければ、という思いも捨てきれない。


「澪。これは言わないようにしていたんだが、俺は元々自殺する予定だったんだ」

「……え?」

「この世に未練はなかったからな。でも、おまえを見つけて思い留まったんだ。この子のために生きようってな。詰まるところ、おまえのおかげなんだ。今ここに居るのはな。……いずれにしろ俺の方が、寿命で先に死ぬだろう。それでも、俺が死んだ後もおまえが生きていてくれた方が、俺は嬉しい」

「…………」

「さて、話はこのくらいにして仕事をしよう。あまり雑談にかまけていると、あの二人と同じになってしまうぞ」

「……うん」


 聖は話を切り上げて、呪術書の整理に戻った。澪もそれ以降は口を開かず、聖を手伝って呪術書を手に取った。



=-=-=-=-=-=-=-=-=-


聖と澪の過去は、そのうち明らかになります。

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