第27話 とある女性の記録
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○月 ×日
私の名前は
女として産まれながら子供を産めない私は、殺される代わりに一族の管理を申し出たのだけど。”生産”の手伝いは一番嫌だ。あんな
記録には連絡が必要な出来事だけを書けばいいけれど、愚痴を書いたところでバレないし、大丈夫な部分だけあの男に送ってやればいい。
普段威張りくさっている奴は、私なんかの記録を盗み見たりしないだろう。好き勝手書いてやる。何ならいつか、警察局にでも送りつけて悪事をばらしてやるんだから。
○月 ×日
私に任された初めての子供は、私の弟だ。弟といっても”10番”の子供であるから、本当の弟ではない。何番であれ全員血が繋がっているから、それの子である以上肉親なのは間違いないけれど。銀の目も黒の髪も、私と何ら変わらないし。
幼子の扱いというのは難しい。何かあれば泣く。何もなくても泣く。常に清潔に保たなければ死んでしまう恐れもある。とても大変だが、子を産めない分頑張らなくては。
ミルクは人工のものを使用する。”母親たち”に子育ては出来ない上、私はまだ10代で母乳なんか出せないからだ。人間用のものだが、体の作りは私達も人間とそう変わらないので大丈夫だろう。
私が雑事を名乗り出る前は人間の
初めての育児に困惑する私のために、ご主人様が寛大にもお手伝いを呼んでくださった。彼がどこかで出会った女性で、しばらくは一緒に弟の世話をしてくれるらしい。ありがたい話だ。
面倒ごとを任されてしまった。まあそういう条件だったんだけど、まさかここまで大変だとは。育児が上手く出来ないからって怒鳴ったり殴ったりしてくるあの男にも嫌気が差す。自分はふんぞり返っているだけのくせに、よくあんなことが出来るな。手伝いを呼んだのは正直助かるけど、そこだけでは感謝してやる価値もない。
子供を産めない、産んだことのない私には荷が重い。子供に罪はないが、誰とも知れない子供の世話をやらされる私の身にもなって欲しい。この子供が死ねば楽になるだろうが、そうしたら私の命までおさらばだ。そういう意味では絶対に死なせてはならない。きちんと育てて成果が出れば、ちょっとは信頼度が上がるかもしれないから、仕方なく育てるか。
……いや、途中まで育てて逃げるか。育てながらこの家を調べるのも面白そうだ。脱出の糸口も見えるかも知れない。
○月 ×日
心なしか大きくなってきたように見える弟には、
幽は健康的に何の問題もなく育っていて、泣くばかりではなく笑顔も見せるようになった。手伝いの女性も居てくれるので、他のことにも手が回るようになってきた。そのため、部屋の整理もしている。
名前なんか付けても呼ばないくせに。私のことも「お前」とか「女」とか言って、「結」と呼ばれたことはない。まあ、呼ばれても反吐が出るだけだけど。
幽は男だから、このまま行けば実戦に出してもらえる。私なんか仙術が使えてもこうして子守させられているのに。
あの男は産まれた子供が女であれば仙術が備わっているかすら見ようとしない。女だから番号付けられて飼育されて、子供産む機械にされなきゃいけないとか、本当クソ食らえだ。私はそうなっていないだけマシだけど、男だったら”機械役”でも楽だろうし、仙術がある程度使えれば外にも出してもらえる。
あーあ、私が結じゃなくて幽だったらなあ。
筋違いとか分かってるけど、この子供を恨まずにはいられない。いっそ殺してしまいたい。本当の母親だったら情も湧くんだろうけど。
○月 ×日
ご主人様から渡された家系図に、産まれた子供達のことなどを記載する係を仰せつかった。育児の合間にすれば良いと。
家系図は蟻の巣のように網目状に広がり、付け足すのは簡単でも遡るのは難しそうだった。とりあえず、”10番”の下に幽の名前を付け足しておいた。
また面倒くさいことを押し付けられた。こっちは夜泣きやら何やらで夜も眠れないような状態なのに。手伝いの女がいなかったら発狂していたかもしれないな。
ただ、家系図の詳細を読むのは興味をそそられた。男であっても死んでいる者ばっかりだったからだ。男はずるいと思っていたが、そうでもないらしい。死亡理由もきちんと記載されていた。ほとんどは任務中に別の式神に殺されたようだ。近親相姦を繰り返させられて、仙術は強まるばかりか衰えているのだから当たり前か。こんな所じゃなくて外で死ねた点は羨ましいけど、奴の命令に従った挙げ句殺されるとか冗談じゃない。
幽が泣いていてうるさい。続きは明日書く。
○月 ×日
部屋の掃除をした。家系図も少し整理した。
幽は今日も元気で異変もない。順調だ。
死亡理由について、悍ましいものを見つけた。要約すると『口うるさいから舌を切ったら死んだ』『口を縫ったら物を食えなくて死んだ』『痛覚を消すための薬で死んだ』『耳を潰した直後の任務で車に轢かれて死んだ』『目が気に食わないから抉ったら死んだ』……。死んだ、死んだ、死んだ。自分の主人に残虐な仕打ちを受けて、死んだ。
ここまで来て、私はようやく分かった。この家に産まれた時点で、生きる道などなかったのだと。あの男は私たちを道具としてしか見ていないのだと。……いや、道具そのものではなく”生きた道具”だからこそ、こんな仕打ちをされるのだと。
一人だけ、そのどれとも違う内容が書かれていた。
名前の欄は空。かなり前に死んだ”2番”の子供。男だけど、仙術の発現がなかったために”処分”されたとある。死亡理由は細かい記載がなく、簡潔に『処分』とだけ。
式神で仙術がないとなれば不幸だが、このクソみたいな場所に限って幸せな死に方に見える。
今はこの場で一番幸せであろう幽もこのような道を辿るとなれば、少しだけ可哀想な気がした。ここで息の根を止めてあげて、私も逃げてしまおうか。
手伝いの女、邪魔だな。
○月 ×日
幽は二足歩行が出来るようになった。おぼろげだが、何か言語も喋っている。離乳食もそろそろ普通の食事に変えていっていいかもしれない。こちらは全く問題ない。
”生産”の方はかなり良くない状態だ。狂死する者もいるし、死産もある。このままでは赤嶺家は終わりだ。ご主人様をお支えする式神がいなくなってしまう。
今日、――いの―が――――をしてき―。詳しく―――――と、悪くない―――。私と―――――て彼女が私の―――――、私は彼女の――をして――――というものだ。どうして――な―――――の―、全く――出――か―――、どうやら―に―――いたら――。私よりも―――年齢が―――――で、母親の――――もなって――――――――。
――、私が――――逃げられる――ら―――――。どうやって私に―――――つもりなのか――ない―、どうにかなった――――知った――――――。私は私の―――――――。
…………―も逃げられたら、更に―――良い―――。
【データが破損しています。一部を正常に表示出来ません】
○月 ×日
”生産”の管理は他の者に任せ、私は区長様の補佐をすることになった。幽には食事をしっかり食べさせ、戦闘訓練もさせている。仙術も上手く扱えるようになった。区長様の手足となるまでにそう時間はかからないだろう。
補佐としての仕事の一環で、区長様の自宅へお邪魔させていただいた。とても、とても綺麗なご自宅だった。ここでなら、仕事も捗りそうだ。
【データが破損しています】
○月 ×日
ついに幽を区長様へ引き渡した。これからは彼と幽を補佐するために働く。
区長様は私の体に呪いを刻まれた。とても光栄なことだ。私も直属の式神の一人として認められたということなのだから。
ああ、あの子は一体どうなってしまうのだろうか。碌な扱われ方をしないのは目に見えている。育児中、世話中、訓練中……それぞれで見せてくれたあの笑顔は、もう二度と見られないかもしれない。本当にこれで良かったのか。
こんなつもりじゃなかった。こんなつもりでは。
あの子もあの女性もただ利用するつもりだったのに。今ではあの子が傍にいないのが怖い。
あの男はあの子にも同じ呪いを刻むだろう。いつでも心臓を握り潰せる、それでいてあいつが死んだら一緒に死ぬ呪いを。
この胸の痛みは、呪いのせいだけなのだろうか。
○月 ×日
幽は初めての任務を失敗した。ターゲットの少女に情をかけたせいで殺せなかったのだ。しかも、それを見張りに見つかるという失態まで犯した。
区長様はお怒りで、私の管理不行き届きも叱咤なされた。猛省するしかない。
私は幽に会うことを禁じられたが、正当な判断だろう。甘んじて受ける。
もう、やめて欲しい。
隣の部屋からあの子の泣き叫ぶ声が聞こえる。『痛い』『苦しい』『助けて』。喉が張り裂けてしまうのではないかと思えるほどの絶叫はいつまでも続き、まるで地獄の様だった。助けてあげたかった。大丈夫だよって言って抱きしめてあげたかった。だけど、私の居る部屋には鍵がかけられていて出られない。例え出られたとしても、命令無視だと心臓を潰されて終わりだろう。だから、ただ扉の前で無事を祈って跪くことしか出来ない。
あの子の悲鳴は掠れて聞こえなくなって、呻き啜り泣く声に変わっていった。
やめてくれ。もう、やめてくれ。
私ならどうなってもいい。好きなように殺して貰って構わないから、どうか、その子だけは。
○月 ×日
計画は順調に進んでいる。幽は出来損ないから優秀なハンターへと成長した。任務を背負って外に出れば、必ず1人殺して帰ってくる。
私は未だに幽に会えないが、区長様から彼の状況は聞いている。無駄口を叩かず、素直に命令に従い、しっかりと完遂して帰ってくると。私の至らなかった部分を、区長様の教育でここまで補強なさるとはさすがだ。感服の到りである。
いつもの部屋にあの子が連れ込まれても、最近は声も上げなくなった。私は未だに会わせてもらえず、ただあの男の仕事の処理やら”生産”やらをさせられている。だから、彼がどんなことになっているか、何をされているか、何も知らなかった。
あの男が1度だけ、私の部屋の鍵をかけ忘れた事があったので、こっそり覗きに行った。無事でいて欲しい。その一心だった。
部屋に入った私は思わず唖然としてしまった。天井に鉄の糸で吊り上げられたあの子は、まるで糸の絡まった操り人形のようだった。食い込んだ糸のせいで体中が切れ、全身血塗れのまま血を滴らせているのに、その顔には何の感情も浮かばない。顔からはすっかり感情が抜け落ちて、ガラス玉に似た虚ろな目は何処を見るでもなく宙を向いていた。本当に人形に作り替えられてしまったのかと思ってしまうほどだった。
見るだけで悍ましいその光景を前にして、私は悟った。
ああ、もう手遅れだ、と。もうこの子は救えないのだと。二度と、あの笑顔は見られないと。
絶望のあまり、泣くことさえ出来なかった。彼のあの目にはもう私は映っていない。それほどまでに、彼は壊れてしまったのだ。
許せない。許さない。あの男を何とかして殺さなければいけない。
ああ、どんなに惨たらしく殺してやればお似合いだろうか。
○月×日
計画は順調。何の問題もない。区長様を邪魔する者は着実に減っていっている。このまま計画が進めば、彼は中央区を発展させた功労者として確固たる地位を確立するだろう。そうなれば、ようやく区長様の長い計画が完成する。
区長様は生まれつき呪力が低く、ならば権力を得るまでだと奮起なされた。呪術師として力を継いだものの、代々受け継ぐごとに呪力は薄まっていたからだ。1代でここまで立場を確立なさったのは努力の賜だろう。
さて、その素晴らしい区長様が大きな権力をお持ちになるまであと少しだ。
あの野郎を殺す算段はついた。あの子の胸の呪いだけが厄介だが、それさえ何とかすれば、あの子を守ったまま奴を殺すことが出来る。こちらもタイミングが合えば何とか出来るはずだ。問題は、それまであの子の命が持つかだ。
今日は別の式神に大きな傷を負わされて帰ってきて、それを知った奴はあの子を酷くいたぶった。その上休ませもせずに次の命令をした。この外道が。
あの子が死んでしまう。
私は慌てて食べ物を与えた。飲み物にも栄養剤を溶かしておいた。
頼むから、どうか耐えてくれ。
これで、最後だ。最後の任務にしてみせる。私があの野郎を殺してみせる。だからどうか、あと少しだけ、頑張って欲しい。
§―――§―――§
「…………」
この家で何が行われていたかが粗方分かってしまったからだ。その内容にも、情報の重さにも思考が停止してしまったのである。
レノの任務はこの部屋の整理だった。見るべき場所が多すぎるため、人手不足で手が回らなかったようだ。一見何の変哲もない小さな部屋だったので、後に回されたらしい。整理整頓が苦手なレノからすれば面倒くさい任務だが、人と関わる必要がないという点で、この任務を選んだのだ。
自分のペースで黙々と作業していたところ、隠されるように仕舞われていたパソコンを見つけた。そうして今に到る。
手元のUSBメモリをパソコンに差し、データをコピーする。一部破損しているとはいえここの内情が分かる貴重な資料だ、持ち帰る必要がある。コピーしておくことで万が一データが消えたときのバックアップにもなる。
データ移行完了の画面が出た後、ハードウェアを安全に取り外すための操作をしてからUSBを抜いた。
一度パソコンに差し直してデータが入っているか確認してから、もう一度取り外す。シャットダウンしてパソコンを閉じた。
この部屋には、それ以外にめぼしいものはない。記録からすると記録係である女性の部屋のようだが、最低限生活に必要なものしかない。
気になったものと言えば、電源を抜かれて机の引き出しに仕舞われていたこのパソコンと、扉の内側に付いていた大量の引っ掻き傷。記録から考えて、女性が部屋から出ようとした時に付いたのだろう。
後は、本当にこれといった物はなかった。棚の中には一人分くらいの女性の服が入っていたが、それにも変わった点もない。
ここが後回しにされた理由もよく分かる。
レノは部屋を全部見直した後、最初に渡された資料に記載されていた電話番号に、調査終了の旨を連絡した。
「……やっぱり、権力者なんて碌な奴がいないな」
そんな呟きを残して、部屋を後にした。
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