第15話 獲物


 この作戦は早朝に始まり、その後昼まで双方何も音沙汰がなかった。


 みおひじりペアは一度車まで戻ると、中で昼食を摂った。作戦中ではあるが、栄養補給はしっかりしなければ出来るものも出来なくなる。腹が減っては戦はできぬ、というやつだ。


 澪はサンドウィッチを、聖はパンをもさもさと食べてから素早く任務に戻る。暢気に食事をしている間に”ドール”がこの近くに来ていたら、と思うと気が気ではないのだ。見つけてもらえずに作戦失敗となれば日を改めねばならなくなり、当然署員全員に迷惑が掛かることになる。二度手間になるし、連帯責任に巻き込まれた他の署員から恨まれるのも御免だ。


 しかも、最悪痺れを切らした呪術師が別の区民にターゲットを移し、”ドール”がそっちに行ってしまう可能性すらある。それだけは避けなければならない。


 そんな強迫観念にも似た心持ちから、また指定範囲を往復する行為に戻る。しかし、待てども待てども”ドール”は一向に現れない。


「本当に、来るのか……?」


 不安と困惑いっぱいの表情で、数時間前とほぼ同じことを呟く聖。


「さあ? 大体、僕たちはこうやって外回りしてるのにあいつら三人はビルで待ってるだけで、僕たちは来るかも分からないやつを待たなきゃならないなんて、不公平じゃないか? バックレてもいいような気がするけど」


 澪は彼と並んで歩きながらふんと鼻を鳴らす。彼ら誘導組とビル待機組の仕事量の違いは歴然であり、澪の言っていることも最もだが、メンバー的にこの布陣が最適解であることは事実だ。


「それは事前に説明されただろう。適任は俺たちしかいないって」

「む。そうだけど。でもさ……」


 もごもごと文句ありげに俯く。理解はしていても、どうしても気に食わないのだろう。


「澪は、他の人たちがどうなっても良いのかい」

「別に良い。義父とうさん以外の人間に興味ないし。義父さんさえ守れれば僕はそれでいいのに」

「……全く、懐いてくれるのは嬉しいが……」


 懐きすぎている義理の息子にため息を吐きつつ、諭すように言葉を紡ぐ。


「そもそも、俺にはここにいる権利なんかないだろ? それを温情で働かせて貰っている身だからな。澪は”嫌だな”と思うことでも、俺にとっては有り難いことなんだ。だから、おまえを巻き込んでしまって悪いとは思うけど、一緒に頑張って欲しい。何なら、俺を守ってくれるっていうその気構えだけでもいいから」

「……うん。分かった。あんな奴らが死んでもまだ義父さんの人生に纏わり付いてくるなんて吐き気がするほどやだけど。でも、まあ。あの火を使う骨みたいな奴が現れなければ、こうして義父さんと一緒に散歩できるし、悪くないかな」


 不満そうながらも素直に頷いた澪は、聖以外には見せない無邪気な笑みを浮かべた。

 が、言葉というのは不思議なものである。”そうならなければ良い”と呟いたが最後、そうなってしまうのがこの世のつねだ。最もこの場合、澪以外の署員にとっては喜ばしいことなのであるが。

 笑顔を浮かべた彼の背後に、素早く影が近付いた。


「澪!」


 位置的に早く気付いた聖の手元から、甲高い発砲音が鳴る。敵を視認するや否や抜き撃たれた拳銃から、音速を超える速度の鉛弾なまりだまが飛来する。直後、ジュッ、という音と供に鉄の焼ける嫌な匂いがした。

 聖に叫ばれた直後に身を翻して臨戦態勢に入った澪が見たのは、片手に小刀を持った”ドール”と、彼に当たる前に溶け落ちて地面で固まった銃弾だった。


「な、銃弾が……」


 聖が呆気に取られるのも無理はない。炎、と言うからにはゆらゆらと蠢く赤いものをイメージする。それが、火傷こそすれ自身に飛来する銃弾をも溶かすほど高熱のものだとは思うまい。彼が握る小刀が溶けていないところを見ると、一定の場所の温度だけを極端に上げられる能力を持っているのだろう。

 澪は聖を庇うように”ドール”を攻撃し、不意打ちを失敗した”ドール”はそんな彼から距離を取った。一度距離を取ることでお互いがお互いの姿を確実に認識する。”ドール”の姿を捉えた二人は小さく眉を顰ひそめた。


 ――明らかに以前より相手のコンディションが悪い。元が何色だったかは最早分からないほどどす黒く染まった着物はあちこちに裂け目があり、それを無理矢理繕って何とか服になっているという感じだ。バリバリに固まって如何にも不衛生そうだった。その、着物の色を変えたであろう源は”ドール”の体を見ればすぐ分かった。体を這う縫い跡は倍以上に増え、その生々しい傷口を血の塊が縁取っている。頬には一筋切り傷があり、そこから頬を伝った血がそのまま固まっていた。履き物のない足には火傷を負って爛れ、着物には焦げ跡もある。


 まるで一度地獄に落ち、そこから這い上がってきた亡者もうじゃのようだった。

 普通なら、戦力が割れているターゲットを狙うに当たって万全の準備を整えてくるものである。それをこんな状態で来るなんて、『そんななりで戦おうなどと馬鹿げている』と一蹴されてもおかしくない。ターゲットを捜し回っている内に何かヘマをしたのかもしれない。


「これ、殺さない方が難しいんじゃない?」

「……何とかして動きだけを抑え込むしかないな。とにかく誘導するぞ」


 小声で素早く会話すると、“ドール”から逃げるようにビルの方へ駆け出した。澪が相手に気を配っている間に、聖は無線で連絡を入れる。


「“ドール”、捕捉しました。各位“お出迎え”の準備を」

『こちら、待機組。了解です』

『…………』

「?」


 リン・レノ組からの返答がなかったが、あの二人のことだ、返事をするまでもないと判断してしなかった可能性が高い。無線に不具合があれば携帯電話等で連絡してくるはずであるし、ないということは聞こえてはいるはずなので、そのままビルに向かってくれるだろう。


「付いてきてくれてるか?」

「うん。しっかり付いてきてるよ……っと」


 聖の後方で金属音が響く。澪が攻撃を弾いてくれているようだ。思ったよりも相手が疲弊してくれていたおかげで、こちらが背を向けていても対処出来る程度に余裕があった。

 このまま目的地まで誘い込めば、後は数の利で何とか捕縛まで持ち込めそうである。問題は銃弾を溶かすほど強力な仙術せんじゅつをどうするかだ。……だが、それはビルに着いてからの話で、まずはそこに辿り着くことが先決だ。


 聖は今得た情報を無線で伝えつつ、ビルに向かって走り続けた。



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 この話は前回間違えて投稿してしまったので、一度読んだことがある方もいるかも知れません。すみません。

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