第14話 餌
“ドール”を誘い込むための建設現場周辺。
規定の場所に辿り着いた
この作戦において、自分たちの方から何かをする必要は無い。ただ二人でこの辺りをぶらぶらとほっつき歩き、向こうから目を付けられれば御の字だ。
聖は虐殺事件の際に“ドール”を見ておらず、顔を見られてもいないため、実際に相対している澪が頼みの綱となる。幸い彼の白い髪とアイスブルーの瞳は、自然でも街中でもよく目立つ。“ドール”にこちらを探す気さえあれば見つけてくれるはずだ。
とはいえ、中央区もそれなりに広いわけで、
「本当に攻撃してくるんだろうか……」
聖のそんな疑問も当然だった。
「分からない。……けど、あの変態からの報告書では、式神の足なら一日で中央区中を移動できる、って」
作戦を行うにあたって、
様々な憶測が本当であり、“彼”が澪たちを探してあちこち徘徊しているのなら、今日のいつかにはあちらのペアかこちらのペア、どちらかは目に入るはずである。
「先生の言葉を信じて待つしかないな」
聖はため息混じり言いつつ、ゆっくりと歩を進める。どうせこちらからは何もすることがないのだ、それなら目一杯観光する方が得だ。
…………といっても、この辺りは件の建物以外、見るべきものなどほとんど何もないのであるが。
§―――§―――§
同時刻、
レノはショットガンを背負っているため、それを隠すために制服の上からローブを着ていた。下を制服にしたのは、“ドール”から見てより見つけやすくするためである。
こちらは京極親子ほど親密ではないので、双方無言のまま並んで歩く。レノはサングラスを外してその長い前髪を再び下ろし、いつものスタイルに戻っていた。
今度は、燐の方から沈黙を破った。
「なあ、あんたの目、結局何色なんだ?」
「何? 急に」
「いや、えーっと、妓楼? ではカラーコンタクトとかいうやつを付けてて、今はサングラスをしていただろ? そんなに頑なに隠す必要あるのかと思って」
目の色を変えたと言ったレノについて、人間はそんなに簡単に目の色を変えられるのかと疑問に思った燐に、弑流が「カラーコンタクト」というものがあると説明したのだ。ただ目に被せるだけで色を変えられるものがあると。
「……はあ。あのさ、人が隠してることを聞き出して楽しい?」
「別に。でも気になるだろ?」
「好奇心は最低限にした方がいいよ」
「で、どうなんだ」
「…………。この目、あのクソ上司に気持ち悪いって言われたんだよね。あんなのの言うことを真に受けるのもバカバカしいけど、そんなこと言われるくらいなら隠しとけばいいかなって思ったわけ。君らが気にするかは知らないけど、いらない火種はないに超したことないでしょ」
「なるほど。まあ、あんたが気にならなくなったらまた見せてくれ」
「……君って怖いもの知らずだとか言われない?」
レノは困惑した様子で呆れている。顔は見えなくても雰囲気が分かりやすいのだ。
二人は話している間も歩を止めることなく散策を続ける。
「まだ言われたことはないな」
「ふうん。実際怖いものとかないの?」
「んー、パッとは思いつかない。……ああ、あの男は少し怖いかもな」
「あの男?」
「僕の“ご主人様”だ」
「ああ。あの家の主か。なんで?」
「ずっと笑ってて気味が悪いんだよな。その理由が分かればまだ良いんだが、理由も分からない。アイツと何処でどう出会ったのかの記憶もない。そのくせ、“何か痛いことをされたような気がする”っていう曖昧なよく分からない記憶はある。閉じ込められていたのもそうだし、いい思い出が無いんだ」
「へえ。君の頭の中もなかなか大変だな」
「まあな。そういうあんたは怖いものあるのか?」
話しているうちに“彷徨く範囲”の端まで来てしまい、折り返す。
「夜、かな」
「なんだ、お化けとか信じるクチか」
「違うよ馬鹿。シャルルじゃあるまいし」
「アイツ信じてるのか」
「知らない。でもあいつ餓鬼っぽいし。案外信じてるんじゃないの」
「ふーん。……じゃあなんで夜なんだ?」
「思い出したくもない思い出があるの。同じ理由で暗所も駄目」
「トラウマってやつか?」
「ま、そんなとこ」
最初の無言が嘘のようにリズム良く会話する二人は、見た目を除けばまるで兄弟のようだった。軽く会話に集中してしまっており、今狙撃でもされたら反応出来ずに死ぬことになっただろう。刃物しか使わない“ドール”相手ならば、その心配はないが。
恐らくは景色を楽しんでいるだろう京極親子とは逆に、こちらのペアは景色になど目もくれなかった。
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